第3話
10月22日ぶん
人物を深く掘り下げようとするからダメなのだろうか。
やりたいことまでの道のりが遠すぎて、後々になってやりたいことが何だったのか忘れるという。自分の悪い癖だ。省けるところや後回しに出来るところはそうしなければ。
取捨選択の仕方が知りたい。
カタン、コトン、と空いた電車が揺れて彼との距離が縮まったり開いたりを繰り返す。
彼の首に首輪はないし、胴体に縄も巻かれていない。私が裾をつまんでいるわけでもない。
私の幼馴染、木崎祐作は性格においてはとことんまで母親似ということらしい。日常においては自由奔放に駆け回り、人としてあるために大切なことはきっちりとこなす。
昔を思い返してみれば、ああそうだったと納得できることがチラホラ。
級友やお世話になった先生には折り紙や紙飛行機をプレゼントしたり。私が部室に迎えに行った時は毎回どんなに時間がかかろうとも掃除をして帰ろうとする。きっと、私が迎えに行かなくても毎日そうしているんだろう。
祐作は好きなことに没頭しすぎて周りが見えなくなっているだけで、気付かせればちゃんとメリハリのある行動が出来る人間なのだ。
まあ、周りが見えていないせいで声をかけても九割気付いてくれないという致命的な欠陥は存在するのだけど……。そういうところはお父さん似だ。
「そんなに背筋伸ばして疲れない?」
「でないと皺になるし、これも体感トレーニングだと思えば苦じゃない」
「そですか」
あっちに行ってから着替えてもいいのに。
既に礼服で身を包んだ彼は吹奏楽部もかくやといった具合に席の後ろ半分を空け、背筋をピンと伸ばした状態で座っている。ネクタイはもちろん締めてるし、一番上のボタンも閉じてしまっている。
少しぐらい着くまでダランとしていいのに、なんて思うのは私だけじゃないだろう。
インコの羽を貰って、スケッチさせてもらっただけの関係。
遠くても親戚関係にあるのは事実だし、家に上がって遊んだことも事実だ。だけど、関係を言葉で表現しようとすると薄っぺらなものに感じてしまうのも事実。
だから、好きなことに没頭する彼なら忘れていそうな人だった。
というか、私でも名前を言われただけで思い出せず、どんなことがあったのかを聞いてようやく思い出せたのは源五郎さんの雰囲気だけ。少し時間が経過した今でも顔や体格まで正確に思い出すことは出来そうにない。
それなのに祐作は「インコの人が亡くなった」と私が言ったら「源五郎さんが?」と驚いた様子で返してきた。
私ってそんなに薄情な人間だったっけ?
「ねえ、祐作……」
「ん?」
「……いや、なんでもないや」
不意に出そうになった「同級生のこと覚えてる?」という言葉を飲み込む。
近隣の住人のことだって同じだ。
こんな薄暗い感情を抱きながら聞くようなことじゃない。
「僕だって忘れてることはあるよ」
「? ……、そう、なの?」
昔からの考えるときの癖で虚空を見上げた後、祐作がこちらに顔を向けてそんなことを口走る。
脈絡のない言葉に一瞬訳が分からなくなるも、心を見透かされたことを悟った。幼馴染という関係はこういうのが偶にあるから嫌だ。隠しておきたかったのに。
ためらいながら問いかけると、祐作は深く頷いて黒塗りのカバンから一冊の手帳を出した。
ボロボロになって落としたら崩れてしまいそうな手帳は、昔祐作が使っていたものだ。
これは何代目だったか。多分、3~5代目だったと思う。
「翼作りでお世話になった人はさ、飛べた時にお礼を言いたいからこれにメモしてるんだ。だから、覚えてた」
「祐作の好きなことにかける思いはひとしおだね」
「好きなことじゃなくて、夢だよ。夢を叶えるって難しいことだろう? だから、僕が夢を叶えた時は支えてくれた人にしっかりお礼を言いたいんだ」
「そっか……」
「うん」
新幹線から乗り継いでどれだけ時間が経っただろうか。
早朝に出立したはずなのに空にはジリジリとアスファルトを焼く太陽が天高く昇っていた。外に出ると冷房の効いた車内から一転、蒸し暑さが足元からにじり寄ってくるのを感じ取ることが出来た。
冷房も一切ない無人駅。降り立ったのは私と祐作だけ。
そんな私達を待ちわびていたかのように、閑散とした街並みに短く一つクラクションが鳴った。
今日の筋トレ……。
筋トレ……。
ま、後でまとめてやればいいか!
……。こういうのが駄目なんですよね。ごめんなさい。