第2話
10月21日ぶん
変なテイストを加えようとするからハッピーエンドが遠ざかる。
だけどそうしなくちゃ心がウズウズしてしまう。
ん~ダメ人間
空を見上げながらアスファルトで舗装された道を歩く。
向かう先はサークル棟。
私は裕子さんから頼まれた言葉を祐作に伝えなくてはいけないのだ。
春が終わり、夏に向かうこの季節。日中は暑苦しくなってきたとはいえ、太陽が昇らない夜の時間は少し肌寒い。ほんの少し厚着をして、指先が冷たくなるのを感じながら寮から真っ直ぐ伸びる道をやや早歩き気味に進む。
裕子さんが電話越しに伝えてきた、裕子さん側の遠い親戚だという源五郎さんの訃報に始め私は誰か分からなかった。
私も何度かお世話になったという話だったけど、名前を聞いて過るのは古風な名前から相当年齢を重ねた人ということだけ。自分の記憶にそんな名前の人はいなかった。
ただ、そうなることも想定していたのだろう。裕子さんはクスクスと笑いながら「インコのお爺さんよ」と言ってくれた。
そこでようやく私は源五郎さんの正体を理解した。
祐作が子供の頃、自作の翼を作るために鳥の羽を集めていた時期のことだ。インコを飼っているお爺さんの家に上がらせてもらって遊んだことを僅かながらに覚えている。
祐作はインコをスケッチしたり、抜け落ちた羽を沢山貰ったりしていたと思う。そういえば、あの頃から絵が上手かったっけ?
それで、私はそんな祐作を傍らにお婆さんに出してもらったお菓子を御茶うけにお爺さんと話したり、猫と戯れたりしていたんだった。あの時は何も思わなかったけど、鳥類と猫を一緒に飼って大丈夫だったんだろうか。
そんなわけで。
何度か家に上がらせてもらったのだし、遠くはあるが親戚なのだから顔は出しておくべきだろうというのが裕子さんの言。おっとりしているようで細くてもそういう人との縁を大切にしようとするのが裕子さんらしい。
丁度良く、というのは法事に対して使う言葉ではないのだろうが、葬式が執り行われるのは土曜日ということもあって大学からは離れやすい。首輪つけて引っ張ってでも連れていきますね、というと裕子さんは軽い返事を残して通話を切ってしまった。
私が祐作のおまけで行くことはお見通しのようだった。
「失礼しま……す……」
案の定夜中になっても電気を消さず研鑽に励んでいたのは、祐作が所属するサークルだった。
手入れがされていないのか重くなった鉄の扉をギイィイなんて音と共に開ける。すると、籠った湿気と共に中から香ってきたのは徹夜明けの人間が出す独特の匂いだった。
喚起をろくにしていなかったんだろう。
こんなしけった空気を体に浴びて顔を顰めてしまった私を咎められる人は、物好きだけである。
「寒いから早く締めてくれない?」
「半裸になってるあんたが悪いと思うんだけど?」
で、そんな物好きがこの部屋の中に一人。
当然のことながらその人物とは、子供の頃から鳥になりたいと声を大にして騒ぎまくっていた私の幼馴染、木崎祐作である。
ひょろっちくて風船を括り付けたらそれこそ空が飛べるんじゃないかと思えた子供時代の可愛らしい面影は、現在の彼には存在しない。身長が伸び、身体は鍛えられ、特に足の筋肉は陸上部を思わせる程の丸太のようなものに変貌していた。
土足可のアスファルトの上に惜しげもなく半裸で寝そべる彼の横には、自転車を模した運動器具。名前はなんて言ったっけ。
まあ、そんなこと今はどうでもよくて、問題は今の疲労が溜まった状態の祐作と話をして会話が成立するかどうかだ。
「裕子さんから大切な話預かってるんだけど、今いい? というか、今話しておかなきゃならないから意地でも体力回復してもらうけど」
「母さんから? あー、そこの取って」
「温いけど、冷たくなくていいの?」
「ん」
「そ」
机の上に乗っていたスポーツドリンクを手に取り、ポイッと投げると祐作の手に当たりアスファルトの上をバウンドする。
「へたくそ」
「疲れてるの」
「頑張りすぎじゃない?」
「時間決めてやってるから大丈夫」
「そ」
「ん」
私が話を切り出したのは、祐作がたっぷり時間を使ってスポーツドリンクを飲みほした頃合いだった。
今日の筋トレ日記
安静にしろと言われたから安静にする。
だけどこんな時間まで起きてしまう。
矛盾しとるな……。