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明日も、見に行きます

「え? あのとき、しゃべっちゃいけなかったの?」


 吹奏楽部の連中と別れてから、滝田聡司(たきたさとし)が今度は軽音部の方に行くと。

 ボーカルの結城紘斗(ゆうきひろと)が、驚いたように目を見開いてそう言ってきた。


「あー、そういうことかー。なんでみんなライブなのに、立ったり歌ったり、しゃべったりしないんだろうって不思議に思ってたんだけど。そっか、そういうことだったんだねー」

「ま……まあ別に、黙ってなきゃいけないってわけでもないんだけどな?」


 あまりに天真爛漫な紘斗の言動に、さすがの聡司も顔を引きつらせた。


 吹奏楽部の学校祭コンサート、一日目。

 その本番で紘斗はトランペットのソロの最中に、大声で応援をし始めたのである。


 普通だったら観客は、特にソロの間などは黙ってその演奏に耳を傾けているものだ。

 しかしそんな吹奏楽コンサートの暗黙の了解など知るはずもない紘斗は、心の赴くまま、そのソロ奏者に向かって声援を送り始めたのだった。

 そのときはその部員のがんばりもあり、結果としてそれは笑い話として収まったのだが――


「ふーん。なんだか同じライブなのに、感じが違っておもしろいね!」

「は……ははは」


 この紘斗の様子を見ていると、もしそうならなかったらとも考えてしまって、なんだか笑うに笑えない。

 そう思っていると、そんな聡司にあのとき紘斗と一緒にいた、キーボードの岩瀬真也(いわせしんや)が言う。


「さっきはすまなかった、滝田。ボクが付いていながら……」

「ああ、いや……あれはしょうがないだろ」


 額を押さえながらぐったりとしている真也に、聡司はそう言って苦笑いをした。

 彼はクラシックピアノ出身で、銀縁メガネの真面目な優等生だ。

 だがそれ故に紘斗のあまりの自由っぷりに付いていけず、その行動を止めに入るのが遅れたらしい。

 まあ、気持ちはわからないでもなかった。

 唖然としてしまったのは、こちらだって同じなのだ。というか、こっちだって本番だからということで、あのまま手を止めずに演奏を続けられたようなもので――もし自分が真也と同じ状況だったと思うと、やはりすぐには紘斗を止められなかったに違いない。

 そのくらい、彼の行動は規格外のものだったのだ。

 だから別に、真也を責めるつもりなど毛頭なかった。

 というかむしろ、あれでよかったんじゃないかと思うくらいで――あれのおかげで、吹奏楽部の部員たちにも、さらなる気合が入ったのだ。

 そう言うと、真也は少しほっとした顔をする。


「まあ……そう言ってくれるなら少しはありがたいが」

「大丈夫だよ。結果的に本番が盛り上がったんならそれでいいんだって。そう言ってた」


 口の周りをチョコと生クリームでベタベタにしたトロンボーンの同い年のことを思い出して、聡司は笑った。

 紘斗に声援を送られた、トランペットの同い年だってそうだ。

 あの様子なら明日は、また違った演奏を見せてくれるだろう。

 そういえば元から一日目は、緊張して思ったように演奏できないのだ。去年だってそうだった。

 まあ、それはそれで初日は勢いのある演奏にはなるのだが――自分たちが思った通りにできそうなのは、むしろ明日なのだと思う。

 それが、紘斗のアレでさらにブーストされたと思えば――


「というわけで明日も見に行くから、よろしくね!」

『はぁ!?』


 と。

 きれいにまとめようとしたところで。

 紘斗が笑顔でそう言ってきたので、聡司と真也は揃って声をあげた。

 だが紘斗は、そんな二人の表情などおかまいなしに、これからの軽音部の予定を言う。


「だってあの体育館はさ、吹奏楽部のコンサートが終わったら、おれたちのライブ会場になるんだよ? だったら聞きに行って、終わって吹奏楽部さんの片付けが終わったら、そのままおれたちが準備始めればいいじゃん。そうでしょ?」

「ま、まあ、それはそうなんだが……」


 それは、また明日も、今日みたいなことになったりはしないか。

 そんな不安が脳裏をよぎって、聡司はその笑顔の前に言葉を濁らせた。

 そう言われれば確かに、軽音部としてはその方がやりやすいのだろうが――あれ以上なにか予想のつかないことをされたら、もうこっちはフォローのしようがない。

 ただでさえ、吹奏楽部は三年生の引退コンサートということで気合が入っているのに、さらに一部の部員の、妙にハイテンションなこの雰囲気だ。

 楽しいことはいいことだが、完全に制御の効かない状態になるのはちょっとマズい。

 さすがの聡司も、そう思っていると――


「……滝田」


 真也が。

 その瞳に静かな闘志をみなぎらせて、こちらの肩に手を置いて言ってきた。


「……さっきみたいなことをしようとしたら、ボクがこいつを全力で止める。だから、吹奏楽部のみなさんは、気兼ねなく、なにも迷うことなく、演奏に集中してほしい……っ!」

「お、おう。ありがとう……?」


 なにやら、こっちにも妙なブーストがかかってしまったらしい。

 これも紘斗のおかげといえばそうなのだろうか。いや、本人に絶対そんな自覚はないのだろうが――


「……ま、いいか」


 そういえば、こっちもこっちで明日は本番なのだ。

 そう考えれば、真也がこうなったのもいいことなのかもしれない。そう思って、聡司は彼を信用して、そのまま任せることにした。

 幸い、この様子なら明日の吹奏楽部の本番に紘斗が妙なことをすることもないだろう。


 と、そんなわけで――


「よーっし! じゃ、明日がんばろーね!」

「おまえが暴走しないように見張るのにも、ボクは明日がんばらなくちゃならないんだ……!」

「? なんのこと?」

「……ま、そーだな。こっちもがんばるか」


 泣いても笑っても、明日が最後。

 紘斗が満面の笑みで言ってくるのに、こちらも笑ってうなずいて。


「……そうか、明日で最後、か」


 真也とじゃれている紘斗を見て――

 ふと気がつけば、聡司はいつの間にか、そんなことをつぶやいていた。

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