第12話
10月31日ぶん
初めて自然薯を掘った。
種芋から育てたやつですが、自然生成のじゃなくても結構深い所まで潜るものなんですね。とは言え、テレビでやっていたようなもの程ではなかったですが。
どうして僕は飛びたいんだろう。
空を飛びたいという夢を持っていた。それを叶えるために僕はこの大学に入って、少年の頃から参加したいと考えていたサークルに入部した。
そこにはしっかりとした目的があったはず。それなのに、柚葉からの問いに僕は即座に応えることが出来なかった。電話のことが心配で、それで頭がいっぱいだったということもあるだろう。倒れたと聞いて急いできたから疲れて頭が回っていなかったせいもあるだろう。
だけど、子供の頃から大切にしていた夢を、一番の理解者であり傍でいつも支えてくれていた柚葉を前に語れなかった悔しさはひとしおだった。
あれから、両家の親が病室にやってきて僕たちはそれぞれの親によって話を中断せざるを得ない状況になった。
普段仕事柄か家を空けることが多い柚葉の両親も、愛娘が倒れて病院に運ばれたと聞いてか仕事を中断して飛んできたらしい。その顔は前に源五郎さんの葬式後に再開した時よりやつれているように見えた。
家からは、柚葉を特に可愛がっていた母が来た。電話してきた時は怒っているようだったのに、母が僕を見つめる目には哀愁のようなものが込められていた。
現在、僕は母と二人で病院内の外にいる。
払えば振りほどけるような細い手で引かれ、最終的に導かれた場所がここ。柚葉と話したいこと、というより彼女から聞き出したいことは沢山あった。だけど、どうしてだろう。母の手を僕は振りほどくことが出来なかった。
「ごめんね」
「なんで母さんが謝るのさ」
「だって、凄く辛そうなんだもの」
「……。当たり前だ。僕は自分のことにばっかりかまけて何も知らなかったんだから」
背伸びをして、母は家事で荒れた小さな手を頭にのせてきた。ささくれが髪を梳く度に引っかかっては頭皮を引っ張ってくる。小さな鬱陶しく感じてしまうような痛みも今の僕の心に変革を起こしてはくれなかった。
「私、あなたのこと沢山甘やかしちゃったからね。頭が良くて、ちょっと聞き分けが悪いぐらいで何事にも一生懸命に取り組む子。だから、甘やかし過ぎちゃった。悪い親ね」
「母さんは、理想の母親だったと思う」
「そうかしら? ねえ、祐作。あなたはどうして空を飛びたいと思ったの?」
柚葉と同じ問いに喉がキュッとすぼまった。視界が僅かに揺れるような、そして喉が一瞬にして干上がっていくような感覚に陥る。
あの大会当日、コックピットにまたがり飛び立とうとした時と同じような感覚だった。
「母さんには昔から話して聞かせてただろ? 耳にタコが出来てたんじゃないのか?」
「聞かせて」
「だから、今も、変わらないって……」
「言いなさい。ちゃんと、自分の言葉にしなさい」
母の双眸がこちらを見上げてくる。僕を逃がすまいと握力の弱い手で手首を掴んでくる。
いつも聞かせていた言葉を口にすればいいだけだ。たったそれだけのことなのに口が動かない。というか、言葉が頭の中に浮かばない。
「じゃあ、飛びたいか、飛びたくないか、これは答えられる?」
「……飛びたい」
「それは飛行機じゃダメなの?」
「……ダメだ」
「それはパラシュートじゃダメなの?」
「……ダメだ」
「他にも飛ぶ方法はいくらでもあるわ。ヘリコプターやムササビスーツ。科学技術が発展した今だと空を飛ぶ体験が出来る場所もあるらしいけど」
「……違う。そうじゃない」
どれも母からすれば同じ空を飛ぶことに分類されるのだろう。
だけど、それらは僕の夢ではなかった。だけど、なんで今の状況を僕は望み努力を重ねてきたんだっけ。
「ねえ、祐作。一人で飛びたい? みんなで飛びたい?」
僕は一人で飛びたい。
誰にも邪魔されることなく、ただ一人空を舞いたい。だけど、その想いを口にすると胸の中に罪悪感のようなものが込み上げてきた。
「ねえ、祐作。あの日飛んだ飛行機はどうやって作ったの?」
サークルのみんなで作った。
僕も組み立ての時は支えるのを協力したり、設計の計算を手伝ったりした。自分1人の力では作れなかった大作。それが一瞬にして、十秒にも満たないフライトで落下してしまったことがたまらなく悔しい。
「ねえ、祐作。あなた、あの葬式の日お爺さんの分まで頑張るって言ってたよね。自分を支えてくれた人の分まで頑張るって言ってたよね」
そうだ。
子供の頃から見守ってくれた人たちのために、飛行機を作ってくれた皆のために、怪我をして最後の一年を断念せざるを得なかった先輩のために、僕は頑張らなくちゃいけなかった。頑張って、頑張って、誰よりも遠くに飛ばなくちゃならなかった。
「ねえ、祐作。あの日、あなた自分のために飛べた? 自分の夢を叶えるためにちゃんと飛べた?」
「え?」
「今、ちゃんと楽しい? 自信もって楽しいって、言える? 昔の自分に胸を張って楽しいって、言える?」
「……」
何故だろう。楽しいはずだったのに、僕は母のその問いに答えることが出来なかった。
それから母が僕に何かを問いかけることは無く、ただただ時間が過ぎていく。沈黙が支配するこの空間を割ったのは、僕の口ではなく母の携帯だった。
「次の土曜日、というか明日だけど。ゆずちゃんと一緒に帰ってきなさい。沢山ごちそう用意しておくから。絶対ね。帰って来なかったら、今まで甘やかした分祐作が嫌だと思うこと沢山してやるんだから」
母は通話後、悪戯な笑顔を浮かべながらそう告げてきた。
今日の筋トレ日記。
穴掘り。




