表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Momo色サーカス  作者: 朧 月夜
【Part.1:春】夜桜の約束 ―プロジェクト“S”を暴け!―
1/154

[1]桜と桃 〈M〉

【プロローグ】



「あっ……こ、怖かった……」


 テントを駆け抜けて、いつの間にか敷地の境界まで一気に走っていた。胸に抱えた銃を思い出して慌てて手を放し、草の上に鈍い音が響く。


 一昨日のようにフェンスにもたれて、桜見物の人の山をぼおっと眺めた。先程あんなことが遭っただなんて、嘘のように思えてしまう(うら)らかな情景が広がっていた。


 しばらくして少女は一つ小さく息を吐いた。あたかも「落ち着きを取り戻さねば」と、自分に言い聞かせるように。それからテントに戻ろうと、銃を拾うため腰を(かが)める。


「お嬢さん、すみませんが化粧室はどちらになりますか?」

「え? あ、はい、それなら……」


 突然頭の上から中年男性の声が聞こえてきて、少女は少し先の黒い革靴に目を()めた。説明しようと背を伸ばしたその時──


「うっ……」


 首の後ろに衝撃が走り、目の前に星のような小さな光がチラチラと舞い散った。


 ──何? これ……──


「すまないね……少しだけお付き合いいただきますよ、『明日(あす)()』」


 頭上の声は次第に遠のいてゆく。気を失う寸前彼女が感じたのは、草の青い匂いだった──。




 ☆ ☆ ☆




 ──『少女』が襲われたその二日前──


「う──ん~~~春ですねぇ──」


 そんなほのぼのとした声に、爽やかな風が一波なびいた。


 一度ギュッと(つむ)った瞼を見開いて、再び薄桃色の視界を眼に入れる。甘さすら感じてしまいそうな暖かな陽差し。


 ──また「この季節」・「この町」にやって来た──美しい桜並木の続く高台の町。


「お前ね、そんな当たり前のこと、しみじみと言わないでくれる?」


 隣に(たたず)むスラリとした長身が、呆れたように片目を細めた。『少女』は楽しそうに彼を見上げる。相変わらずロマンティストではないぼやき──でも嫌いじゃない。


「先輩。あたし達の季節がやって来たんですよ? もう少し喜ばないと」


 そう言って同じように片目を細めてみせた。肩にかかるほどの茶色の髪が、サワサワと後ろへそよいだ。


「お前はともかく、俺の季節じゃない。秋生まれなのに一緒にすんな」

「まぁまぁ……いいじゃないですか。ね? “桜”先輩」


 「ふん」と機嫌の悪そうに見下ろしていた(おもて)を、ツンと元へ戻す。口元をヘの字に曲げながらも、真っ直ぐな視線の涼やかな横顔。いつもはこんなにとっつきにくい表情なのに、ショーが始まればにこやかな誰にでも好かれる美しい青年に変わる。そのギャップがたまらないのかな? と少女は(ひそ)やかに苦笑した。


「おーいっ、おピンク兄妹(きょうだい)~、夕飯の支度始めんぞー」

「くっ、(くれ)さんっ!? 今、何て……?」


 いきなり飛び込んできた驚愕の呼び声に、少女はたじろいて後ろを振り向いた。駆け寄る笑顔は「メイク」を落としたてなのか、いつになくさっぱりしている。が、一転少女の驚いた顔に動きを止め──いや……


「暮っ! お前なぁ──っ!!」


 ──動きが止まったのは、こちらのせいか……。


 少女が「先輩」と呼んだ彼、桜 (なぎ)()の怒りの形相が、「暮さん」こと、暮 純一の息の根を止めかねないほどだったからだと気付き、少女はまた別の意味での苦笑いをした。


「そんなに怒るなよ~凪徒! 『桜』に『桃』で、ピンク・コンビなのは間違いないだろうがっ」

「うっさい! そんないかがわしそうな呼び方すんなっ。第一、俺とこいつは──」

「「──兄妹じゃないっっ!!」」


 少女と凪徒の否定の言葉が同時に響き渡った。


「おーっ、さすが名コンビだな」


 暮のからかう口笛に、少し恥じらうように目を合わせる二人。が、そんな視線を()らせて「ピエロ」役の暮を羽交い絞めにし、凪徒はキッチンカーに向けて歩き出した。


 ──兄妹か……。


 少女は今一度、名所として名高い桜並木を振り返る。夕暮れを待ち焦がれるように空気がシンと引き締まり、フェンスの向こうの人波も、帰り支度の者・夜桜見物の準備を始める者と、次第に動きの違いが現れ始めていた。


 ──始まったのは、ここからだった。


 三度目の春を迎えるこの場所──彼女の『今』のスタート地点。二年前、始まったんだ──「ブランコ乗り」としての人生と、そして……桜色みたいな淡い恋心。


「おーい! 遅れると飯抜きだぞー、“モモ”!!」


 ──いつか鮮やかな桃色になれるのかな……?


「はーいっ」


 駆け出す背中に、一陣の風が桜吹雪を舞い散らせた。『モモ』と呼ばれた少女──早野 (もも)()の柔らかな髪を優しく(かす)めながら──。




挿絵(By みてみん)




 この度はお越しくださいまして、誠にありがとうございます。

 どうぞ末永いお付き合いをお願い申し上げます。


★次回更新予定は三月六日です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