表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Momo色サーカス  作者: 朧 月夜
【Part.3:冬】触れられた頬 ―○○○より愛を込めて―
109/154

[19]茉柚子とモモ

 無料なのを良いことに、アルコール類をおかわりしまくる凪徒と、映画を鑑賞しつつも、つい唖然と隣の様子に見入ってしまうモモが、夜空の旅路を楽しんでいる(?)頃、暮は──。




「お待たせしてしまってすみません~!」


 待ち合わせ場所に直立して十五分、遅れてきたことを詫びながら駆け寄った茉柚子を、晴れやかな笑顔で迎えていた。


「い、いえ! 自分もまだ着いたところであります!」


 息つきながら笑みを返す茉柚子に、思わず敬礼する暮。完全にイカレている。


「それじゃ……行きましょうか?」

「は、はい!」


 茉柚子はそんな暮を(なご)やかな表情で(いざな)った。この街は自分の方が知っているのだからと、予約をしてくれたレストランで、サーカスの話・(えん)の話に盛り上がり、もちろんモモの『兄』として誘いを掛けた暮は、モモの施設での様子も問い掛けた。


「そうですね……何て言いますか、モモって──」


 その質問に茉柚子は、しばし想い出の中を漂うように、視線を()らして小首を(かし)げた。


「あの子、生まれてすぐに入園したのに、いつも何処(どこ)か遠慮がちでした。他の同じ立場の子供達は、園を我が家同然・職員を親同然として接することが出来ていたのですけど、何か一線を引いているって言いますか……子供なのに子供らしくない子だなぁって……職員ではなかった私でさえ、(はた)から見ていてそう思いました。でも私が就職して大人になって、何となく到った結論なんですが……」


 そこで少し(うつむ)きがちに言葉を止めた茉柚子の(おもて)には、恥じらいを示すような不思議な微笑みがあった。


「多分……あの子、私のことを気遣っていたのだと思います。園長である母は、いつも必ず園の誰かの『母親』でしたから。私自身の母親である時間はとても短くて……まだモモが三歳位の頃、私は確かもう高校生だったのですけど、母と喧嘩になったことがあって、その時自分の中の(たが)が外れてしまって……「母さんは、私の母さんじゃない!」って叫んでしまったんです。ずっと心に溜め込んできたことを、私も母も、そして後ろで聞いていた幼いモモも気付いてしまった……それからなのだと思います。モモが自分の気持ちよりも、他人の希望を優先するように育っていったのは。後になってようやく気付きました。だから私、モモに悪いことしちゃったなって、今でも思ってるんですよ……」


 茉柚子は『過去』に身を置きながらも、そんなモモの思いやりにつけ込むかの如く、『今』ですらモモに()いてしまっている現状を憂い、悔しそうに瞳を閉じた。


 暮は静かに話を聞いていたが、ずっと手に持ったままのフォークを一旦戻し、


「自分の見解は、早野さんとは違います」


 と穏やかな口調で反論した。


「え……?」


 驚いて顔を上げる茉柚子に、暮は優しい眼差しを送る。


「モモは……きっと貴女を尊敬していたのだと思います。お母さんを他の子供達に取られてしまっても、気丈に振舞ってきた貴女を。実はサーカスでも、モモの遠慮深さは気になるところでした。自分やモモの相棒は、モモが無理しているのだと思っていたのですが、モモ自身はそれに気付いていなかった。昨年の春にちょっとした事件が起こりまして、それが良いきっかけになり、モモは或る意味『自分の殻』を破りました。でも今までのモモを捨て去った訳じゃない。過去の良い部分を残しながら、自己を表現出来るようになりました。きっとモモは貴女を尊敬し、貴女のようになろうと努めてきたのだと思います。今まではそれが『過ぎて』しまっただけ……だから、貴女は気に病むことはない」


 茉柚子はハッと目を見開き、唇は開いたものの何も言えなかった。暮の温かな笑顔が(まぶ)しいように、頬が上気して、すぐ視線を目の前の料理に下げた。


「そんな尊敬されるなんて……有り得ないですよ。私はずっと何処かで、母を独占するあの子達を(ねた)んできたんです。三十を越えて、やっと母の仕事を心から理解出来るようになって、後を継ぐ決心がつきました。まだサポート役と言っても、おつかい程度のことしか出来ない新人ですけれど」

「そうでしょうか。貴女と話していると、とてもモモの口調に似ていることに気付かされます。モモは貴女に憧れていたのだと思いますよ?」


 褒められれば褒められるほど、口にした食事の通っていく先がジンと痛む感じがした。自分はこんなにモモのことを愛してくれているサーカスの人達から、彼女を奪おうとしているのだ──罪悪感が身体中に広がり、何を食べているのかすら、味も分からなくなっていく。


「モモのこと、良く分かってくださっているのですね……」

「貴女方からお預かりした大切なお嬢さんですから」


 ──そう思うのでしたら、どうか私達の(もと)へ、モモを返してください!


 そう叫びたい気持ちを押し殺して、茉柚子は変わらない和やかな笑みを返した──。




★次回更新予定は十一月十九日です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