見守るドラムとベーシスト
滝田聡司が軽音部の部室に行くと、そこでは石岡徹が機材を運び出す準備をしていた。
「……あれ?」
「なんだ、なにしに来たんだ?」
聡司が部室の扉を開けたままきょとんとしていると、徹は手を動かしながら、こちらに対して呼びかけてきた。
頭の中に、色々と疑問がよぎる。
まず、いつも彼とセットで一緒にいるギター担当の結城紘斗の姿がない。
それが気になった。この二人は静と動という全くの対極でありながら、なぜかいつも一緒という印象が強かったのだ。
そのせいか、いまいち徹がこうして一人で作業をしているのがしっくりこない。
あと、彼がこういう裏方作業をするとは思っていなかったというのもある。
なんというか、こう言っては失礼かもしれないが――軽音部の連中の中でも、特にこいつはかなりマイペースな部類だと思っていたのだ。
吹奏楽部のトロンボーンの同い年と似たような感じで、こういったことは他人に任せて、徹は紘斗と一緒に学校祭を楽しく回っているのだと思っていたくらいだった。
だから余計に、こうしてテキパキと動くのを見ていると違和感がある。
なので聡司が戸惑ったままでいると、徹はそのままの調子で言ってきた。
「なにもすることがないんだったら、そこのアンプを台車に乗せるのを手伝ってほしいんだが」
「お、おう」
もとより、そのつもりだったのだ。
吹奏楽部の本番の直後に、軽音部の本番、というダブルヘッダーの予定である聡司は、なるべく体力を温存しておいた方がよかったのかもしれないが――どっちも、大切な本番であることに変わりはなかった。
だから吹奏楽部の本番までの空き時間に、こうしてやれることがないかと思って、軽音部の部室にやってきたのだ。幸か不幸か、やることは山ほどあるようだった。
これを一人でやるつもりだったのか、こいつ――と思って徹を見ると、彼は淡々と作業を続けながら、聡司の視線に答えてくる。
「紘斗なら真也と一緒に、学校祭を見に行ったぞ」
「一緒に、っつーか……あの感じだと、暴走する紘斗を真也が必死で止めて回る姿が目に浮かぶようなんだが」
「だろうな」
それを見られないのは残念だ、と徹は笑う。
こんなにしゃべる彼を見るのは初めてだった。ひょっとしたら徹も、本番を控えて少しテンションが上がっているのかもしれない。
今まであまりしゃべったことがなかったので、よくわからなからないやつという印象が強かったが――やはり徹も、紘斗のしでかすことがおもしろくて、一緒にいることは変わりないようだった。
だがこちらは、あの助っ人キーボードと違って、紘斗の行動にブレーキをかけることはしないようだったが。
それはきのう、真也と同じく隣にいたにも関わらず、吹奏楽部の本番で起こったあの騒動へ全く止めに入る様子がなかったことからも証明されている。
こいつは明らかに、あの、どうなるかもわからない状況を――
友人がなにを引き起こすかも全く見えないあの事件を、『楽しんで』いたのだ。
でも、それがいいことだとも悪いことだとも、聡司は思わなかった。
だって、たぶんこいつは――
「あいつにくっついてると、なにが起こるかわからなくておもしろいんだけどな。だが肝心の本番の用意を、誰もしてないというのはマズイだろう」
「……ま、違えねえな」
自分と同じで、そういうのを全部ひっくるめて、紘斗を見ているのが好きなのだろうから。
それを楽しめる最高の場であるはずのライブの準備を、目先のことでおろそかにしてしまっては本末転倒、ということなのだろう。
徹は手早くも、だが楽しげにコード類をまとめている。
「……オレおまえのこと、ちょっと誤解してたのかもな」
そんな徹を見て、聡司は苦笑いして積み込み作業を手伝うことにした。
聡司のドラムと徹のベースは、曲をやる上でも舞台の位置的にも、ギター兼ボーカルの紘斗を見守る立場だ。
それだけに、実は結構考え方も近いのかもしれない。
改めてそう感じて、今日これからの本番のことを思う。
ライブ当日にようやくそれがわかるというのも、おかしなものだったが――だからこそ、本番というものには力があるのかもしれなかった。
「なんだ、なにか言ったか?」
「いや、おまえってただのムッツリスケベじゃなかったんだなってこと」
よく聞こえなかったらしい徹の言葉に、聡司は肩をすくめながらそう軽口を返した。
今ならこのくらい言っても大丈夫だろう、という妙な安心感があったわけだが――
しかし徹は、不満げな顔でそれを否定してくる。
「俺はムッツリスケベじゃないぞ」
「え? だったら、なんなんだよ」
「オープンスケベだ」
「胸張って言うことじゃねーだろ、それ!?」
堂々と言い切ってくる徹に即座に突っ込みを入れつつ、しかし聡司は大笑いした。
そして、それから本番への準備をしながら。
聡司と徹は、今まで話したこともないような軽口の応酬をしたのだった。
 




