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Momo色サーカス  作者: 朧 月夜
【Part.3:冬】触れられた頬 ―○○○より愛を込めて―
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[29]別れと出逢い

「私は……このモスクワで、日本の企業から赴任してきた父と、ロシアと日本のハーフであるオルロフ家の母との間に生まれました。七歳の時に任期が終わり、帰国を余儀なくされた父と、母と一緒に同行したのが日本在住の始まりです。今の時代ならともかく……残念ながら当時まだ片言だった日本語と、この顔立ちや髪色から、日本での学生生活には余り良い想い出がございません。高校の時に父が他界し、それが引き金となって、母との間に溝が出来てしまい、卒業と共に家出同然で離れてしまいました。仕事を転々としながらも結局途方に暮れていた折に、救いの手を差し伸べてくださったのが、後々桃瀬の父親となってくれたお人でございました」


 椿はまず自分の出生からの経緯を一息に話し終え、それから紅茶を口に含んだが、どういった顔をして良いのか分からないといった感じで(うつむ)いた。


「その後、その方の邸宅で使っていただいていた間に、桜社長様とお話する機会に恵まれ、桃瀬を授かって其処を離れた後、偶然見つけていただきお世話になりましたこと……その辺りの状況はご存知でいらっしゃるのですね?」


 凪徒の方へ視線を戻し、同意の相槌を確認した椿は、少し遠慮がちにモモを見、娘の真剣で泣き腫らした顔が縦に振られるのを目に入れた。


「実は桜社長様と遭遇しましたのは、高校までを過ごした父の勤務地でした。母が今でも住んでいるなら……と身勝手にも、母にすがるつもりでした。ですが母はもういなかった……其処で困っていたところを桜社長様に助けていただいたのですが、結局桜様の別邸を後にして、私が当てもなく列車で向かった先は、やはり家族が抜け殻となったあの地でした。それからその街の小さな病院で桃瀬を産み……其処から一番近い養護施設が……貴女を……置き去りにした、あの施設です」


 ──お母さんは……あたしが育ったあの街で、同じ歳の頃を過ごしたんだ……──。


 贖罪(しょくざい)の気持ちを帯びた椿の潤んだ瞳と合わせながら、モモは言葉を詰まらせ口元を震わせた。


「あんなに反発して飛び出してしまった私ですのに、桃瀬が生まれ、同じ『母』になったことを、どうしても母にだけは伝え、祝福の言葉を贈ってほしい。──そう思ってしまった私は元々疎遠だった父の実家に連絡して、母がモスクワへ戻ったことを知りました。オルロフまで電話を掛け、母は……其処におりましたが、もう会話の出来る状態ではありませんでした」

「……え?」


 モモは再び辛そうに俯いた母親の横顔へ、疑問の言葉を(こぼ)した。


「母は……私の祖母──母にとっては実の母親のことですが──彼女の最期を看取る為に、その四年前ロシアに帰っておりました。音信不通だった私には何も言えずに……私が連絡をした時には、母も(やまい)に臥せっていて、もう長くはないとのことでした。……言い訳にすらならないのは心得ております。けれど母を独りにしてしまったことを、どうしても……どうしても謝りたくて。せめてもの(つぐな)いに、私も母の最期を看取ってあげたかった。死に目だけでもと! でも何があっても桃瀬を手放すべきではなかったと、今の私ならば当たり前のように思います。……結局私は弱虫だったんです。そんなことを理由に、私は日本から……貴女から逃げました。独りきりにされてしまった日本で、貴女を育てていくなんて、どうしたら良いのか分からなかった……。自分を愛してくれた母親を選んで、まだ息をすること位しか出来ない()飲み子の貴女を手放した……それでも母の葬儀が終わったら、貴女を迎えに行こうと決めていました。なのに……こんなことになって……」


 ──余りご自分を責めないでください。


 凪徒はそう言いたかったが、モモの手前何も口出しは出来なかった。モモが今眼前の母親をどう思っているのか分からなかったからだ。責めるのか、許すのか──どちらなのかも読み取れないモモの張り詰めた雰囲気に、凪徒はいつになく()くような短気は起こさなかった。


「お母さん……」


 が、すぐにモモは柔らかな口調と心配そうな面差しを表した。


「お母さんは、お母さんのお母さんが生きている内に会えたの? お母さんと仲直り出来たの? お母さんは幸せな気持ちで天国に行けたの……?」

「も、もせ……?」

「モモ……」


 一瞬驚きを隠せなかった椿と凪徒だったが、ハッとした椿は肯定を意味する首肯(うなず)きを何度も何度もしてみせた。途端に涙が止め()なく溢れ出す。先刻枯れるほど泣いた筈だというのに──。


「だったらお母さんは間違ってなかった。お母さんのお母さんが何も悔やまずに天に召されたのなら、お母さんは一番良い選択をしたのだと思う。だってあたしも日本で幸せだったし、今も幸せだから……」


 そう言って泣きじゃくる椿を見下ろしていた視線を上げた先には、珍しく感極まりそうに唇を引き結んだ、微笑む凪徒の一直線な瞳があった。モモは自分の言ったことを思い出し、ふと顔を赤らめて慌てて首を下へと曲げた。


 ──そうだ……お母さんが先輩の家を出てくれたから、あたしは先輩の妹にならずに済んで、サーカスで出逢うことが出来た……パートナーにもなれたんだ……!!


「ありがとう……ありがとう、桃瀬……」


 ──ありがとう、お母さん。


 涙でびっしょりになった母親の手は、それでも春の陽だまりのような温かさを保ちながら、モモの手を力一杯握り締めていた──。




★次回更新予定は十二月十八日です。

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