[10]標的と思惑
茉柚子のお願いに何も返せず、モモは驚きの表情を元に戻すまで、数十秒は掛かってしまった。
「あの……」
やっと口から零れた言葉が、次第に身体をほぐしていく。
「助けるって……あたしが戻ることで……?」
空中ブランコ以外に能のない自分が、どうしたら此処の役に立つのか? 本来であれば自分が就く筈だった園長の補佐はもう茉柚子がやっている。──それなのに、何故?
「さっき話した劇場のことなんだけど……」
茉柚子はやっと話を始めたが、その言い出しは質問した答えに程遠そうに思えた。
「知ってる? 最近海外で流行っているサーカスを源流としたエンターテイメント。一つのストーリーを様々な歌や踊りや技で作り上げた……日本でも時々巡回公演されているでしょ?」
「はい……」
モモも同業の端くれとして注目はしていた。が、テレビのドキュメンタリーやCMで知る程度だ。
「此処に建つ劇場で常設公演されるのよ。もちろん殆どは元から勤めているメンバーで構成されるらしいのだけど、三割程は募集を掛けるのだそう。其処にね……モモ、是非貴女が欲しいって、劇団のプロデューサーが」
「え!?」
──あ、あたしを!?
「貴女に直接話が行かないで、こちらに声が掛けられた事自体、もう卑怯な申し出であるのは分かっているの……でも、向こうはチャンスをくれた気でいるのよ……貴女の今後と、私達施設の今後──貴女が承諾してくれたら、此処の移設費用を全て請け負ってくれると言っているの。正直……立ち退く費用なんてないのよ……経営はギリギリ綱渡り……ね、モモ、どう? 常設なら今までのような移動の負担もないし、子供達にも時々会えるわ。今いる昔ながらのサーカスより、ずっと華やかな世界よ。これは貴女にとっても悪い話ではないと思うの。ね?」
「……」
茉柚子は後半モモの気を惹こうと、常設公演のメリットや人気の劇団であることを引き合いに出した。が、モモにはもはや茉柚子が何を言っているのか分からなかった。自分が珠園サーカスを辞めることになるなんて……夏の凪徒の失踪事件以来、全く考えたことなどなかったのだ。
──どうしてこんなあたしを欲しいだなんて……?
世界的に話題沸騰の劇団なのだ。団員を募れば、有名な体操選手やパフォーマーが呼ばなくとも集まる筈。それでも自分を欲しいと言うのならば、直にスカウトに来た方がよっぽど負担がない。もちろんモモの気持ちの中には、一パーセントすら引き抜きに応じる意思などないのだが。
「あ、あの……少し、考えさせてください……」
モモはその言葉と共に立ち上がり、一礼をして上着を手に取った。
気が付かない内に、まるで逃げるかの如く、施設を後にする自分がいた──。
☆ ☆ ☆
モモはいつの間にかバス停に立ち尽くし、いつの間にかバスに乗って、いつの間にかサーカスの最寄りで降りていた。敷地の入口で立ち止まる。ぼおっとした顔がテントを見上げ、頭が真っ白なまま再び俯いた。
コートのポケットにしまわれた携帯が勢い良く震えて、一瞬心臓が飛び出しそうなほど驚いた。が、やっと正気に戻り、画面を確認しないまま応答した。
「も……もしもし」
「モモ? ……洸騎だけど」
「洸ちゃん……」
今になってみれば未だ先日の抱き締められた事件の方が、今日の驚愕な依頼よりも対処が出来た気持ちがした。
「来たって聞いたよ。何で僕が帰る前に帰っちゃったの?」
「ごめん……」
それきり押し黙ってしまう。洸騎もモモの消沈振りに気が付いたのか、少し声色を明るくして続きを告げた。
「サーカスの傍にファミレスあるだろ? すぐ行くからさ、其処で待ってて。夕食ご馳走するよ」
「え? あ、あの、でも──」
続きを話す前に切られてしまう。モモは仕方なく振り返り、洸騎の示したファミレスへ足を進めた──。
★以降は2014~15年に連載していた際の後書きです、、、が、今も同じ気持ちでございます(*^_^*)
いつもお読みくださり誠に有難うございます!
今話で通算百話目となりました♪(あの夏編初期のサーカス・メンバー紹介も含みますが(笑))
全て書き切っているのですから、定期更新出来ていて当たり前なのかも知れませんが、色々と挫け、もう辞めようか・・・と思う事も無きにしも非ず、の毎日です(苦笑)。
それでも続けていられますのは、皆様の温かい励ましのお陰でございます*
相変わらず未熟者の作者ではございますが、今後も懲りずに拙作とお付き合いくださいませ!
後書きまでお読みくださいまして、本当に有難うございました!!
★次回更新予定は十月二十二日です。




