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日影の都  作者: イツキ
第一章 影に住むもの
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(3)

「しっかし驚いた!お前魔法師だったんだな。さっさと追い払えば良かったのに」

 今まで居た裏路地よりは人通りの多い場所に落ち着いたところで、ゼキアはそう切り出した。男に降り注いだ水のことである。魔法師、というのは魔法を使う者の総称だ。あの場に居たのは自分達だけ。路地はただ薄汚れた壁が広がるばかりで窓もなく、誰かが上から水を捨てたということもなさそうだ。そうなると、何もない場所に水を降らすなどという芸当は魔法でなければ不可能である。絡んできた男二人ではないし、自分でもない。ならば残るのはルアスしか居ないのだ。

「うん、一応……でも僕、魔力はすごく弱いから一人じゃどうにもならなかっただろうし、助かったよ。ええと……」

 ここにきてようやくゼキアは自分の名を名乗っていないことに気がついた。

「ああ、悪い。ゼキアだ」

「ゼキア。ありがとう」

 礼を言いながらルアスは微笑んだ。絹のような銀糸の髪から覗く瞳は柔らかな光を宿し、桜色の形の良い唇の端を持ち上げる――まだ少し幼さを残したその笑顔は、絡んできた男達が言うところの“物好き”ではなくとも魅せられてしまいそうであった。もちろん、間違ってもゼキア自身にそんな趣味は無かったが。

「……お前の外見、目立つんだから気をつけろよ。また似たようなのに絡まれるぞ」

 注意を促してそろそろ帰ろう、そう思って声をかけたゼキアは、ルアスの次の言葉に足が止まった。

「え?そうかな……別に変な格好してるつもりはないんだけど」

 銀の髪と金の瞳という珍しい組み合わせと、陶器のように白く滑らかな肌はまるで湖面の月を思わせる――充分過ぎるほど人目につく容姿だ。格好の問題ではないのだが、どうやら彼には自覚がないらしい。ゼキアがため息と共に脱力したのも無理はない、かもしれない。

「あのな、イフェスは王都って言っても治安が良いわけじゃねぇんだよ。確かに騎士団もいるけどな……この国がどうやって大きくなったかは解るよな?」

「うん。戦争で周りの国を合併していったんだよね」

 何故そこに話が繋がるのか、と少し不思議な顔をしながらもルアスは答えた。

「そのとおり。まぁ国が大きくなったのは良いかもしれねぇが、負けた方の国民はどうなってると思う?」

 他国を合併したということは、当然国土だけでなく国民を吸収することにもなる。エイリム王国は敗戦国の資源は最大限に活用し大切に扱ったが、民に対してはそうではなかった。故郷を焼かれ家を失い、仕事にもありつけない――そんな人間は国中にごまんと溢れかえっていた。たとえ仕事があっても奴隷同然、というのも珍しくない。そしてその救済索というのも、国は提示する気配もない。税金も納められないような者は国民ではない、というのが国の言い分だ。

「国がそんなんだから、貧しく暮らす人を人間とすら思ってないような奴らも多いしな。絶対に関わりたくないっていう……騎士団も守るのは金がある奴だけだ」

 話すうちに徐々に声が険しくなっていく。ゼキアの故郷もまた、戦争の犠牲になった村だった。合併された他国ではないが、国同士の戦場となったその場所は破壊されつくし、深い爪痕を残した。平和協定を結んで以降も、いっこうに復興が進む気配はなかった。

