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ネロはニコリと微笑むと、目の前に立つ自分よりも頭一つ分ほど背の高い女性、ビアンカに勝負を申し込んだ。ビアンカは逡巡したが、無視はできない。
ネロの指が柄頭に、ビアンカの指は柄に。互いに帯刀したそれに手を伸ばす。
ネロは素早く画面を操作すると、ビアンカも同じように自らの画面を開き、『◎』――すなわち、承諾へと指を滑らせた。
合図と同時に、ビアンカは大きく前へ飛び出す。
突き、突き、突き。高速に繰り出される剣先はどれも正確にネロを襲う。ネロもそれを軽々と避けていく。体を一回転させ、時に、体勢を低く。舞った髪がビアンカの剣に掠り、一束空へ舞い散ろうとも、顔に浮かんだ笑みは消えない。
次の瞬間、ビアンカは右足を踏み込む。ネロの懐へ。その剣は上から下へと突きあがる。
だが、それもネロの剣によってはじかれる。火花が飛び散ると、形勢逆転とばかりにネロの剣がビアンカを襲う。ネロの踊るような優雅なステップは、ビアンカの剣をいなし、受け流しては徐々にビアンカとの差を縮める。
(しまった!)
ビアンカがそう思った時、すでにネロはグン、とスピードを上げていた。後方へと下がったビアンカの足元に一歩で入り込まれたのだ。詰まる間合い。低い体勢から繰り出されるネロの剣は、ビアンカの懐を右から上へと大きく払いあげる。
(くっ……)
ビアンカは衝撃を利用して、体を後方へとひねった。空中を舞い、ふわりと着地する。ネロとの距離を一度開け、体勢を整えなければ。寸でのところで弾き出したビアンカの正しい判断に、ネロはニコリと微笑んだ。
ビアンカは肩で息をする。対して、ネロの呼吸には一つの乱れもない。ネロは剣を再び構えなおし、その目を細めた。
(余裕の笑み、ね……)
ビアンカは、その笑みにピクリと反応する。
(これは、一筋縄ではいかないわね)
ビアンカの顔から笑顔が消え、その瞳には鋭い光が宿った。
ビアンカのまとった雰囲気が変わった、とネロが察するやいなや、ビアンカの剣はネロのもとへと伸びる。先ほどよりも、さらにそのスピードは速い。
(なっ……)
ネロは反射的に剣を交えたが、次の瞬間、目を見開いた。
ビアンカの剣は重く、その刀身がネロの刀身を持ち上げるように滑っていく。
(はじかれる!)
その瞬間、風圧がネロの体を宙へと押し上げ、砂埃が舞う。すごいパワー……。でも。ネロは、着地した足で地面を素早く蹴りつけると、反撃と言わんばかりにビアンカの懐へ飛び出す。一進一退、どちらも引かぬ攻防。互いに相手の動きに追従するように、剣を振り上げてはいなし、受け流してはまた剣をふるう。
今! ややビアンカのステップが乱れた瞬間。ネロは大きく体をひねり、その剣を振りかざした。紫色の閃光がビアンカを襲う。来る! ビアンカはその剣を両手で受け止める。だが、そのパワーは尋常でなく、すさまじい風圧と衝撃がビアンカを襲う。
(負けるもんか!)
ビアンカは体を大きくひねると、同じくネロにその切っ先を突き立てた。青い閃光が瞬き、再び大きな爆風が起こる。
しかし、直後、噴煙を物ともせず、両者の剣は互いに向かう。大きく飛びあがったビアンカの剣はネロの剣と交じり、火花を散らす。鋭い音が二度ほど響き渡ると、今度は、ネロの振りかぶった剣がビアンカを襲う。舞っていた砂埃は一瞬にしてさらわれ、ビアンカの髪がたなびく。
(剣が、重い……!)
そう思ったのはどちらだったか。受けた剣を押し返すビアンカの剣を薙ぎ払い、ネロの切っ先がビアンカの左太ももをえぐる。
(っ!)
ビアンカは右足で踏ん張ると、痛みを追ったばかりの左足を大きく踏み込み、ネロのもとへと突っ込む。ネロの素早い突きを交わし、再び剣を交える。激しく飛び散る火花。拮抗する力。
刹那。
(ぐっ!)
ネロの体に衝撃が走った。ビアンカの左拳が鳩尾に決まる。剣ばかりを気にしていたネロの体にスキが出来ているのを、ビアンカは見逃さなかったのだ。
ネロの体が後退するその瞬間、ビアンカの青い閃光が、ネロの深紅の瞳を貫く。
キィンッ!
すさまじい噴煙が再び二人を飲み込む。
(なっ!)
あの攻撃をかわされた!? 一撃を放ったことで一瞬の油断が生まれたビアンカの目に映ったのは、ネロの美しい紫色の閃光。直後、ビアンカの体が宙を舞った。しかし、これで終わりではない。痛みに耐え、薄目ながらに確認できたのは、ネロの次なる一撃。
(こんなところで……!)
ビアンカはすぐさま右足を大きく後ろへスライドし、そのまま右手を引く。
「はぁぁぁああああっ!!」
こんなところで負けてたまるか! ビアンカの剣が、ネロの剣と重なる。
ドォンッ!
すさまじい爆音と、豪風。二人の閃光が交わり、視界がカッと激しく瞬く。逆光に浮かび上がった二人の真っ黒な影が、周囲の人々の目に焼き付いた。
直後。
粉塵を貫くようにしてネロの剣がビアンカに、ビアンカの剣がネロの体に。
再びその衝撃に轟音が響き渡り、あたりは白煙に包まれ、ビアンカの体は後方へと弾き飛ばされた。
「はっ!」
ビアンカが前方のそれに気づいた時、すでに成す術はなかった。宙に浮いた体はもはや自由が聞かず、剣をふるうこともできない。そのスピードには追い付けぬ。
ビアンカの瞳に映った、ネロの瞳。それが徐々に近づくと、やがてビアンカの視界はその美しい深紅の瞳に支配された。
「キャァッ!」
「っ!」
ネロの一撃によって起こされた爆風に、周囲の人々は思わず身の危険を感じ、顔を手で覆った。数メートルは離れているというのに、体が後ろへと押し付けられる。
波が大きく立ち上がり、海面を揺らした。
ビアンカの体に突き付けられた切っ先。それが、勝敗のすべてを物語っていた。
「いい試合だったわ。ありがとう」
ネロはケロリとした笑みを浮かべて、ビアンカの肩に手を置いた。先ほどまで、あれほど激しく戦っていたのがウソのように、飄々としている。
ビアンカは、そんな彼女に唖然とするばかりだった。