いつだって即興演奏
「じゃ、もっかいいってみよーかー!」
軽音部の結城紘斗の掛け声とともに、リハーサルが再開された。
学校祭の最後を飾る、軽音部の体育館ライブコンサート。
そこに滝田聡司は吹奏楽部の部員でありながら、ドラムとして参加していた。
理由は簡単で、軽音部のドラムが学校祭の前に部活に来なくなってしまったからだ。
なので聡司が、紘斗に頼まれてこうしてステージに乗っているのだが――
「……すげえな、これ」
吹奏楽部とはまるで違うそのリハーサルの様子に、聡司は感嘆の声をあげていた。
とにかく軽音部のリハーサルは、スピーディでかつ、ストレスのないものだった。
音量の問題は電子楽器なのでどうとでもできるし、人数が少ないから、一度詰まったときでもメンバー四人で話し合えばすぐに解決する。
人数が多く、意思決定に時間がかかる吹奏楽部とは雲泥の差だ。
結果としてサクサクと物事が進んで、そんな感じだから雰囲気もよく、それがまた風通しのよさに拍車をかけている。
それに紘斗の明るい歌声が、さらに開放感を呼び込んで――それを聞いていると、悩んでいるこっちが馬鹿らしくなってくるのだった。
心のどこかで気を遣っていた吹奏楽部とはまた別の楽しさが、心の中に湧き上がってくる。
叩く力の加減も、こっちの方が強い。吹奏楽部では音量の調整が難しかった。気を遣っていないと思っていたけれど、やっぱり自分はどこかで、彼女たちに対して遠慮をしていた部分があったのだ。
吹奏楽部のドラムは、自分ひとりで全部を食ってしまいかねない、怖さがどこかにあった。
けれどここには、それがない。
神経質にバランスに気を使う必要はない。
音量の桁が違うからだ。それでいて人数が少ない故か、吹奏楽部以上にメンバーが『こっちを聞いている』ことがわかって――それによって、無意識に閉じていた部分がどんどん開いていくのがわかる。
特に、ベースの石岡徹との呼吸がここに来て、段違いに合ってきたことが大きい。
やはりドラムとベースはバンドの要だ。そういう意味では、彼と今日の昼間に話しておいたことは、すごくいいことだったのかもしれない。
例えそれが、どんなに下らないエロ話だったとしても、だ。
ベースの指が弦をすべるのに合わせて、シンバルの一撃を叩き込んでやる。
それはこれまでにはない動きだったが、徹はそれを横目で見て、唇の片端を上げたように見えた。
それをこちらも横目で見て、何事もなかったようにリズムを刻み続ける。やはりこういった即興演奏は、軽音部の人間たちに分があるように思えた。
吹奏楽部ではこうはいかない。せいぜい「なに楽譜にない音勝手に入れてんですか、このアホ先輩!」と言われるか、逆に全く気づかれないかだ。
どっちもどっちでさみしくて悲しくて、なんとも言えない気持ちになる。
けれどここではそんなことなくて、逆にお返しとばかりにこれまでにないビートを入れてきたりして、なんだこの野郎、まだやんのかと愉快な気持ちにさせてもらえた。
これはこれで、吹奏楽部にはない軽音部のいいところだ。
やがて曲が終わって、全員がふぅとひと息つく。
「いいね! いいね! 今のスッゲーよかった!」
「じゃあ滝田。さっきのグリッサンドとシンバルは本番も入れるか」
「了解」
そんな風にして、楽譜にはない動きがどんどん自分たちの手で作られていく。
それもまた、ここのいいところではあるのだが――
「……おい、そういえば今まで聞いてなかったが、曲順はどうするんだ」
『……あ』
聡司と同じく助っ人のキーボードがそう言い出したことに対して、他の三人が、全員声をあげた。
「あ……って、おいまさか、決めてなかったのか!? なんだおまえら、それで本番どうするつもりだったんだ!?」
「いやあ、曲に夢中で忘れてたね、あはははは」
「そういえば決めてなかったな。多数決で決めるか」
「そ、そうだな……」
「おまえら、ほんとにちゃんとライブやる気あるのか!?」
キーボードの優等生が驚いたように叫ぶ中、三人は顔を見合わせて、笑って誤魔化す。
そんな風に、吹奏楽部ではできないこともあるけれど――
吹奏楽部では、ありえないことが起こるのも事実で。
「さてはて、どうなることやら……」
両方の楽しさを知る聡司は、その先の未来に首を傾げて――そして心底、困ったように苦笑いするのだった。




