[26]順番と強い瞳
エントランスから細い廊下を進み、突き当りの右手には小さなキッチン、その向かい側に当たる左には簡素なダイニングと、通りから見えた窓越しは広めのリビングだった。其処まで案内をしてくれた女性が凪徒に何やら声を掛けたので、ダイニングとリビングの境い目で突然足を止めた凪徒の背中に、モモは危うく顔を突っ伏しそうになった。
「向こうの部屋にいるから、少し此処で待っててくれってさ」
振り向いて見下ろした凪徒の向こうには、確かに続き間らしきアコーディオンカーテンの仕切りがあり、女性は一度モモと目を合わせ微笑んで、その先へと消えていった。
「俺、席を外しておこうか? それともいた方がいいか?」
声のトーンを押さえた凪徒の質問に、モモはすがるような表情と……そして本当にすがりついていた。凪徒の両腕を掴み、心細そうな瞳を揺らす。
「先輩……先にお母さんと話してくださいっ」
「えっ、お、俺!?」
その驚きと共に再び女性が現れ、アコーディオンカーテンが端まで引き寄せられた。少し薄暗い奥間には確かに人影が見えて、モモは慌てて凪徒を振り向かせ、背後に隠れた。
「しょ、しょうがねぇなぁ……」
凪徒は呆れた呟きを洩らしたが、すぐに背筋を伸ばし先へ数歩進む。モモもその影のように離れずに続いた。
「山科 椿さんで、間違いないでしょうか?」
小じんまりとした部屋の真ん中にはベッドが据えられ、その先の影が凪徒の問い掛けに振り向いた。回転椅子に座っているのか、クルリと正面を向いた面は、完璧に隠れたモモには見えなかった。
「こんな奥から申し訳ございません。山科……懐かしい響きです。そんな風に呼ばれたのは、もう何年前のことなのでしょう……。私は以前どちらかで貴方様とお会いしているのでしょうか?」
──お母さんの、声……。
モモは柔らかく優しくゆったりとした声に、胸がじんわりと熱くなった。想像していた通りの、良く通る美しい声。
「桜コーポレーションの取締役、桜 隼人を覚えていらっしゃいますか? 自分はその息子で──」
「凪徒……お坊ちゃま!?」
──!?
凪徒の説明が終わらぬ内に、椿は咄嗟に答えを導いていた。二人の驚きの顔が距離を隔てながらもかち合い、椿は両手を口元に当てて凝り固まっていた。
「お、坊ちゃまはやめてください……確かに、その凪徒ですが……良く分かりましたね」
「忘れるなんてことございません。桜社長様には大変お世話になりました。それに凪徒さんのあの凛とした眼差し……お変わりありませんもの」
椿は懐かしそうに微笑んだ。モモには相変わらず見えなかったが、母親の喜びが手に取るように感じられた。
「皆様もお変わりありませんか? あの時のご恩を仇で返すような振る舞い、お許しいただけないとは思いますが、心よりお詫び申し上げます」
「いえ、そんな……」
凪徒はそれきり言葉が続かなかった。母はともかく兄が死んだことを、上手く伝えることが出来ない気がしたからだ。
「モスクワへはお仕事で? どのように私の所在をお知りになったのでしょうか?」
口ごもった理由に気付いた訳ではないだろうが、椿は答えを待たずに話題を変えた。凪徒はその切り替えを良いきっかけと捉え、真っ直ぐで真摯な瞳を見せる。
「仕事の一環でもありましたが……椿さん、貴女を探しに参りました。貴女の娘さんと一緒に──」
「えっ?」
訊き返す、色を変えた椿の声。
ついにモモが母親と対面する、運命の『時』に辿り着いた──。
★以降は2014~15年に連載していた際の後書きです。(この時は既に年末でした)
あと数秒でご対面~という気になるところで、年内最後の更新は終了・・・申し訳ございません(汗)。
今年三月より始めましたこちらの作品ですが、二~三日に一度という頻繁な更新を、ずっと追い掛けてくださいました皆様、一気読みで追いついてくださいました皆様、誠に誠に有難うございました!
来年も冬編の「三日に一度更新」は変わりませんので、一月二日には投稿となりますが、ひとまず一年の区切りとしてご挨拶申し上げます* 今年も大変お世話様になりました!!
新年最初のお話としてはめでたい対面となるのですが、その末尾にかなり衝撃的な事が発覚致しますので、この年末年始に心臓に毛を生やしてからお臨みください。。。(汗)
とは言いつつも「ほんわかあったか」を目指すサーカスです☆ 来年も是非サーカス・メンバーのハチャメチャ楽しい展開をお楽しみにいらしていただけたらと願います❤
それでは皆様、どうぞ良いお年をお迎えくださいませ!!
朧 月夜 拝
★次回更新予定は十二月九日です。




