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日影の都  作者: イツキ
第一章 影に住むもの
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(8)

 振り返ったゼキアの顔色が、変わった。なんとか息を整え体を起こそうとしているルアスと――その背後の何か。一瞬で変わったゼキアの緊張した面持ちに自身の背後を見ようとした瞬間、視界が闇に呑まれた。

「危ねぇ!」

 何がなんだかわからない内にルアスはゼキアに抱えられ、横に飛び退いた。その直後、まるで地割れのような轟音と振動が二人を襲った。

「な、何!?」

「とにかく一旦離れるぞ!」

 再び荷物のように片腕で抱えられ、その場から更に距離を取った。小柄な自分の体格が強調されるような扱いに少々不本意だったが、つい先程まで居た場所の惨状を見てゼキアに心底感謝した。そこに居たのは闇色の大蛇――人間の大人を数人束ねたかのような胴回り、ルアスの身長のゆうに三倍はあろう高さから見下ろす、頭。そして深く抉られた地面――あのままあそこに居たら大蛇に丸呑みにされていたか、はたまた押し潰されて肉塊と成り果てたか。どちらにせよ想像したくもない。

「ルアス、光しっかり保てよ。いったいなんなんだアイツ……どっから出てきやがった」

 ハッとしてルアスは自分の役割を思い出した。慌てて明かりを近くに引き寄せ、自分達を包むように照らす。

「……ゼキア、さっきから考えてたんだけど」

 多少気持ちが落ち着いたところで、ルアスは話し出す。走りながら考え至った仮説を……あの大蛇の正体についてを。

「多分、あの蛇達全部でひとつの“影”なんだと思う」

 そう告げると、彼は訝しげな顔をした。

「……どういうことだ?」

 ルアスは確証はないけれど、と続けた。

「そもそも“影”って個々に形が違うのが普通なのに、こんなに同じのがうじゃうじゃ居るのも妙だし。ゼキアが切った蛇、黒い霧みたいに散ったでしょ?ネルとルピを覆ってるのと同じような…それで、もしかしたら元々霧の形の“影”が姿を変えてるんじゃないかと思って」

 あの大蛇も最初から居たのではなく、他の蛇達や霧散したものが寄り合わさったものではないか。そうルアスは手早く説明した。のんびりしていてはネルとルピの――自分達の命も危ない。うまく伝えられているか不安だったが、話を聞き終えたゼキアは神妙な顔で頷いた。

「こんなのは初めて見たな。でも、それなら最初に気配が無かったのも説明がつくし……可能性はある。どっちにしろ、この状況じゃ剣だけだと厳しいな」

 そもそもこの数に対し一人が剣を振るってもキリがないのだ。ましてや実体があの霧だったとしたなら、無意味に近いかもしれない。あの大蛇が居ては強行突破も難しい。

 その事実に、ルアスは言葉に詰まった。そう、根元から消滅させなければ――例えば、魔法とかで。

「……僕の魔力じゃ厳しいよ」

 まるで逃げているような台詞だと自分でも思った。しかしこれが事実だった。身体が干からびるのを覚悟で魔力を絞り出せば少しは相手にできるかもしれないが、全てはとても無理だ。所詮、自分の力など取るに足らない……人の命がかかっているというのに。早く、早く助けなければと思うのに。なんと情けないのか。兄妹の様子はここからは窺えない。泣いているのか、震えているのか、それとも既に――俯き目を瞑ったところでぽん、と軽く頭に手を置かれた。

「ゼキア……?」

 溜め息をつきながら、ゼキアは“影”へと向き直った。ルアスが明かりを持ち直したお陰か、幸い蛇達は警戒したようにその場を動かない。しかし、この状態がいつまで続くのかも判らない。

「……さっさと片付けないとな。街中だと目立つし、疲れるから嫌なんだが。そうも言ってられないか」

 苦笑したように言うと、彼は剣を構え直した。“影”に向けてではなく、目の前に刀身を水平に構え、手を添える。

「さてと。覚悟しろよ、黒蛇ども」

 呟く間にもみるみるうちに変化が起こった。柄に嵌め込まれた石と刀身からは赤い光が揺らめき、空気が熱を帯びる。

「燃え尽きろ!」

 剣を高く掲げ、一気に降り下ろした。剣先からは火花が散り、熱風が巻き起こった。衝撃から守ろうと、咄嗟に片手で目を庇う。次の瞬間には、眼前の広場は火の海であった。

「ギャァァァアアア!」

 大蛇が一際大きな断末魔の叫びを上げた。炎は“影”を捕らえ、喰らい尽くしていく。もはや彼らが灰になっていくだけの末路なのは見てとれる。その様をルアスはただ呆然と眺めていた。猛る炎は頼もしくも恐ろしく、そして美しい。さながら魔を祓う聖火であった。

 長いようで、ほんの僅かな時間であった。やがて炎は“影”を燃やしつくし、薄れて消えた。残ったのは元通りの広場と、小さな人影。何が起こったのか解らず唖然としている二人に、ゼキアは歩み寄った。

