[14]吉報と吉報
「お前がモモと行けばいいだろっ、アン!」
困惑する凪徒がギロッと斜向かいの杏奈を睨みつける。そんな視線を不敵な笑みであしらった杏奈は、予想通りという表情をして反論を返した。
「幼馴染でまがりなりにも義母になった女性の変化に気付かないなんて、貴方センスないわね~それじゃあモテないわよ? 私の格好を見て分からない?」
「あっ……」
隣のモモがその途端小さく声を上げた。杏奈にしては緩やかな衣服、低く安定した靴底……。
「モモちゃんは気付いたようね。そ、私、妊娠してるの」
「おめでとうございます!」
両手を口元へ持っていきながら、祝いの言葉を元気良く叫んだモモに、杏奈は満面の笑みで「ありがとう」と呟いた。
「まだ性別は分からないけれど、どちらにしても貴方にだけは似ないことを祈るわ、ナギ」
「どういう意味だよっ」
「──そういう意味よ」
クスッと笑う杏奈に釣られてモモも同じ顔をしたが、凪徒の険しいままの視線に捕えられ、咄嗟に口角をちぢ込ませた。
「んじゃ、夫人でいいだろ──」
「あっ……」
再び声を上げるモモ。
「何だよ、またおめでただって言うのか?」
「ほぉ、モモ、いつ気が付いた? 実は昨日正式に報告があっての。妊娠三ヶ月だそうだ」
「「えぇっ!!」」
「あらん~私とおんなじ」
あの時の具合の悪さはつわりだったんだ──モモは改めて夫人の部屋での『あの時』を思い出し、良い結果に嬉しくなった。が、凪徒の方は──。
「……マジかよ……」
よっぽどモモと二人きりの旅行がお気に召さないらしい。
「貴方、大学中退前にロシア語取ってたじゃない。たまにはモモちゃんの役に立ちなさ~い」
「取ってたって、一般教養の第二外国語だ! それも半年!! 大体『たまには』って何だっ、『たまには』って!?」
「相変わらず突っかかるわねぇ」
「お前がけしかけてるんだろうがっ」
「まぁまぁ二人共、姉弟喧嘩は──」
「「姉弟じゃなくて、親子です!」」
凪徒と杏奈の口喧嘩に団長が加わり、更におかしな状況になったが、モモは独り自分の世界の中で、今回の旅行に対して改めて考えた。
──もしかしたら、此処を辞めなければならないあたしへの、神様からのプレゼントなのかも……先輩との最後の想い出作り……きっとそうだ──。
モモは帰国してすぐに退団を伝えなければいけない罪深き自分を、一旦端へと押しやった。──謝って許されるのなら、幾らでも謝ろう。いや……どんなに謝っても……許されないかも、しれないけれど──。
「あ、あの、先輩……海外なんて行ったことのないあたしがお荷物なのは分かっています! でも……すみません……一緒に行ってください!!」
「モモ……?」
凪徒はモモの必死な訴えにいつになく驚いた。モモが今までこんな風に自分の事で嘆願したことなどなかったからだ。
そして一方、芯まで染み透りそうな冷たい空気の中の暮は──。
「あ、あの、早野さん……突然ですみません……今度食事にでも行きませんか!?」
「え……?」
茉柚子も暮の必死な訴えに、さすがに驚いていた──。
★次回更新予定は十一月四日です。