「……ゼキア?」

 少し不安げなルアスの声に、ゼキアははっとして意識を目の前の少年に戻した。気づかないうちに深いところまで考え込んでしまったようだ。

「あぁ、悪い。だから食うに困ってなりふり構わない奴らも多いんだよ。さっきのみたいにな」

 だからコイツが手離せないんだ、とゼキアはそっと腰に差した剣に触れた。

「ゼキア、剣なんて要らなそうだけどなぁ」

 油断が作った隙が多少あったにしろ、ルアスに絡んでいたゴロツキを倒したゼキアの手並みは鮮やかだった。街に出るくらいなら剣など必要ない気がする。そうルアスは語る。

「……ゴロツキくらいならいいんだけどな。これはもっと厄介なのに出くわした時用だ」

 その“厄介なの”に対する嫌悪感たっぷりに、ゼキアは息を吐いた。

「とにかく!さっきみたいのはウヨウヨいるんだから、帰り道絡まれないように気をつけろよ!」

 再び思考に沈みかけるのを抑止するように、語尾を強めてゼキアは言った。

「……そうだ、帰り……」

 帰り道、という単語に何かを思い出したように、ルアスはぽつりと呟いた。その顔は不安と困惑に彩られている。

「……どうした?」

「あの、ゼキア……どうしよう。僕、帰る所がなくなっちゃったんだ」

「なくなったぁ?」

 不審に思って問いかけたゼキアは、返ってきた答えに素っ頓狂な声を上げた。

 なくなった、というのは妙な言い回しである。先に述べた通り、国内には衣食住を満足に得られない者も多い。しかしルアスを見る限り、汚れた格好をしているわけでもなく、それなりに整った身なりをしていた。貴族や富豪ではないにしても、切羽詰まった暮らしをしているという風でもない。つまり帰る所がなくなったというのは、最近まではあったと解釈していいのだろう。

「僕、まだ小さい頃に魔法の勉強をするのに学校に行くんだって言われて、王都に連れてこられたんだ」

「学校というと……マーシェル学院か」

 マーシェル学院とは、イフェスにある唯一にして王国最大の名門学校である。年齢を問わず、一般教養から魔法、武術まで様々な学科があり、城への士官や国の保有する騎士団――マーシェル騎士団へ入るための登竜門といったところだ。通っているのは殆どが貴族だが、稀に平民でも才能を見込まれた者が講師の推薦という形で入学することもある。おそらくルアスはそれなのだろう。

「うん、そう。部屋も貰って、ずっとそこに居たんだけど……」

 ルアスの話をまとめると、王都に来て以来ずっと寮に住んでいたが、魔力が弱く成績が奮わないという理由で突然学院を追い出されてしまったらしい――それが今朝のこと。

「街には殆ど出たことなかったから……どうしようか悩んでるうちに変な人に絡まれちゃって」

 そして今に至る、というわけだ。更に言うなら、急なことでなんの支度もなく放り出されたため、手持ちも何もないらしい。あっさりとルアスを切り捨てる行為が、成果が上がらないならどうでもいいと言っているような気がした――街の人間が貧しさに苦しむ人を蔑むのと同じように。ゼキアは苛立たしげに舌打ちをした。

「むちゃくちゃな話だな。貴族の基準で考えんなっての」

 裕福な家の者なら放り出されたところで問題ないだろう。退学という汚点は残るかもしれないが、少なくとも帰る家がある。すぐに帰れなければ宿を取ればいい。身の危険を感じるようなことはないはずだ。しかし、ルアスは。

「……故郷に連絡はとれないのか?」

 ゼキアの問いに、ルアスは首を横に振った。

「こっちに来てから一度も連絡取ってないし……本当に小さい頃だったから、帰るにも一人じゃ道も正確に分からないし」

 お金もないし、野宿しかないかなぁ…と呟く彼を前に、ゼキアは葛藤していた。肩を落とし、不安そうにしている少年を放っておくのは気が引ける。しかし彼自身の生活もギリギリなのだ。他人の面倒を見ている余裕などあるのか。

 暫しの沈黙の後、ゼキアは今日で何度目かもわからない大きなため息をついた。

「……うちに泊まるか?」

「え?」

 考えた末、家計を抑えるための理性より彼本来の性分が勝ったようだ。ぱっと顔を上げてこちらを見るルアスに、もう一度ゼキアは言った。

「行くあて無いんだろ?とりあえずうちに泊まるかって……但しどんなに粗末でも文句は言うなよ」

「いいの……?」

 沈んだルアスの瞳が、みるみる輝きに満ちていく。まるで救世主を得たと言わんばかりだ。

「放っといたらお前また変なのに捕まりそうだしな。乗りかかった船だ」

 その言葉にたまりかねたといった様子でルアスはゼキアに飛び付いた。

「ゼキア!ありがとう!」

「ちょ、お前離れろって……!」

 暫しの格闘の後、ようやくルアスを剥がすことに成功したゼキアは、今度こそ帰路に着いた……満面の笑みのルアスと共に。

「……自分で言ったけど、やっぱりキツいなぁ」

 少しだけ自分の性分を恨んで、そう小さく呟きながら。

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