第三話 後編
閲覧注意です。
ひなはスマホの画面を見て、首を傾げていました。いきなり送られた『逃げて!』というLI〇E。『なにかあったの?』と返信しても既読すらつきません。
「……どこに逃げればいいの?」
逃げた先が危険な場所かもしれないと考え、ひなは狼狽えていました。おろおろおろおろ、フードコート内を歩き回ること数分後、ひなは急に歩くことをやめました。
外につながる道すべてのシャッターが下がってきたためです。
ひなは直感的に、近くにあるまだシャッターの閉まっていないドアに近づき、ドアノブに手を掛けました。
ガタッガタッ
押しても引いてもドアは開きません。
まゆりがいなくなってから少し経った頃、このドアから人が入ってきたことを知っているひなは即座に気付きました。内側から出られない構造に変わっていることに。
「どこから逃げればいいの?」
やがて、シャッターは完全に閉じられました。同時に困惑する人も増えていき、楽しげな雰囲気だったフードコートは、不安と困惑にあふれた雰囲気に変わりました。
「まゆ……」
不安を紛らわせるために呟きます。
どこかに行こうにも、ひなは焦りと恐怖で動けないでいました。どうしようどうしようと目まぐるしく考え、パニックを起こしかけています。
LI〇Eを確かめてみても、まゆりからの返信はおろか、既読まで付かない現状です。
ひなの不安は徐々に大きくなっていきました。
そんな時ピーンポーンパーンポーンとアナウンスが流れ始めました。
『本日は、ショッピングモール専門店街にお越しいただき、ありがとうございます。現在、機材トラブルの影響でモール内の全シャッターが閉じてしまいました。復旧するまで、しばらくお待ち下さい。お時間を取らせてしまい、誠に、申し訳ございません。引き続き、ショッピングをお楽しみください』
多くの人たちがこのアナウンスを聞いて安心しきり、再び楽し気な快活とした空気に変わりました。
一部の者たちを除いて。
「閉じ込められた」
——ショッピングモールがテロリストに落ちたのかな?それとも端っから共謀してた?
「逃げないと」
でも、いったいどこに?どうやって?
出口は塞がってる。ここから逃げられっこない
まゆがいなくなったのは、先に逃げたから?このLI◯Eはせめてものお詫びか何か?
違う。だってまゆがひなを置いていくはずがないもん!
もう愛想尽いたのかもしれない。
だって、ひなのせいで、まゆは……
目頭に涙を溜めて、自己嫌悪に陥っていました。下を向き、まゆりとお揃いのリボン紐を髪から取ります。少し不恰好なリボン結びで右腕に巻き、その上を左手で握りました。
しゃがみ込み、リボン紐を結んだ右腕をぎゅっと握り締めながら、必死に涙を堪えていました。
——大丈夫、大丈夫。まゆとひなは約束で繋がってる。嘘を言わないまゆがひなを捨てるわけない!
だってまゆはあいつらとは違う。裏切らない
でも、ひなが死んじゃえば約束はどうなるの?
来世に持ち越し?それとも、繋がりがなくなっちやうの?
そんなの嫌だな。それを狙ってるのかな?
まゆは一度もひなを裏切ってないけど、ひなは違う。約束を結ぶ前だけど、まゆの心をひなが壊しかけた。
大丈夫、大丈夫。まゆは許してくれた。約束を結んでくれた。裏切らない。ひなのまゆはきっと、きっと……!
……本当に?
「ひなっ!!」
「………!!」
息を切らしたまゆりが現れた瞬間、ひなの不安は疑心暗鬼の心は一気に晴れました。
ひなは駆け出し、まゆりの懐に飛び込みます。
「まゆ〜〜っ!!」
「怖かった?でも、そんなことしてる暇ない。早く逃げるよ」
まゆりはひなの腕を掴み走り出しました。
逃げ遅れた二人は、気づき始めた他の魔力持ちの波に飲まれながらとにかくフードコートから遠ざかることだけを考えて走ります。
「まゆの能力でシャッター壊せないの?」
「無理。結界系の魔法が使われてる」
「じゃあ、どっかの窓から出るのは?」
「すでに人がいっぱい」
「まゆはどこに逃げる気でいるの?」
「できるだけフードコートから離れた場所に行くしか方法がない。どれくらいの規模で能力が使われるか見当もつかないから」
「そんなの、本当に助かるの?」
ひなの表情が諦めの色に染まりました。
まゆりはひなの腕をぎゅっと強く握り呟くように答えました。
「助けてみせる。ひなだけは、絶対」
その言葉を聞き、ひなはまゆりの手を振り払いました。走るのをやめ、立ち止まります。
まゆりもすぐに立ち止まり、後ろを向きました。
「……ひな?」
手首を左手で包みながら、否、黒いリボン紐も包みながら、ひなは指の隙間から見えるリボン紐を見やります。
「……ひな、だけ?」
「……?」
まゆりは首を傾げました。
「ひなだけって、なにそれ。まゆは昔から自分の命に無頓着過ぎるよ!」
「そんなこと言うだけのために、立ち止まったの?早く逃げよ?手遅れになる前に」
心底不思議そうに言うまゆりにひなはカチンと怒りが爆発しました。
「そんなことなんかじゃない!!」
「そんなこと、だよ。文句なら、後でいくらでも言えるでしょ?」
「だってまゆは生き残る気ないじゃん!!」
まゆりは目を逸らしました。
そんなまゆりの見て、ひなは「やっぱり……」と悲しげに呟きました。
「いっつも、毎回、自分の命を蔑ろにしてる!どんな時でも、まゆにとっての命の優先順位はまゆが一番下!」
