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納得がいかない

「納得いきません」


 滝田聡司(たきたさとし)の説明を聞いて、すぐ。

 同じ打楽器パートである貝島優(かいじまゆう)は、半眼でこちらに対してそう言ってきた。


 学校祭二日目の、朝。

 今日のこれからのタイムスケジュールを聡司から聞いた後輩は、しかし不満げに口を尖らせる。


「なんで吹奏楽部(うち)のコンサートが終わったら、すぐに片付けて軽音部に場所を譲らないといけないんですか。ただでさえ、打楽器は片付けが大変なのに。納得いきませんよ」

「まあまあ貝島。そう言ったってしょーがねーじゃねえか」


 そんな後輩を、聡司はなだめた。

 今、優には説明したのだが――この体育館は吹奏楽部のコンサートが終わってすぐ、軽音部のライブ会場として使われるのだ。

 この学校内では他にそんなことをできる場所がないので、無理もない話と言える。それにそういった進行は先生や、生徒会が決めるもので、今更こちらから口出しようもない。

 しかし軽音部の機材の設営だって、それはそれで大変な仕事なのだ。軽音部と吹奏楽部、今回その両方の本番に出る聡司には、それがよくわかっていた。

 なので――


「なんで二日間も本番をやった後に、他の部の都合で撤収をせかされなきゃいけないんですか。こういう楽しい本番の後くらい、ほっとした気分でゆっくり楽器をしまいたいのに」

「まあ、あっちだってアンプ設置したり配線とかもやったり、色々大変なんだよ。きのうだってリハもやってねーわけだし……。そういう、セッティングで時間を取りたいって気持ちは、おまえだってわかるだろ?」


 不満を吐き続ける後輩に、聡司は苦笑いしながらそう言った。

 吹奏楽における打楽器の仕事だって、半分はセッティングのようなものなのだ。

 同じ打楽器パートの人間としては、確かに彼女の言いたいことはよくわかる。

 打楽器はとにかく、数が多い上に大物楽器が多い。

 本番の後に急いで撤収しろと言われても、あまりいい気分はしないだろう。

 ただ、それは同じ音楽系の部活である軽音部だって、似たようなもののはずなのだ。

 本番のためには、きちんとした準備をしなければならない――

 それはこの優秀な後輩なら、いや、だからこそ余計に、わかってくれるはずだった。

 なので、そこまできつく言うつもりもない。ゆっくりと言い聞かせるように、後輩に言う。


「軽音部のライブは、時間帯的にも集客的にも、実質的に学校祭のトリなんだ。そんなんだから、あいつらだってちゃんとリハとかセッティングとかしたいだろうさ」

「……先輩、まさかこっちの片付け放り出して、軽音部の方に行ったりしませんよね?」

「う」


 と――そこで。

 今度は後輩の剣呑な眼差しがこちらを向いてきたので、聡司は思わず顔を引きつらせた。

 別に後輩の言うように、吹奏楽部の後片付けを全部放り出していくような真似はしないつもりだったのだが――しかし、それでも次の本番が控えているとなると、どうしても気持ちがそちらの方に向いてしまうかもしれないという可能性は、確かにあった。

 こちら片付けを途中で切り上げて、軽音部の設営に行ってしまう気もする。

 なので咄嗟には言い返せずにいると――優はため息をついて、言ってきた。


「……先輩たちは、ずるいです」


 なにが――と訊く前に、後輩は尖っていた眼差しを、少し伏せる。


「自分たちだけがすごく楽しそうで、ちっとも後輩のこととか考えてくれないじゃないですか。……私、先輩たちのそういうところ、すごく嫌いです」

「いや、考えてないわけじゃ……」

「じゃあ」


 否定しようとした聡司に向かって、後輩は顔を上げ、強い調子で言い放ってきた。


「じゃあ、なんでまやかは、あんな風にならなきゃいけなかったんですか」

「……」


 それに関しては言い返すこともできなくて、聡司は眉を寄せた。

 そして少し離れたところにいる、優と同い年の、ひとつ下の後輩のことを見る。


 関掘まやか。


 今回の本番ではひとりだけになってしまった、フルートの一年生だ。

 本来なら聡司たちの学年に、もう二人同じ楽器の部員たちがいたはずなのだが――その二人の退部を止められず、結局フルートは彼女はひとりになって、この本番に至っている。

 そして今、まやかは――


「なんでまやかは、ああならなきゃいけなかったんですか。中島先輩も坪山先輩も、なんで辞めなきゃいけなかったんですか」

「それは……」


 彼女は三人揃って練習していたときに見せていた笑顔など微塵もなくして、ただ一心不乱に練習を重ねていた。

 元々、関掘まやかには才能があったのかもしれない。

 腕だけは異常に上がり、不安視されていた向きも力ずくで振り払って、彼女は今ひとりで、この舞台に立っていた。

 だが、それと引き換えにするように――あの後輩の表情は、どんどん失われていったように見える。


「それは……」


 彼女がそうなった経緯を説明することができなくて、聡司は言葉を濁らせた。

 まやかは入部してきたときは、少し舌足らずにしゃべる、のほほんとした感じのお姫様といった印象だった。

 それが『ああ』なってしまったのは、間違いなく、自分たちの責任なのだろう。


 自分と曲とを一体化させる『作業』。


 それを強いたのは、わざとではないにしろ、自分たちだったのだから。


「……関掘」


 どうすればよかったのだろうか。

 なにをどうすれば、こうならなかったのだろうか。

 そんなことを考えていると、優が言う。


「あれでよかった、とは、私にはとても思えません」

「……だよな」

「だよな、じゃないです! それに、きのうの本番にしたってそうです! できなくても、会場が盛り上がったからそれでよかった? 一生懸命やったから大丈夫だった? 本当にそうですか? それならそれで、『できた方がよかった』。そうは思いませんか?」

「……貝島」


 ひとつ学年が違うだけで、こんなにも見方が違うのか――

 その違いを目の当たりにして、聡司は痛ましい気持ちで後輩を見た。

 だが優は、こちらを睨みつけてその手を拒絶する。


「先輩たちは、もういいです! みんな好き勝手にやってればいいんです。私たちは私たちで、なんとかやってみせますから……!」

「貝島」

「……っ!!」


 そう、声をかけたのだが。

 それを聞き入れることなく、小さな後輩は逃げるように走り去ってしまった。


「貝島……」


 そしてそのやり取りなど聞いてもいないだろう、フルートの後輩の横顔を見る。


「……関掘」


 やがてこの部の部長と副部長になる、この二人の『今』を――


「……」


 このときの聡司は、ただ無言で見守ることしかできなかった。

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