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ずっとずっと、探していたもの

 ライブは今や、最高潮を迎えていた。

 ウチの学校の生徒って、こんなに乗ってくれるもんだったんだ――と不思議に思いながらも、滝田聡司(たきたさとし)は笑いながらドラムを叩いていた。


 学校祭の最後を飾る、軽音部の体育館ライブ。

 そこは、聡司の予想をはるかに超える人数が押しかけていた。


 無理もない。去年の今頃は吹奏楽部のコンサートの片付けに駆り出されていて、軽音部のライブなんて来る余裕もなかったのだ。

 そしてその三階の音楽室まで突き抜けて飛んでくる電子音は、吹奏楽部の面子にとって、あまりいい印象を持たれていなかった。

 だから、こんなになるなんて思っていなかったのだ。

 せいぜい、軽音部の面子の友人たちが何人か来て、内輪で盛り上がるくらいだと思っていた。

 けれど、そうではない。

 今目の前では、黒山の人だかりができていて――

 最初の頃よりも、さらにその人数は増え続けているようにも感じられる。


「――っは!」


 そして、その中心にいるのは自分たちなのだ。

 気勢を上げて、聡司はドラムのシンバルを叩く。すると、それに呼応するようにしてベースの石岡徹(いしおかとおる)がハイポジションでビートを刻んで――それを受けキーボードの岩瀬真也(いわせしんや)が、さらに高く、旋律を放り投げた。

 それに――


「――!!」


 一歩前にいるボーカルの結城紘斗(ゆうきひろと)が、いつものように底抜けに明るい声で歌いだす。

 その躍動感と、気迫に――観客である生徒たちは曲に合わせて歌ったり手を叩いたりして、それぞれ思い切りライブを楽しんでいた。

 それは吹奏楽部にいただけではわからない、知ることのできなかったであろう熱気だ。


「すげえ……。すげえな……ははっ!」


 そして、その渦中にいながら――

 聡司は自身もドラムを叩いて、楽しみながらその光景を見つめていた。


 自分をここに連れてきてくれた、紘斗が歌う、その後ろ姿を見守りながら。

 そしてその両隣にいる、徹と真也の音を感じながら。


 この輪の中に、自分がいる。

 自分たちがいる。


 それが、たまらなく不思議で――

 そして、たまらなく愉快なことに思えた。



 ♪♪♪



 できるなら、このままずっとライブが続けばいいのにと思っていたくらいだったのだが――

 それでも、終わりの時というのは必ずやってくる。


「みんな、ゴメンね! 次で最後の曲なんだよ!」


 紘斗がそう言うと、客席からえーっ、とか、もう終わりなのー!? などという声が飛んできた。

 それは聡司も同じ気持ちだったが、しょうがない。

 無限に続く曲というのはありえなくて、終わりが来ない祭りなどない。

 それは最初からわかっていて――でもそれを認められなくて、みなそんなワガママを言うのだ。

 楽しいことはもっと、続けていたいから。

 だから――


「だから、精一杯やるね! みんな聞いててー!」


 だから自分たちは、最後の最後まで焼き付けるように、この場を歌い上げるのだ。

 全部が終わって過ぎ去った後でも、そのまま笑っていられるように。

 なにがあっても、ああ、これでよかったんだと胸を張って言うために。


「これで、最後だ。――これで」


 そう言って、聡司は後輩から借りたスティックを握り込んで、そして構えた。

 そのスティックはこのライブで相当酷使したせいもあり、借り物でありながら、既にかなりボロボロの状態になっている。

 でも、実はそれはしょうがない面もあった。

 軽音部で演奏するときは、どうしても吹奏楽部にいるときより大きな音を出さなければならなくなるので、必然的に強く叩くことになるのだ。

 ましてこんなに盛り上がって、聡司自身も我を忘れる瞬間があるくらい叩いているのだから、こうなるのも当然といえば当然だった。

 でも、それでも止まるつもりはない。

 だってこの先になにがあるか、こんな土壇場になってもわからないから。

 だったら、もう叩いて叩いて、叩き続けるしかなかいのだ。

 そうしたら、その先に――


「じゃあ、ホントのホントに、これが最後! みんな、ありがとねっ!!」


 なにかがあることを信じて。

 紘斗のその声を合図にして、カウントを始める。

 気力と体力を振り絞って、それでもこれまで刻んできたビートを叩き続ける。

 もはや全員汗だくだった。本番前に水を買っておいたのは正解だ。

 そしてそれも、とっくに飲み尽くしている。

 そんな限界を超えた状況で、一体なにが出てくるのか――

 それは、自分でもやってみないとわからなかった。

 なにがあっても。

 最後まで。


 そう思って、一発大きな音をかました瞬間――


 右手のスティックが音をたてて、砕け散った。


「――え?」


 片手のそれが、細かい木片になって散っていくのを。

 聡司は目を見開いて、眺めていることしかできなかった。

 それでも、左手と右足は動かしている辺り、自分でも大したものだと思うが――しかし利き腕が使えなくなったことで、音量とビートの面で、大幅に曲の印象が変わってしまう。


「あ――」


 その、時間が引き延ばされたような感覚の中で。

 まるで走馬灯のように、聡司の中で色々な光景がよぎった。


 吹奏楽部で、なにかをやりたかったのになにも言えなかった、もどかしい日々。

 紘斗に声をかけられ、軽音部の練習に始めて参加したとき。


 そして、その二つの部を行ったり来たりしながら。

 迷惑をかけたり、かけられたりしながら、そいつらと話したことが――


「――ッ!!」


 ずっとずっと、『自分が探していたもの』を指し示していたことに気づいて。

 聡司は自分の制服の後ろポケットから()()()()のスティックを取り出して、それを右手に構えた。

 それは、今日の吹奏楽部の本番でひび割れた、自分自身のスティックだった。


「もう一曲! 頼むぞ、最後まで持ってくれ!!」


 そして、左手に後輩のスティックを。

 右手に自分のスティックを持って――

 聡司は再び、自分自身のビートを刻み始める。


 両手に持った二本で、さらに激しいリズムを叩き込んで。

 それでいて、一音一音にはっきりとした意思を込め。


「うあああああああああっ!!」


 聡司は、無我夢中で叩き続けた。


 そうすることで、崩れかけたビートが戻って。

 動揺した心から、さらに強くなった気持ちが顔を出すのがわかる。


「――――ッ!!!!」


 もはや、自分がなにを叫んでいるのかもわからない。

 スティックが壊れる心配も、とうの昔に吹き飛んだ。


 けれど、そんな風にやり続けていたら、その先は。


 これまで、ずっとずっと考えてもわからなかった――


 自分自身が行きたい道に、つながっていた。

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