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日影の都  作者: イツキ
第一章 影に住むもの
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(6)

 守りたいものが、あった。そのための力が欲しくて、必死でここまでやってきた――示された希望を信じて。しかし、それはやがて全てが後悔へと変わった。

「なぜ……」

 突きつけられた現実に、怒りと絶望が自分の中に渦巻くのを彼は感じた。



 瞼を開けば見慣れた天井が目に映り、ゼキアは気だるげに体を起こした。窓の外は深い闇と静寂に包まれており、今が深夜であることを悟った。横を見れば床で薄い毛布を手繰り寄せて丸まるルアスの姿がある――たまたま出会った彼の、ほんの少しだけ過去の自分と重なる境遇が、記憶を呼び起こしたのかもしれない。昔の夢を、見ていた。懐かしい……しかし決して面白くはない思い出に、ゼキアはひっそりと息を吐いた。

「……ゼキア? どうしたの?」

 ルアスが目を擦りながら身を起こした。気を使っていたつもりだったが、気配に気付いたらしい。

「悪い、起こしたか」

「ううん、実はあんまり眠れなくて」

 そう言いながらルアスは欠伸を噛み殺した。

「だからベッド使っていいって言ったのに」

 その様子にゼキアは苦笑した。そもそも一人暮らしのゼキアの家にベッドは一つだけしかない。疲れているだろうからとルアスにそれを勧めたのだが、彼が頑として拒否したのである。

「だって悪いし……じゃなくて! 色々考えて目が冴えちゃったんだよ」

 寝心地が悪いというのが無いわけではないだろうが、何より先が見えない不安が眠りを妨げる。それを振り払うようにルアスはかぶりを振り、笑顔を取り繕った。

「それより、どうしたの? こんな時間に」

「……ちょっとばかり夢見が悪くてな」

 そんなルアスの様子にはあえて触れることはせず、ゼキアはそうとだけ答えた。

「夢?」

「大したことじゃねぇよ」

 答えを曖昧に濁しながら、ゼキアはふと違和感を覚えた。会話の内容ではなく、聞こえてくる音に。

「……何か聞こえないか?」

 先程から自分とルアスの声に混ざり、別の音――いや、声が聞こえる。あとは、何かを叩く音、だろうか。

「……一階からみたいだね」

 促されて耳を澄ましたルアスもそれに気付いたようだ。ゼキアは背中に流したままだった髪の毛を素早く束ね、傍らに置いていた剣を手に取った――何か、嫌な予感がする。

「ちょっと見てくる」

「あ、ゼキア――」

 ルアスの返答も待たず、半ば飛び降りるようにゼキアは階段を駆け降りた。



 階下に降りてみれば、それはよりはっきりと鼓膜に響いた。

「ゼキア! ゼキア、居ないのかい!?」

 ノックというには随分荒っぽくドアが叩かれる。聞き覚えのある、そして切羽詰まったような声にゼキアは自分の予感が恐らく当たっていることを知った。

「レオナおばさん! どうしたんだ、こんな時間に」

 昼間ネルが壊してくれたおかげで動きの悪いドアをどうにか開ければ、そこには茶色い髪の女性が立っていた。癖っ毛と、溌剌とした瞳が昼間に会った兄妹を思い起こさせる――彼女はネルとルピの母親だ。

「ゼキア! うちの子達がここに来なかったかい!?」

 ゼキアの姿を認めるなり、レオナはしがみつくようにしてそう言った。

「……来たけど、暗くならないうちに帰したよ」

 それを聞いたレオナは崩れるように床に座り込んだ。

「あぁ……いったいどこに行ってるんだか」

「家に、戻ってないのか?」

 殆どそれを確信しながらゼキアは問い掛けた。貧民街の人間は、滅多なことではこんな時間に出掛けるような真似をしない。誰も“影”に喰われたくはない――外灯の光と騎士団に守られた中心街とは、事情が違うのだ。

