楽しい馬鹿どもの中で
軽音部の結城紘斗が、こちらに手を振っているのが見える。
そんな楽しそうな彼に、ステージ上からこちらも小さく笑って手を振り返して――滝田聡司は、本番が始まるのを待った。
学校祭二日目、吹奏楽部ミニコンサート。
体育館で行われるそれは、一日目のきのうとは違って満員御礼だった。
天気がいいのと、日曜日だからということで、外部からの客が増えたのが主な要因だろう。もしかしたら、きのう紘斗がやらかした『アレ』の噂が校内に広まって、今日もなにか起こるのではないかと期待してやってきた物見高い生徒もいるかもしれない。
まあ、そのいつものように天真爛漫な瞳でステージをキョロキョロ見回している軽音部のボーカルも、今はその隣にいる助っ人キーボードにがっちり睨まれて、きのうほど派手に事件を起こすことはできなさそうではあったが。しかし、それでもどんな経緯であれ、こうして客が集まってくれるのはいいことなのだろう。たぶん。
「……まあ、これからやらかすのはむしろ、オレたちの方だからな」
そうつぶやいて、聡司は同じ舞台上にいる、吹奏楽部の面子たちを見渡した。
今の声は、このざわめく会場の空気に紛れて、誰の耳にも入らなかったと思ったものの――しかしそんな状況でも視線だけは感じたらしく、遠くに座っているサックスの美原慶が、こちらに反応してニシシと笑ってくるのが見える。
「……ぷっ」
そんな彼女の様子にこっちまでおかしくなってきてしまって、聡司は小さく肩を震わせた。
まったく、こいつときたら。
こんなときまでふてぶてしいチェシャ猫のようで、見てるこっちが笑ってしまう。
そしてそれは、他の同い年にしてもそうだった。チューバの次期部長は相変わらずどこかのほほんとした空気を漂わせているし、トロンボーンのマイペースは、やはりこんなときでもマイペースに構えている。
そして今日の主役である、トランペットのあいつも――
「ちょっと、なに笑ってるんですか先輩……! そろそろ始まりますよ……っ!」
「ああ……悪い悪い」
と。そこで同じ打楽器パートの貝島優が鋭く囁いてきたので、聡司は思考を中断させた。
この後輩とは、リハーサル直後に気まずい言い合いをしてから、今の今までちゃんと話せていなかったのだが。それでも本番に際してはこうして声をかけてくるあたり、律儀というか生真面目というか。
こちらもこちらでいつも通りで、なんだか微笑ましく思えてしまう。
「……ああ」
そうか。
こんな空気も、オレは好きだったんだな――そんなことを、部活を辞めるか辞めないかのこの瀬戸際になってようやく認識して、聡司は軽くため息をついた。
いや、これはむしろそんな状態だったからこそ、気づいたことなのかもしれないが。
軽音部に行くか。
吹奏楽部に残るか。
そんな状況であるからこそ、自分が今置かれている立場を、妙に客観的に見られるのだろう。
先ほど自分は、演奏と人間関係は切り離して判断したい、ということを同い年たちに言ったはずだったのだが――結局それは深いところで結びついていて、切り離そうと思っても切り離せないものなのかもしれなかった。
けれど。
「それでも、選ばなくちゃいけないんだよなぁ……」
そうするためには、どちらの本番でも全力を出すしかなくて。
でもそれが、なぜかと辛いことのように思えなくて、聡司は首を傾げた。むしろどこか、幸せに近いものを感じる。
それは何故なのかといえば――今ここにいる友人たちが、笑って自分の全力を待ってくれているからかもしれない。
ならば。
「……この、楽しい馬鹿どもめ」
せめて客席で笑う友人たちと。
舞台で笑う友人たちに向けて。
「耳の穴かっぽじって、よく聞けよ……っ!」
どんな結論が出ても、自分も胸を張って相対するため。
その憎まれ口に、ありったけの思いを込めて――
聡司は居並ぶ打楽器群たちの中で、すこぶる不敵な笑みを浮かべた。




