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Momo色サーカス  作者: 朧 月夜
【Part.3:冬】触れられた頬 ―○○○より愛を込めて―
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[21]叶わない約束と叶えたい恩返し

「分かっちゃいたけど……やっぱり、さびっ!!」


 凪徒は自分の身体を抱きかかえるように腕を回し、凍りつきそうな背筋を一度ピンと伸ばしたが、叫んだ後に再び背を丸め身震いをした。ホテルの入口に駆け込んで、まとわりつく温かな空気にホッと息をつく。


 二人を乗せた飛行機は、定刻通り出発同日の夜十八時半、モスクワの玄関口シェレメーチエヴォ国際空港に到着した。其処からアエロエクスプレスという直通列車で三十五分、終点ベラルーシ駅へ。すぐ傍の地下鉄ベラルースカヤ駅から二号線に乗り換えて、市の中心クレムリンを望む老舗(しにせ)高級ホテル「バルチュグ ケンピンスキー モスクワ」に辿(たど)り着いたのは、もう入国から二時間強経った二十一時手前だった。着陸間際の機内食でお腹の満たされていた二人は、とりあえず各自の部屋で休むことになった。そこで凪徒は早速試してみようと、独りウォッカを求めて夜の街に繰り出そうとした……ものの。


「これじゃウォッカを見つける前に、凍死するな……」


 仕方なく自分の部屋に戻り、シャワーを浴びてベッドに潜り込んだ。




 一方その隣の部屋のモモは──。


「あれって、クレムリン!?」


 ゴージャスな部屋から見える外の景色もまた驚くほど華やかだった。目の前を流れるモスクワ川の先を見れば、ライトアップされた城壁の中に金色の帽子を被ったような寺院群が浮かび上がり、少し右には色彩豊かな丸屋根が可愛らしい聖ワシーリー寺院が(そび)えている。


「な、なんか、落ち着かない……」


 同じく入浴と支度を済ませてベッドに横になったが、未成年の小さな自分には余りにも豪華過ぎる。


 この旅のフライトとホテルは杏奈が予約を引き受けてくれた。実は機内の座席も「ビジネスかファーストで」などと言い出したので、凪徒が「そんな贅沢()らん!」と一喝しエコノミーに押さえられたが、宿の方までは変更されなかったようだ。寂しくなりそうなくらい広い客室に大きなベッド、正直誰が使うのかと訊きたくなるほど沢山の、テーブルやデスクやソファのセットが自分の周りを囲んでいる。


「そっか……明日葉(あすは)さんの部屋だと思えば眠れるかも」


 モモは目を閉じ、春の柔らかな光の中で目覚めた高岡邸を思い出した。あの部屋では気を失ったまま寝かされていた所為(せい)か、あんなに豪奢(ごうしゃ)でありながら、初めから心地良く眠れた自分がいたのだ。


 ──先輩のお父様と杏奈さんと……高岡のお父様や団長をはじめとしたサーカスのみんな……こんなにお世話になっているのに、あたし、何か役に立ってるんだろうか? みんなに何か返せるんだろうか……。


 今一度、暗闇の中で目を開く。僅かに開けておいたカーテンの向こうの街の(あか)りが、あの夜桜を照らした街灯を思い起こさせた。


 ──あの頃は未だ何にも気付けずにいたのかも……。


 周りの大人達がどれほど自分を見守っていてくれたのかということ。どれだけ心配してくれていたのか……誘拐されてやっと気が付いた。自分独りで立てていると思っていたつもりはなかったけれど──本当に馬鹿だ……。


 モモはふと夏の花火大会も思い出した。あの雑踏の中で(つか)まれた手首が、凪徒と交わした夜桜の約束を、もう二度と叶わないものと思わせて、切なく背を追ったあの夜のことを。


 ──でも……本当に叶わなく、なっちゃった……。


 此処での数日を終えてサーカスへ戻っても、未だ三月にやっと届く頃だ。あの町の桜が満開になるのは四月初旬。それまで自分はサーカスにはいられない。




 ──いや、そんなことよりも……。


 モモは布団の中で頭を抱え丸くなった。


 あの時は母親の捜索が出来ることと、凪徒との最後の想い出作りになると、つい衝動的にすがってしまったが、此処から帰国したら即、団長に退団の意を告げなければならない。辞めると決めている人間が、こんなロシアなどという遠方まで多額の費用を掛け、研修旅行に出させてもらってしまっていた。更に転職先は同業種なのだ。みんなから怒られるどころか、恨まれてしまうかもしれない……モモはそんなことも熟考出来ず、行動してしまった自分の思慮のなさを嘆かずにはいられなかった。




 ──とにかく新しい職場でお金を貯めて、何とかこの旅費二人分を団長に返そう。それと……あたしにはブランコしかないのだもの。帰ったらたとえ数日でも精一杯の演舞をしよう。それ位しか今のあたしには、何も出来ないのだから──。


 再び閉じた(まぶた)の奥で、モモは自分の流した涙の中を、必死に泳ぐ夢を見た──。




★次回更新予定は十一月二十四日です。

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