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ラブ&ピース

「ほら、だから言ったでしょ、明日は大丈夫だよって!」


 そう言って、軽音部の結城紘斗(ゆうきひろと)は、隣の豊浦奏恵(とようらかなえ)に笑いかけた。

 大盛況となった吹奏楽部のミニコンサートが終わって、観客の大半が去った後。

 楽器や体育館に並べられたパイプ椅子を、今は吹奏楽部の部員たちが片付けている。

 そして、なぜか部活が違うはずの紘斗も、一緒になって椅子の片付けを行っていて――そんな彼の様子に、同じく椅子を片付けていた吹奏楽部のトランペット担当、豊浦奏恵が半眼で応じていた。


「あんたねー……。昨日のアレ、あたしがどんだけ恥ずかしかったか、分かってんの?」

「え? でも言ったとおり今日は上手くいったじゃん。だからやっぱり、声掛けてよかったなーって思ってさ」

「ああ、もう……」


 紘斗の相変わらずの天真爛漫さに、奏恵が呆れたようにため息をついた。

 無理もない。昨日の一日目のコンサートで、彼女は紘斗に一生モノと言っていいくらいの恥をかかされているのだ。

 まあそれも、今日ここに至るために必要なものだったのかもしれないが。そう考えながら――滝田聡司(たきたさとし)は楽器を片付けつつ、二人の会話を聞いていた。


「かっこよかったよー。特に最後のソロとかさ。楽しそうでノリに乗ってるって感じで。やっぱトランペットいいねー。また今度一緒にやろうよ」

「ちょっと! やめてよ!? あんた今度はあたしを褒め殺すつもり!?」

「ん? そういうことじゃないんだけどなあ」


 そんなやり取りに、聡司は思わず噴き出しそうになった。

 微妙に性格が、噛み合っているようないないような――そんなこの二人の会話に、手を止めずに作業を続けるも、ニヤニヤが止まらない。


「ていうかさ、なんであんた吹奏楽部(こっち)の片付け手伝ってんの? 次にここ使うのあんたたちでしょ。自分のとこの準備はいいわけ?」

「うん、大丈夫だよ! 今、ウチのベースが機材を取りに行ってるし。それに早く片づけが終われば、吹奏楽部さんも嬉しいでしょ?」

「う、うん。まあね」


 無邪気にそう言われて。

 奏恵は毒気を抜かれたようにそう返事をした。

 そんな彼女に、紘斗はなんでもないことのように、笑いながら続ける。


「片づけが早く終われば、吹奏楽部さんもハッピー。それで早く準備が始められたら、軽音部(おれたち)もハッピー。だったら両方ハッピーになるように動くのは当然じゃん! ラブ&ピース! おれたちがやってるのって、つまりそういうことでしょ!」

「最後の方はなんだかよくわかんなかったけど、あんたが馬鹿だってことはよくわかったわ」

「あれ?」


 両手を広げて笑う紘斗に、奏恵が冷静に突っ込んだ。

 それにブハッと聡司がこらえきれずに噴き出すと――しかし彼女はニッと笑って、そのまま続ける。


「ま、これからはあたしも、その馬鹿の仲間入りだけどね」

「……豊浦」


 その、これまでの奏恵とは明らかに違う彼女の態度に、少し驚いて――聡司は手を止めて、改めて彼女を見た。

 けれどもうそこには、紘斗と一緒に椅子を片付ける、笑顔の奏恵がいるだけだった。

 彼女は上機嫌そうに笑って、手早く椅子をたたんでいく。


「いやー、あたしあんたのこと、ちょっと誤解してたかもしれないわ。まあね。そうね。ラブ&ピースね。そういうことならあたしももっと、楽しくやっちゃってもいいのかもね」

「あ、じゃあまた一緒にやってくれる!?」

「調子に乗らなーい。あんたこれから自分の本番があるんでしょ。そういうことはこれからのそのステージを、きっちりいー感じに終わらせてから言いなさいよね」

「わ、わかった!」

「なんだか、今度は紘斗の方がやる気入れられたみたいになってんな……」


 その光景を見て苦笑し――そして安心して、聡司はまた楽器を片付ける作業に戻った。

 そう、これが終われば、今回ダブルヘッダーの自分は、軽音部の本番にも出るのだ。

 ラブ&ピース。

 そうだ、みんなが楽しくなるように。

 次もそうやって馬鹿みたいに楽しくやって、その後のことはそのとき考えればいいのだ。

 そう思って、ドラムのスティックをケースに入れようとしたとき――


「……あ」


 そのスティックに、ヒビが入っているのが目に入ってきて。


「ぁぁぁぁああああああああっ!?!?」


 亀裂が入ったその有り様に――聡司は心の底から、ただただ悲鳴をあげることしかできなかった。

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