「それの何が悪いのかわたしにはわからない」
「……へ?」
「わたしはひなと違って家に帰っても待っててくれる家族はいない。むしろ、邪険に思われてるから帰ってきさいしない。ひなと違ってひな以外友達もいない。仲良くなっても簡単に裏切られるようないらない存在」
「違っ……」
「違わない!」
食い気味に否定するまゆりに、ひなは息を飲みました。
まゆりの瞳は今までひなに向けられたことすらない冷たい目で真っ直ぐひなを射抜いています。
(やめて、そんな目でひなを見ないで)
「逃げるよ」
有無を言わさない態度でひなの腕を再度握り、引っ張るようにして走り出しました。
「ひなだけが生き残るくらいなら、一緒に死んだ方がマシだよ」
ひなの独り言を聞き、まゆりは足を止めました。震える声で「やめて」と零し、ひなを抱きしめます。
「お願いだから、そんなこと言わないで……!」
「嫌だ。まゆがどうして自分の命を軽んじてるのか知ってる。でも、さっきの言葉はひなにとっての心からの本音だから、取り消さない」
その言葉には強い意志のようなものが感じられました。
「なんで?ひなとわたしの命の価値は同じじゃない。わたしの首にいくら懸かっているか知ってるでしょ?わたしは……」
「どうでもいい!」
ひなの叫びにまゆりは口を閉ざします。ひなは冷めきった瞳のままでいるまゆりの目をキッと見つめながら続けます。
「ひなのせいでまゆは何回死にかけた?ひなとまゆは出会わなければよかった。そんなこと言うつもりはないけど……でも、こういう時は思っちゃうんだよ!……思わせないでよ」
徐々に弱々なっていくひなの言葉にまゆりは目を伏せました。
まるで反省しているかのような態度です。
——あぁ、早く逃げないと
「ひなにとってまゆの命は大事なものなの!」
——こんなことしてる間に、刻一刻と時間が迫っていく。ひなが助からなかったら、わたしの生きてる意味はない。謝って、すぐに走って、思い切り投げれば、ひなだけは範囲外まで行くかな?
「ひな、ごめんね。一緒に逃げよ?」
——ううん、ひなだけは範囲外まで行かせてみせる!
「うん!!」
ひなの必死の思いはまゆりには届きませんでした。心に響きませんでした。
まゆりはひなを抱き上げて走り出しました。
「舌噛むから口閉じてて」
ひなが何か言う前に釘を打ち、少しでも前へ前へと能力を駆使して走ります。
まゆりは背後から感じる濃密な魔素溜まりに危機感を覚えていました。冷や汗が背を伝い、体が身震いし始めます。それでも走りました。
足が悲鳴を上げているにも関わらず無視して、人の合間を縫って、できるだけ速く、早く前に行けるように走ります。
足がもつれて転びかけてもまゆりは足を止めません。限界を迎えても走り続けます。
一瞬、ジリッと肌に刺すような気配がしました。
まゆりは人の波を抜けた瞬間、足に魔力を溜めて勢いよく飛び出しました。空中に。
ひなはギョッと驚いた顔をしながらまゆりを見つめています。まゆりはひなに視線を向け、頷くように首を縦に振ります。
その瞬間背後から大きな爆発音が轟きました。
今度は腕に魔力を溜めてまゆりはひなを投げる準備を始めます。
——ひなには自己再生があるから、多少怪我しても大丈夫。命優先
爆発の炎がすぐ後ろに迫ってきている状態で、まゆりはひなを力いっぱい投げました。
「きゃああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!」
ひなの絶叫を聞く前にまゆりは気を失います。
ひなを投げた途端、彼女の下半身は白熱の光と爆発の炎に包まれました。いきなり足を失ったまゆりはあまりの痛みと衝撃で気を失います。
まゆりとひなは爆風の影響で宙をしばらく飛んだ後、地面に落ちました。
まゆりは瓦礫の上に右腕から落ち、何回かバウンドした後床を滑り、しばらくしてから止まりました。運悪く、瓦礫の上に落ちた際に右腕は尖った建物の残骸に刺さり、勢いで無理矢理引き抜いたような形になってしまったので千切れかけてしまいます。
ひなは柱のようなものに頭と肩を強打した後、地面に落ちました。強打した際に肩は脱臼、額からは血が流れています。
ひなが脱臼の痛みで気絶すると、彼女の体は白緑色の靄に包まれました。額の傷口は閉じられます。脱臼した肩も元の位置に戻ったのか、ガコッという音を一瞬たてていました。
先に目覚めたのはまゆりでした。
朦朧とした意識の中、焦点の合わない目で視線だけでひなを探します。
何度も、瞼が閉じかけるも、まゆりは必死に目を開けて探しました。数分かけてひなを見つけると「よかった」と、安らかな笑みを浮かべながら目を瞑ります。
ひなは人々の絶叫が耳朶に響くうるささで目を覚ましました。ぼんやりとあたりを見渡し、現状を把握すると、急いでまゆりを探しに駆け出します。数十分かけて、まゆりを見つけるとその場に崩れ落ちて涙を溢しました。
「ひなのせいだ。ひなが変なわがまま言わなきゃ、二人一緒に助かってたかもしれないのに」
上半身しかないまゆりの体を抱きしめ、ひなはまゆりの胸に顔を埋めました。
ひなちゃんの悲しむ顔が目に浮かぶ。そんなひなちゃんが好きだよ。可愛い女の子の辛そうな顔ってどうしてあんなに心昂るんでしょう?
面白かったと少しでも思っていただければ星マークを押していただければ幸いです。
誤字があっても多めに見てください