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MDMA エクスタシー

MDMA エクスタシー





薬物は危険だ…。


怖い…と思っているうちは、初めの1回目に中々手が出ない。


ところが均衡を破って一度手を出してしまうと、この薬物はどんな効き目だろう、これならどうだろう…と次から次と新しい薬物に手を染めていく。


ドラックと言う気分を変える為の何かを指すなら、チョコレートやコーヒーさえもドラックに分類される。


しかし、違法薬物と言う筋金入りのドラックを言うなら、そこまでの種類はない…誰しもそう思うだろう。


そうだろうか…軽いものならマリファナと言う乾燥大麻が有る。


その大麻から作られる薬物だけでもハッシシ、リキッドなどがあり樹脂、オイルと呼ばれる事も多い。


大麻が体に及ぼす有効成分を表すTHCの数値が大きな物を掛け合わせ、近年ではハイブリッドと呼ばれる途轍もないマリファナまで日本国内で出回っている。


コカイン一つにしてもスニッフィングから始まりクラック、フリーベースとわずかな知識でその効能を変化させ深みにハマっていく者が後を絶たない。


アヘン、ヘロイン、LSD、マジックマッシュルーム、世界最悪の麻薬謳われるクロコダイル…。


あまり知られてはいないが、大昔から香具師(ヤシ)の口上で有名なガマの油も麻薬の一種と言われている。


歴史的な事実を考えてみても、違法薬物は巷に溢れその種類は数限りない。


私があの薄汚い変態男と再開した朝、男が私に差し出したものはエクスタシーと呼ばれる向精神薬MDMAだった。


ホテルに入るなり私たち二人はすぐさま覚醒剤を打ち、シャワーを浴びるのももどかしくお互いの敏感な部分を慰め合った。


お互いを啜り合うジュルジュルと言う音が、清潔感のまるでない新宿の安ホテルの狭い部屋の中にこだましている。


二人とも汗だくなのは、クーラーの効きが悪いのかあるいは少し多めに打った覚醒剤のせいかどちらかだろう。


汗と共に体外に排出される薬物…。


その噂が本当かどうかは分からないが、わずかな時間でベットの上が水浸しになるほどの汗を流し、流した汗の分だけ薬物が欲しくなった。


「どうやって手に入れたんだよ?10グラムはあるぞ」


私が持ち出した龍也のポーチの中の覚醒剤を男に見せた時、男は歓喜の顔の裏に一抹の不安をのぞかせた。


「昔の男が部屋に置いていったのよ」


簡単に嘘がつけた。


「新宿の売人か?」


男は探るように聞いた。


「まさか」


「本当だろうな、後で面倒はごめんだぞ」


一度火のついた身体に、長々と無駄話を続ける暇などある訳がない。


私は男を押し倒し、シラフなら絶対に口にしたくもない、薄汚れた男の逸物を舐め回した。


その快感に男もすべてを忘れたのだろう。


それ以上私が運んだ覚醒剤のことを聞こうとはしなかった。


そのかわり…。


「お前どこまで好き者なんだ?もっと良いものをくれてやろうか」


お互いの股間に顔を埋め、お互いで快感を貪っているその時、男はニヤけながらそう言った。


その下品な笑いに私の快感を貪る神経が刺激される。


「欲しい…もっと良いものって何…」


私は喘ぎ声と共に言葉を吐き出した。


薬物による性の欲求もまた危険極まりない。


普通ではあり得ない快楽に、今以上、それ以上と際限がない。


男はあたかもアダルトビデオの男優のように、女は女優のように快楽に酔う自分に酔っていく。


例えそれがどんなに危険なドラックであろうと、今より感覚がたかまると聞けば、そのドラックの使用に躊躇がない。


「これさ」


男は初めて私に覚醒剤を見せた時のように、小さなビニール袋を摘み上げ「ニタリッ」と品のない顔を見せた。


少し大きめの青い錠剤…。


エクスタシー、あるいはバツと呼ばれる向精神薬MDMAだった。


聞いたことがあった。


そう遠くない以前、人気俳優がクラブ勤めの女に飲ませ命を奪った薬…。


危ない薬…私の記憶の中に確かにそうインプットされているはずなのに、今以上の快楽を得られると言う誘惑にとても歯向かうことは出来なかった。


男のいきり立った逸物を感覚の研ぎ澄まされたアナルに受け入れながら、私はこの薄汚い男に差し出された錠剤を飲み下した。


直ぐに頭に霞がかかり、そこからの記憶が私にはない…。


意識を失う瞬間、腕に巻いたまま外さなかったスマートウォッチが、着信を知らせるため小刻みに震えていた。


そして…その時の私にはその着信が誰からのものだろうと何の意味も持たず、ただそのバイブレーションさえも快感の一部に変換されていった。


薄れゆく意識の中、自分の喘ぎ声と下卑た男の荒い息遣い、そして…吐き気をもよおす程の男の口臭だけが遠いどこかの出来事のように、その日最後の私の記憶の奥深くにとどまり、同時に私の精神をも蝕んでいった。





