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Momo色サーカス  作者: 朧 月夜
【Part.3:冬】触れられた頬 ―○○○より愛を込めて―
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[17]はなむけと秘密

 この一週間は気付けばあっと言う間に過ぎ去っていた。休演日の水曜には同じ寝台車メンバーの独身女性三人に買い物を付き合ってもらい、モモは何とかロシア旅行の準備を整えた。それでも初めての海外旅行であること、ただの観光旅行とは違い、当てもない母親の行方を探す旅であること、更に凪徒との二人きりでの道中とあって、出発当日の翌週月曜となっても心の準備は出来ていなかった。


 あれから茉柚子には取り急ぎハンカチのお礼をメールで送り、立ち退()きの件については園長・茉柚子への連名宛てで、手紙をしたため郵送した。自分の母親の手掛かりが見つかり、ロシアへ探しに出掛けること、其処から戻ったらすぐに返事をすること、それだけを簡潔にまとめ伝えるのが、やっとといった心情だった。


「あ、モモたん! いたいた~」

「リンちゃん?」


 前日にこの街での興行を終えたので、皆が慌ただしく移動の準備を進める中、空港へ向かうため荷物を車に積んでいると、自分の背中の向こうからリンの声が近付いてきた。にこやかな笑顔で何やら手に掲げながら、その後ろには秀成も続いて手を振っている。


「良かった~間に合った!」

「どうしたの?」


 少し弾んだ声と白い息が唇から(こぼ)れてくる。リンはその手中の布包みから何かを取り出して、モモの掌にそっと乗せた。


「ヒデナーと一緒に作ったの。モモたん、こないだピン留め壊れちゃったって言ってたから、えっと……旅のハナムギ!」

「違うよ~リン! 旅の『はなむけ』!」

「あ、間違っちゃった」


 秀成に訂正され、リンはペロッと舌を出した。三人で笑い、モモは改めて自分の手の中の、花びら型をした淡いオレンジピンクに目を奪われる。


「キレイ~! ありがとう、リンちゃん! 秀成君!」

「ネェネェ、つけてみて!」


 モモは二人に(うなず)き、左耳にサイドの髪を掛け、そのすぐ上にピンを通した。


「やっぱりモモたんはピンク系が似合う~! ね、旅行の間、つけてくれる?」

「もちろん! 大切にするね」


 それを聞いたリンはいきなりモモの両手を取り、真剣な表情を鼻先が触れそうなほど接近させた。


「お風呂以外は絶対につけて! 絶対ダヨ!! 肌身離さず、寝る時は近くに置いてネ!」

「え……? う、うん……」


 その気迫に押されて思わずモモは頷いてしまったが、リンにはそうさせるだけの変な威圧感があった。


「そ、それじゃあ、行ってきまーす!」


 運転手は暮、凪徒は助手席、モモは後部座席に乗り込んだ。先程のピン留めゴリ押しに少々の疑問を残しながらも、笑顔で見送る二人と、作業を中断し集まった皆に手を振る。サーカスの敷地を出て、颯爽と空港を目指す車内のモモも凪徒もそれなりににこやかだが、暮はそれに輪を掛けてにこやか、いや……にやけ顔だった。


「いいな~ロシアなんてサーカスの本場だぞ? 婚前旅行にはもってこいだな! そのままハネムーンになっちゃったりし──イデデッ!!」

「だぁれが婚前旅行だってぇ~!?」


 いつも通りの冷やかしに、凪徒は思い切り暮の太(もも)をつねり上げた。それでも嬉しそうに真正面を向いて安全運転を心掛ける横顔を見つめ、凪徒は少し雰囲気の違う暮を不思議に思った。


「暮?」

「あ~ん?」


 上機嫌な返事だけを隣に向ける暮。凪徒が「なんかいいことでもあったのか?」と問い掛けた途端、暮は待ってましたとばかりに溢れ出す笑いを止められなかった。


「ふふ……ふふふ」

「何だよっ、気持ちわりぃな!」


 ──俺も今夜、茉柚子さんとデートだもんね~!


 言い出したい気持ちを何とか抑えながら、暮の「ふふふ笑い」はしばらく車内に響き渡った──。




★次回更新予定は十一月十三日です。

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