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Momo色サーカス  作者: 朧 月夜
【Part.3:冬】触れられた頬 ―○○○より愛を込めて―
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[11]距離と気持ち

「ごめん、待たせたな」

「ううん……」


 禁煙席の一番角、窓際の端で、息を切らせてきた洸騎を見上げ、モモは首を振った。ファミレスに着いて三十分、お陰で少し心を落ち着かせることが出来た。


「お腹空いてる? ……それとも……『話』が先の方がいい?」


 目の前に座った洸騎が上着を脱ぎ、早速尋ねる。


「ちょっと……お腹空いてきたかも……」


 モモは以前のように本題を避けて逃げた。本当は空腹なんてちっとも感じられない。


「じゃあ、何頼む? 僕は……」


 それでも注文した料理が並んで一口含めば、それなりに食事は進んだ。モモはその間何も喋らなかったが、洸騎が時々話す世間話にうっすらと笑みながら相槌を打った。


「さてと……茉柚子さんから話したって聞いたよ。本当は僕があの時話す予定だったんだけどさ、モモに逃げられちゃったから」

「ご、ごめん」


 日曜のショーの後、洸騎に抱き締められた『あの時』──モモは身を小さく(こご)めて、洸騎の眼を見られないまま謝った。洸騎もまた、困ったように(うつむ)いた。


「気にするなよ。あんなこと、突然仕掛けて悪かったと思ってるから……こっちこそ、ごめん」

「……ううん……」


 それからしばらく沈黙が続いたが、食後の珈琲と紅茶がやって来て、一息入れた洸騎がようやく口を開く。


「現状は茉柚子さんの言った通りなんだ。モモを巻き込んで悪いとは思ってる……でも──分かるよね?」

「……うん」


 洸騎からも聞かされたことによって、これは現実なのだとまざまざと感じられた。けれどやはり気になってしまう──何故『自分』なのか。


「どうしてあたしなんか……あたし位のパフォーマー、きっと日本に沢山いる筈なのに……」

「そんなことないって! モモ程の天才、そうはいないよ! そのプロデューサーもさすが目の付け所が違うよなっ!」

「そうなのかなぁ……」


 モモを『その気』にさせようとしているのか、洸騎の興奮した口振りに、モモは顔をしかめた。


「あたしなんてまだまだ……先輩の足元にも及ばないし……」


 自分がプロデューサーであったなら。自分などより凪徒を引き抜くだろう。モモは心の片隅でそんなことを思った。──が、


「『先輩』ってモモのパートナーのことだよな。モモはそいつが好きだから、この街に戻りたくないの?」

「え?」


 洸騎の微かに張り詰めた声質に驚き、モモは目線を上げ、正面の責めるような眼差しにうろたえた。


「ちがっ──」

「桜とかいうあの兄ちゃん、凄いモテるんだろ? モモも好きなの? だから──」

「あ、あの──」

「いいよ、弁解なんてしなくて。でも戻ってくれば分かる……そんなの一時(いっとき)の錯覚だったって。離れちゃえばきっと忘れるよ。ずっと傍にいるからそう思わされてるだけなんだ。だけど僕はモモを忘れなかった……二年半、幾ら会えなくても。就職して二年、今の職場で下っ()仕事ばかりだったけど、最近設計の勉強をさせてもらってるんだ。中卒だけど、会社は僕の中身を買ってくれた。それに応えたいし、周りの高学歴になんか負けたくない。ちゃんと将来を考えてるつもりなんだ。だから……良いよ、今はあっち(、、、)の『返事』はしなくて。戻ってきて、僕を良く見て、それからでいい」

「洸ちゃん──」


 モモは踏み込まれ荒らされた心の中を、自分自身で組み立て直せる状態でなくなった。──ずっと傍にいるから「好き」だと勘違いしている? そんなこと、あるのだろうか? 確かに先輩の見た目は十人並みを遥かに超えている──だから?




『だぁれが、モモなんて、あんなガキ相手にするか』




 その時ふと思い出した。夏の、杏奈がやって来た前夜の凪徒の言葉。途端チクチクと痛み出す、胸の奥底。


「と、とにかく、劇団に移行する話はもう少し良く考えさせて……あたし、今、頭の中がこんがらがっちゃってて……」


 ──幾ら考えたって、受け入れる道は一つしかないのに……。


 モモは再び延ばし延ばしにするだけの答えを吐き出して、ぬるくなった紅茶を飲み干した。自分を育ててくれた施設──ないがしろになんて出来る訳がない。


「クライアントは僕達に一ヶ月の猶予をくれた。数日前の話だから、あと四週間近く時間がある。それまでにゆっくり考えて。良い返事、“みんな”で待ってるよ」

「うん……」


 洸騎はモモの辛そうな表情にいたたまれなくなったのか、自分から席を立った。釣られて立ち上がったモモをサーカスの入口まで送り、独り帰ってゆく寒そうに丸められた洸騎の背中を、モモは見えなくなるまで見つめていた──。




★次回更新予定は十月二十六日です。

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