 やはりレオナはゆっくりと頷いた。よく見れば唇から血の気は失せ、その手は小刻みに震えている。

「知り合いの家も、よく遊んでる所も、心当たりは片っ端から探したよ。ここで最後だ……なのに見付からないなんて!」

「おばさん、落ち着いて……」

 今にも泣き出しそうなレオナを宥めながら、ゼキア自身も焦っていた。もし外に居るなら“影”に襲ってくれと言っているようなものである――むしろ、今襲われている可能性すらあるのだ。こんなことになるならじゃれ合っていないでさっさと帰すべきだった。早く探さなくては。

「俺が探してくるよ。おばさんはここで待っててくれ。危ないしな」

 少しでも彼女を安心させようとぎこちなく微笑み、カウンターに置いてあったランプに火を着けようとした――しかしなかなか明かりは点らない。

「くそ、こんな時に油切れかよ!」

 買い置きがあったかもしれないが、探す時間も惜しい。こういう時ばかりは店の有り様を呪うしかない。ひとつ舌打ちをして、仕方ない、とそのまま外へ向かう……しかし、それを引き留める声があった。

「――ゼキア、何かあったの?」

 パタパタと軽やかな足音を立て階段を降りてきたルアスを見て、そういえば彼を放ってきたままだったことをゼキアは思い出した。少し遅れてきたルアスには状況が分からないようで首を傾げていたが、床に座り込む女性とゼキアを交互に見、良からぬ事が起きていることは察したようだ。

「……ネルとルピが家に帰ってないらしい。探してるけど見つかんねぇって」

 かいつまんで説明すると、ルアスははっとしてレオナを見た。見慣れない女性が昼間に会った兄妹の母親であることを理解した彼は、彼女の姿につられるかのように瞳を曇らせた。不安と疲労でレオナの顔はすっかり青ざめ、初対面のルアスに驚く気力すらないようだ。

「……探しに行くの? ランプは?」

 剣を携えている以外は手ぶらなゼキアを心配したのかルアスが引き留めるように声をかけた。

「こんな時に限って油切れなんだよ。でも探してる時間が勿体ない」

 答えを返しながらも既にドアに手をかける。ルアスには悪いが、早く探さないと危ないかも知れないのだ。

「待って! 危ないんでしょ……? 僕も行くよ」

「ダメだ。……おばさんに着いてやっててくれ」

 きっぱりとそう言い切ると、ルアスは怯んだように一歩後ろへ下がり、横目でレオナを見た。ネルとルピはもちろんのことだが、疲弊しきったレオナも心配だ。それにルアスも魔法師とはいえ戦闘には不向きに思える。出来ればそうならないように願いたいが、もし“影”と遭遇した場合は彼の身まで危険に晒すことゆ考えれば、頷くことはできない。もしかしたら彼も同じことを考えたかもしれない。魔力が弱いと嘆いていたのは彼自身なのだから。しかしルアスは再び食い下がった。

「僕だって二人が心配だよ。それに……」

 一旦言葉を切ったルアスは両手を前に差し出し目を閉じると、緊張をほどくように静かに息を吐いた。すると伸ばした手のひらの上に、拳ひとつ分の光が生まれる。僅かばかりの月明かりで照らされていた部屋の中が、ルアスの生み出した光でより鮮明となる。

「明かりは、あった方が良いでしょう? 一人で行こうとしてるゼキアも心配なんだよ」

――確かに“影”と出くわす可能性が高い以上、明かりはあるに越したことはないし、ルアスがその役割を担ってくれるならゼキアも万が一の時に戦いに集中しやすい。しかし危険と解っていて連れていくわけにはいかない……そんな考えを払い除けたのは、今まで沈黙を守ったままのレオナだった。

「ゼキア、私は大丈夫だから。子供たちを頼むよ」

 そっちの坊やもね、と最後に付け足しルアスに目をやり、再びゼキアに視線を戻した。

「一人より二人の方がいいだろう?私だってあんたが危ない目に合うのもごめんだよ」

「……決まり、だね?」

 畳み掛けるかのような二人には、ゼキアも折れるしかなかった。

「あーもう、仕方ねぇな! 全力で走れよ!」

「うん!」

 こうして、ゼキアとルアスは夜の貧民街へと繰り出した――。

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