「お前ら無事か……ってコラ!」

「うわぁぁぁん!!」

 良く見知った兄貴分の姿に緊張の糸が切れたのか、ネルとルピは弾かれたようにゼキアに駆け寄り一気に泣き出した。

「……泣くだけの元気があるなら大丈夫だな」

 すがり付き、涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにした二人の頭を撫でてやる。その顔には明らかな安堵の表情が浮かんでいた。ルアスもまた胸を撫で下ろし、彼らの元へ歩き出す。

「あれ……?」

 その途中、ある事に気がついた。あれだけ炎が燃え盛っていたのに、地面にも、周りの瓦礫や壁にも、その形跡が見当たらないのだ。焦げ跡ひとつついていない。もちろん、兄妹達にも火傷ひとつない。つまり、対象を“影”のみに限局してあれだけ大きな炎を放ったのだ――相応の魔力とコントロール力が必要な、高度な技である。出で立ちからすっかり剣士と思い込んでいたが、魔法もかなりの使い手のようだ。

 そういえば彼の双眸は赤だっただろうか。遥か古に『光』から与えられたと伝わる、魔法という力。大抵の人間は地水火風いずれか一つの力を持っている。そして特に力の強いものは魔力が持つ色彩が身体の特徴に現れることがある。例えば、髪や瞳――ゼキアは恐らくそれだろう。遺伝的な要因でその色彩を持つ者ももちろん居るが、先程の力を見ればどちらなのかは明らかだ。

「……おいルアス、どうしたんだぼーっとして」

 いつの間にか、ゼキアは小さな兄妹を宥めて戻ってきていた。頭を小突かれてようやく我に返る。

「あ……ごめん、なんでもないよ。ネルとルピは大丈夫?」

「あ、あんなの平気に決まってるだろ!」

 そう言いながらも声がうわずっているネルに、ルアスは小さく吹き出した。これはどう見ても見栄を張っている。

「な、なんだよ」

「さっきまでぴーぴー泣いてた奴が言っても説得力がないとさ」

 ルアスの心中をゼキアが代弁した……が、ネルはそのまま彼の発言として受け取ったようだ。

「うるさいバカゼキア!あれは……ちょっとびっくりしただけなんだからな!」

「……お前は感謝とか反省をしようとは思わねぇのかクソガキ!」

「あの―、二人とも……」

 やんわりと制止しようとしたルアスの声が聞こえないのかあるいは無視しているのか、昼に見たのと同じように賑やかな言い合いが始まった。“影”の騒ぎが収まってしまえば夜の貧民街は静かなものである。声が響いて近所迷惑にはならないだろうか、などと考えていた時だった。

「うぅ……ぐすっ」

 大人しくしていると思っていたルピが再びぐずりだした。そういえばネルと共にゼキアに食い付いていきそうなものなのに、随分静かである。

「ルピ?どうしたの、大丈夫?」

「……いたい」

 腰を落として目線を会わせてやると、ルピはそう訴えた。よく見てみれば、どこで転んだのかあちこちに擦り傷があった。どれもさほど酷いものではないが、左肘のものだけは他より深く皮膚が剥け、痛そうだ。

 ルアスはルピの服の袖を傷に触れないように捲り上げると、おもむろに傷の上に手をかざした。するとそこに淡く小さな光が現れ、柔らかな熱で傷を包んでいく。ルピが驚いて数回瞬きをしている間に、傷口は綺麗に塞がれ痕跡すら無くなっていた。

「……すごーい! ありがとう!」

「どういたしまして」

 すっかり痛みを忘れ笑顔で礼を言うルピに、ルアスも微笑み返した。

「お前、治癒術使えるのか……!?」

 ゆっくりと立ち上がると、驚いた様子でゼキアと目が合った。ネルとの決着がついたのかは分からないが、いつの間にか今のやり取りを見ていたようだ。

「あ、うん。これだけは得意なんだ」

「じゃあなんで――」

 何か言いかけたゼキアの言葉を聞くことは、今は出来なかった。

「スキありっ!」

 どうやら彼等の口論――という名のじゃれ合いはまだ終わっていなかったらしい。自分に背を向けたのを好機と、ネルの渾身の体当たりがゼキアに決まった。

「……お前は!人が話してる最中に何しやがんだ!」

 それをきっかけに再び騒々しい声が飛び交う。ルピはと言えば既に半分瞼が閉じかかり、時々欠伸をしている。この歳の子供がこんな夜中に起きている事はそうないだろうから、眠いのは当たり前である。しかしネルは元気が溢れているようだ。相手にしているゼキアも時間帯のことをすっかり忘れているのではないだろうか。ルピにつられるように、ルアスもひとつ大きな欠伸をした。気が抜けてきたのか猛烈な眠気に襲われ始める。

「もう、そろそろ帰ろうよ。僕もルピも眠いよ……」

 切実なその願いが聞き届けられたのは、もう少し後のことであった。

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