レッツ、エンジョイ!!
結城紘斗がのどが渇いたというので、一緒に水を買いに行く。
「……」
そして体育館脇の自動販売機で水を買って、滝田聡司はなんとなく、そこから見える三階の音楽室に顔を向けていた。
いつもだったらそこで、自分は学校祭のコンサートで使った楽器や、看板をしまっているはずなのだ。
でも今回、吹奏楽部から軽音部にヘルプで来ている聡司には、そこまでできる時間的余裕はなかった。
だからそれは、今は吹奏楽部の他の部員や、あのちびっこ後輩がやっているはずなのだが。
「……」
しかしその光景を想像すると、それはとても不思議で――どうして自分があそこにいないのかわからなくて、聡司は首を傾げた。
そしてこれからの光景には、彼女たちの姿はきっとないのだろう。
「……ま、そうだな。聞きにこねえだろうな。あいつらは」
片づけが終わったら吹奏楽部の部員たちは自分のクラスに戻ったり、そのまま音楽室でしゃべっていたりする。
コンサートが終わったら、後は自由行動だ。
だがしかし、それでも軽音部のライブに来る部員はほぼいないのだろうな、と――なぜかそこでも妙な確信があって、聡司は音楽室から目を逸らしながらそうつぶやいた。
まあ、あの行動の読めないトロンボーンの同い年辺りはよくわからないが。しかし少なくとも同じ打楽器のあの後輩は、絶対にこちらには来ないだろうと思う。
別に、それでいいのだ。
あいつらはあいつらで、自分の好きにやって好きなところに行けばいい。
それは自分も同じで、だからこそここにいるのだから。そう思い直して、聡司は水を一口飲んで、キャップを閉めた。ここから先はあまり飲みすぎても席を外せないし、飲みたかったらステージで曲の合間に飲めばいい。
だから、もういい――そう思っていたのだが。
なぜか紘斗は一本目の水を半分まで飲み干した後、さらにもう一本水を買っているのを見て、聡司は目を瞬かせた。
「? なんだ、やっぱりボーカルって歌いっぱなしだから、のど渇くのか?」
軽音部ではボーカル兼ギターの紘斗だが、その分やはりエネルギーというか、消費量も多いのだろうか。
そう思って聡司は訊いたのだが、しかしはいつものように目を輝かせて、笑って答える。
「ううん! これは最前列のお客さんに向かってぶっかける用!」
「やめろ病人が出る」
夏フェスなどでよく見かける光景ではあるが、今は十月の末だ。
水などかけられたら風邪を引きかねない。そう言うと紘斗は「そっかー」と一応は納得してくれたようで、水を引っ込めてくれた。
「ま、でもおれは本番中スッゲー汗かくだろうし、飲むにしろ自分にかけるにしろ、水はあったほうがいいよね」
「相変わらず、おまえもおまえで何しでかすかわかんねーな……」
「ん? だって、それで盛り上がるんならそれでいーじゃん。このライブは一回限りで、今日このときしかないんだよ? だったら楽しくいこうよ! レッツエンジョーイ!!」
「エンジョーイ」
なぜか紘斗が乾杯するようにペットボトルを差し出してきたので、こっちも同じように掲げる。
ぼんっ――と水の入ったペットボトル同士が打ち合わされる音がして、楽しげに紘斗が笑った。
「だから滝田も、思いっきり楽しんでいこうね!!」
「――」
それにどこか、心の芯を突かれた気がして――
聡司は、うまく言葉を口にできないまま、紘斗を見返した。
「今まで手伝ってくれて、ホントありがとね! すっげえ感謝してる!」
「……紘斗」
「だからこれからのライブ、超スゲーのにしてこうぜ! めっちゃ歌って、めっちゃ汗かいて、そんで、めっちゃ楽しいヤツにさ!」
「……そっか、そうだな」
誰かが好きにやるんだったら――自分も好きにやればいい。
それを改めて思い出して、それを天然でやってのける友人に対し、聡司は笑った。
「ありがとな、紘斗。オレも結構、おまえには感謝してるよ」
「あ、そうなの? いやー、どういたしまして!」
「おまえみたいに生きられたら、ホント人生楽しいだろうなあ……」
最後の方は苦笑いになってしまったが――少なくとも彼のおかげで、ギアチェンジはできた。
あとは誰が来ようが来まいが、こっちも死ぬほど叩いて、死ぬほど汗かいて、メチャクチャ楽しいものにしていけばいい。
「さてと、じゃあ行きますか」
「おう!!」
そろそろ、学校祭も終盤だ。
催し物や屋台を切り上げた連中が、それでもまだまだ叫び足りないと、この体育館にやってくる。
その人数は、吹奏楽部のコンサートとは比べ物にならないはずだった。
だったら、音楽室にいるだけではわからなかったであろう、その景色を――
「行こう行こう! やー、楽しみだなあ!!」
これからはこいつみたいにせいぜい楽しんで、それから思い切り笑ってやればいい。




