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第6話

 10月25日ぶん

 短編何を書こう。

 人物がだべっている姿を描くのか、思いついた設定を書きなぐるために書くのか。

 ……。

 まあ、書き始めてから決めるでいいか。

 阿鼻叫喚の渦が観客席で沸き起こる。

 たった一つの悲鳴によって始まった、絶望や失望、悲しみといった負の感情が音となんて観客席を満たす。あんなに温かな声援を送っていたのに。

 人の心が入れ代わるのはとても速い。



「ゆう、さく……?」



 解説席に座っている誰かが声を上げた。

 熱の入った声は、祐作の一番になるという言葉を受け取って「上を目指したイカロスの翼が折れた」と興奮気味に今の状況を伝えようとしている。

 何が真夏の悪魔だ。

 何が女神は微笑まなかっただ。


 祐作が乗った飛行機が、海の藻屑となっているというのに……。



「祐作!!」

「ちょっと! どこに行く気ですか? こちらから先は立ち入り禁止です!」

「祐作が、祐作が!!?」

「ゆずちゃん、落ち着いて。ね、祐作ならきっと大丈夫だから、落ち着いて」



 プロペラを回し、サークルのメンバーに押される形で離陸地点から飛び立った飛行機。

 異常が起きたのは10メートルも飛んでいない、離陸してすぐのことだった。まるで鳥が羽ばたくように大きく根元から歪んだ翼。誰もがそんな飛び立ちで大丈夫なのかと息を飲み、毎年上位入賞サークルだから大丈夫だと楽観視した次の瞬間だった。


 翼が根元からへし折れた。


 翼の片方が垂直に天へ伸び、推力を失った飛行機は重みのあるコックピットを下にして水面へ急降下していく。

 スタート地点の高さは10メートル。離陸した後僅かに高度が落ちた気はしたけれど、だいたいそのぐらいの高さから落下したと見てもいい。

 祐作が出るから勉強しようと、この大会のことをネットで検索した時目に入ったいくつかの事故が脳裏を掠めた。


 途中落ちた時、救助に向かうためにボートが何台か出ているはずだった。

 もっと進むはずだと考えていたのだろうか。それとも、呆けていたのだろうか。先行してしまったボート群はスタート地点直下に落下した祐作の飛行機の元へ向かうのが遅れている。

 ようやく祐作が助けられたのは、コックピットが湖面に使ってから何秒か経過した後だった。



「もともと他のパイロットに合わせてたんだろ? 体重、重かったんじゃねぇの?」

「あー、あるかもね。元の人ってあの松葉杖の人でしょ? 見るからにあの子より線細かったから」

「つか、なんで一年に飛ばさせたんだよ。他にパイロット居るだろうが」

「あーね。てか、インタビューの時もどもっちゃってさ」



 周りから心無い声が聞こえてくる。

 だけど、それよりも今は祐作が無事かどうかが心配だった。


 観客席前にある大きなスクリーンに救助の様子が映し出される。

 コックピット内から引きずり出された祐作は、救助隊に身を任せるよう大きな体を力なく伸ばしている状態だった。

 怪我をしているのだろうか。ボートに乗った先輩の呼びかけにも応えず、ぼんやりとした顔でボロボロになった飛行機を眺めている。しばらくそうした後、ようやく顔を横に動かした祐作は何が起きたか分からないといった表情で先輩の方を向いた。



『大丈夫か!?』

『あ、の、何が……?』

『どこか痛いところはないか!? 平気か? お前真っ逆さまに落ちたんだよ!』

『痛い、所はないですけど。え? 落ちたって……。ここ、スタート地点じゃないですか? え?』



 呆然とした彼の声をマイクが拾い、スピーカー越しに私達に伝えてくる。

 必死な呼びかけにやっと応えた祐作のその言葉に私は安堵のため息を吐き出し、次いで心が痛くなった。

 観客席に座る人たちの視線が私に向かい、次いでスクリーンに映る祐作に向かう。


 ああ、なんで人はこんなにも冷たくなれるのだろうか。

 祐作はみんなの期待を初めて背負って、その重圧に飲み込まれないように努力していただけなのに。

 祐作はただ単純に空を飛びたかっただけなのに。


 私は自分が女であることを呪った。


 膝をついた途端にあふれ出てきた涙は安堵のものか、後悔か懺悔からくるものか、その時の私も時間を経った後の私もその正体は分からなかった。


 今日の筋トレ日記。

 畑仕事だけで筋肉痛になっていた件について。

 体が弱い、弱すぎるよ!

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