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Momo色サーカス  作者: 朧 月夜
【Part.3:冬】触れられた頬 ―○○○より愛を込めて―
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[24]意外な理由と意外な顔

 二人は宿に帰って作戦を練り直し、まずは近場からと、歩行者天国で賑わうアルバート通りへ探索を進めた。日本人が立ち寄りそうな日本食レストラン・日本食材店・日本人御用達の土産店などに片っ端から立ち寄っては『山科 椿』という名を尋ねる。が、誰一人知る者はおらず、母親の手掛かりは何も得られないまま、捜索一日目を棒に振った。


 翌日の午前もちらちらと小雪が舞う中を、赤の広場を抜け、団長が勧めてくれたニクーリン・サーカスを目指した。道中気になる店を(のぞ)いては店主に質問したが、全員が首を(かし)げるか横に振るばかりであった。


「モスクワなんてでっかい街から、こんなやり方で見つけられるとは思えねぇな……」

「すみません、先輩。……あたしの為に……」


 隣を歩く高い位置から白い息と共に、手詰まり感が否めない(つぶや)きを吐き出す凪徒。モモも成す(すべ)のない自分を情けなく思い、ただ謝ることしか出来なかった。それと同時に思ってしまう──本当にこの街に、お母さんはいるのだろうか?


「俺はニクーリンに来たかっただけだから、何も気にすんなよ。後で雀が丘展望台辺りも探しながら、ボリショイ・サーカスにも行くか? 向かいにモスクワ大学もあるし、それなりに日本人も多いだろ?」

「はい……ありがとうございます……」


 モモは凪徒の少し慌てたような慰めの言葉に、感謝を見せながらも罪悪感を隠せなかった。ついいつもの凪徒みたいにヘの字の口元になりそうな自分に気付き、慌てて顔を足元に向ける。


「別に……。それに俺もお前の母さんには会いたいんだ」

「え?」


 その二の句にモモは今一度顔を上げた。けれど凪徒の横顔は引き締まったまま前方を見据えていて、問い掛ける余地を与えてはくれなかった。




 ☆ ☆ ☆




 モモの被るコートのフードに、かなりの雪が降り積もっていた。それほど時間を掛けながら開演時間前には、ツヴェトノイ・プリヴァール駅傍のニクーリン・サーカスに到着した。


 日本の巡業サーカスとは違って、もちろんしっかりとした建物の中だ。一八八〇年創設という古い歴史を持つことから『オールド・サーカス』と呼ばれるが、「人を楽しませ、笑わせること」をモットーとして生涯をサーカスに捧げ、人々から慕われた道化師ユーリー・ニクーリンの名を冠し始めたのは、未だ此処十五年程である。


 凪徒は辿(たど)り着くなり、普段見せたことのない子供のような笑顔を表した。劇場前に立つニクーリンの銅像に興奮し、その像が手を掛けるオープンカーの像に乗り込んで、モモに写真撮影をねだる。余りの変貌振りにモモは唖然としながらデジカメを受け取ったが、これが凪徒のサーカスに捧げる愛情の片鱗(へんりん)なのだと気付かされ、そしてそんな屈託(くったく)のない凪徒の表情を見られたことに、いつになく幸せを感じていた。


「ちょっと受付行ってくるから、その辺ブラブラしてろよな」

「は、はい」


 館内に入った其処には少し懐かしさを感じさせる、カラフルで軽やかな世界が在った。


 開場前の期待を膨らませる子供達も、それに付き添う大人達も全て童心に返り、サーカスの楽しいグッズに目を奪われたり、ショーの主役である動物達との撮影や、甘い香りを漂わせる綿菓子やポップコーンに心躍らされている。モモはその場の魅惑的な雰囲気に駆け寄りたくなるような衝動を感じ、また数日離れている珠園サーカスを恋しく切なく思い出した。


 ──みんな……どうしてるかな。入院したリンちゃんも、おめでたの夫人や杏奈さんも元気にしてるのかな……。


 あと幾日かすれば新しい街での興行も始まる。自分は大した力にはなれないが、凪徒一人いないだけで男手の必要な準備作業にはかなりの支障を来たすだろう。自分の為に皆にも影響を与えているのだと思ったら、一日も早く戻りたいと心から感じられ、そしてもしも母親を見つけられないままの帰国となったら……皆にどれだけ申し訳ない気持ちになるのだろうと、この華やかな視界から一瞬目の前が真っ暗になった。




 ──しっかし、おやじが珍しく送ってきたから()く気になってるけど……何だか変な内容だったな。


 凪徒は一旦心を落ち着かせ並んだ案内所にて、今朝方起き抜けに確認したショートメールを再度覗いてみた。


『凪徒、椿さんのことを何処(どこ)でも誰にでもくまなく訊くんだぞ。宿でも、店でも、サーカスでも、だ』


 ──サーカスでも、って何なんだよ? ……ま、訊いてやるけどさ~。


 自分の番が回り、カウンターの受付嬢に問い掛ける。


「モージナ スプラスィーチ(ちょっとお尋ねしますが……)」




「モモっ!!」


 凪徒の大声と駆け寄る激しい足音に、モモは喧噪の中でも即座に振り返った。


「先輩……?」


 目の前に現れた息遣いの荒い凪徒は、真剣な表情に焦燥の色を微妙に浮かべて、突然モモの両肩に手を置いた。


「つ、椿さんが……見つかったかも!!」

「え……!?」


 いきなりの吉報に、初めは理解が出来なかった。それも凪徒の顔が次第に明るくなるにつれて、モモの思考も落ち着きを取り戻す。


「サーカスの券は明日に切り替えてもらった。住所のメモも貰ったから、モモっ、今から行くぞ!」(註1)

「はっ、はいぃっ!!」


 二人はやっと本来の笑顔で見つめ合い、モモは喜びに溢れた元気な返事で凪徒に応えていた──。




[註1]公演日:実際平日公演は週に1~2回らしいので、連日公演は余りないかも知れません。




★次回更新予定は十二月三日です。

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