「ホテルのフロントがね、男がとっくに出てったのにあんたが電話に出ないって不審に思って部屋に入ったんだよ」


化粧っ気のない、疲れた顔の太月姐さんが静かに話し出した。


私はシミひとつない真っ白な天井を見つめながら返事もできずにいた。


「白眼むいてピクリとも動かないから、最初は死んでるって思ったらしいよ」


「………」


「あんたの服も靴もバックも携帯も…何一つなくてさ、あんたがどこの誰かもわからなくて警察も頭抱えたらしいよ」


太月姐さんの説明に、私は悔しさだけが込み上げてくる。


「どうしてわかったんですか…私のこと」


「その腕時計さ…男もあんたが死んだと思ってあわてたんだろ…それだけが外されずに残ってたよ」


アップルウォッチ…BGMのうるさい店内では、常連客からの予約のメールを取り損なうことが多く、指名の欲しいキャストのほとんどが何かしらのスマートウォッチを使っていた。


それが私の命を助けたのならこれ以上幸運なことはないが、こうやって命が助かるなら、身元のわからないまま目覚めたかったと言う気持ちも無いわけじゃなかった。


「この後警察の取り調べがあるからね」


太月姐さんの言葉に私は愕然とし、首だけを動かし太月姐さんの顔を驚いた顔で見返した。


「当たり前じゃないの、あんたのその腕を見れば何をやってたかは一目瞭然だよ」


確かにそうだ…太月姐さんの言う通り、私の腕は自分で打った時の失敗で内出血をしたように紫色になっていた。


「サイトであった男に無理やり打たれたって言うんだよ、あの男にもそう言うように龍也が言い含めてあるから」


龍也…そうか、龍也も知ってるんだ…。


そして、相手が誰かも…。


そう思うと羞恥と後悔の涙が溢れ、溢れた涙が耳の窪みの中に溜まっていく。


「あんたもう3日も寝てるんだよ、その間に総動員であんたが刑事罰を受けないようにフル回転だよ」


太月姐さんが言った「刑事罰」と言う言葉に、私は恐れを感じ愕然とする。


「私…捕まるんですか」


馬鹿な質問だった。


太月姐さんの言う通り、初めはサイトで知り合ったあの変態男が私に断りもなく覚醒剤をアナルに入れた。


でもその後は…自分の意思で覚醒剤を使い、その挙句がこの結果だ…。


覚醒剤が違法薬物である以上、その使用が世間に発覚した時は、刑法によって裁かれるのは当たり前のことだ。


「させるもんかい、こっちは親分まで動いてるんだよ」


「親分?」


「そうさ、とっくに警察とも話はついてるに決まってるだろ」


決まってると言われても、ヤクザには犯した罪を帳消しにする力まであると言うのだろうか。


「良いかいもう一度言うよ、サイトで知り合った男とホテルに入った。何故かは分からないけど意識が飛んで途中から記憶がありません…そう言うんだよ」


「あの男は?」


羞恥の心を押し殺し、私は気になっていたことを聞いた。


「右手の指を5本とも千切られて監禁されてるよ」


「5本とも…」


「素直に話せば良いものを…二度と覚醒剤なんか打てないようにって、親指千切られてようやく認めて全部話したわよ」


「龍也が?」


「他に誰がいるのよ…私が止めなきゃ殺してたわよ」


自分の意思ではないとしても、覚醒剤を体内に入れられてからは、私が私ではなくなっていた。


その後も…軽い気持ちだった…こんな大ごとになるなんて夢にも思わなかった。


近頃の龍也に対する不平や不満の芽が根底にあったとしても、私のやらかしたことには言い訳の余地などあるはずが無い。


私のために、誰かを殺すほどの憎しみや怒りを与えてしまったのなら…どんな誠意を込めた謝罪をしようとも、許されることではないはずだ。


10年と言う年月…関東狂走連合の最後の抗争で、私が額に大きな傷を作ったことを龍也は気にし続けていたと言った。


もし龍也が私のせいで…誰かの命を奪ったとしたら…。


龍也は一生刑務所暮らしだったかも知れない。


合わせる顔がない…それは龍也だけのことではなく、親分や泉ママにさえも…出来ることなら会いたくない。


逃げ出したかった…。


いっそ全てのことを警察に話し、留置場にでも入れてもらおうか。


薄ぼんやりとしていた意識の断片が確信に変わり、私の心と身体に私自身が戻った時、私は逃げることばかりを考えていた。


「じゃあ警察を中に入れるよ」


どうやら警察は私の目覚めるのを病室の外で待ち続けていたらしい。


「最後にもう一度言うよ、逃げ込みなんて馬鹿なことを考えんじゃないわよ。これ以上、誰一人がっかりするようなことはしないでちょうだい」


釘を刺された…。


やっぱり太月姐さんは怖い…。


湧き上がる巨大な自己嫌悪に押し潰されそうになりながら、病室を出て行く太月姐さんの背中を見つめた。


そう言えば太月姐さんの素顔を見たのは初めてだった…そんな事も、私はぼんやりと考えていた。






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