未成年の主張
「イヤー。可笑しな本番にナリましたねエー」
学校祭、一日目の吹奏楽部コンサート終了後。
サックス担当の美原慶は、いつも通りニヤニヤ笑いながら、部員のみなにそう言った。
「まっさか本番中に、アンな笑いが起こるとは。いヤあ、やっぱりそういうとこは持ってマスね、奏恵は!」
「そうですねえ。まさに、未成年の主張ー! って感じでしたね。学校祭らしくて、よかったですー」
慶の言葉を聞いた春日美里が、ほんわかと満足げな顔でそう応じる。
実は先ほど行われた吹奏楽部のミニコンサートで、部員の誰もが予想外の事態が起こったのだ。
トランペットの豊浦奏恵のソロの際、軽音部の結城紘斗が、客席から大声援を送ったのである。
普通だったら、ありえない場面だ。
本来ならば、黙ってソロに耳を傾けるところである。しかし、吹奏楽のコンサートの常識など知らない紘斗は、心の底から、大音声で、奏恵に言葉をかけたのだ。
それは美里の言うとおり、学校祭でよくある『未成年の主張』のようなものだった。
普段言えないことを、大声で叫ぶイベント。だがその紘斗のことは、吹奏楽部の大半の部員には、おおむね好意的に受け止められていた。
サプライズには慣れているし、そういった舞台要素が嫌いなら、元からこんな部活に入っていないからだ。
なのでみな別に、そこまで気にしていなかったのだが――
まだひとり、机に突っ伏したまま立ち直れない部員がいる。
その当の、豊浦奏恵だ。
「やめて……そういうこと言わないで……」
「ナーにを言ってますか。トランペットやサックスなんて、目立ってナンボの楽器でしょ。主役ですよ? シュ・ヤ・ク。いーじゃないデスか。お客さんも笑ってましたヨ?」
「確かに盛り上がってはいたけど……あれは違う、違うのよ、アレは……」
そう言って奏恵は再び頭を抱えて、机に突っ伏した。
ちなみにコンサートは二日目もあるので、今日は片付けはほとんどなく、今はもう各自めいめいに学校祭を楽しんでいるところである。
なので、そこでチョコクレープを食べつつ、今度はトロンボーンの永田陸が言う。
「違うもなにも。結果的にお客さんが楽しんでくれたんだから、それでよかろうに」
「だーって、あいつからの声援なのよ? 下手に知り合いから応援されるって、なんかすっごい恥ずかしくて……」
「あー。そうデスネー。あれで奏恵と、あの、結城サン? 付き合ってるんじゃないかってウワサ、これから流れちゃうかもしれまセンよねー」
「だーかーらーっ!? そういうのが嫌だって言ってんのよ、あたしはあああああ!?」
再び悪魔のようにニヤニヤ笑いながら言う慶に、奏恵が絶叫した。
明らかにおもしろがっているだけの慶に、さすがにそれまで様子を見ていた滝田聡司も、呆れて止めに入る。
「あー。まあまあ。美原もその辺にしてやってくれよ。で、豊浦。ええと。なんか、すまんかった」
「滝田ッ! あんたかッ!? あんたが、あいつを呼んだのかッ!?」
「呼んだけど! あいつがあんな行動に出るとは、さすがにオレも思わなかったって!?」
首をガクガク揺さぶってくる奏恵に、ギブギブと手を叩きながら、聡司はそう弁解した。
確かに軽音部にも助っ人に行っている聡司が、少しでも観客を増やせればと紘斗を呼んだのだが。
しかしそれが、あんなことになるとは思わなかった。
だが、結果的にあれは『いい方への失敗』だったのだと思う。
あれがなければ奏恵は、本当になにもできずに、あのソロを終えていたのだろうから。
だから、彼女にはなにか得るものがあったはずなのだ。
あれがあったからこそ、なにか得たものが。
なのでそれを訴えるため――なにより未だに首を絞めてくる奏恵を止めるため、聡司はそこで思ったことを、そのまま口に出すことにした。
「た、例えば、だよ。おまえはあいつが声援をくれた、ってことに、こだわってるわけだけど。でも、そうじゃなくて、あれがおまえの知らない人で、でもその誰かがああやって声をかけたんだって考えたら、どう思うんだ?」
「……知らない人?」
「そう。ぜんっぜん知らない、見たこともない人」
その人が、がんばれー! って。
大丈夫だよー! って。
そう言っていたとしたら、どうなのだろうか?
「だからそれは紘斗じゃなくて、あの場にいるお客さんの声だったんじゃないかって、オレは思うんだよ」
あの馬鹿はそれを代弁してただけで、叫んでいたことは、あいつ個人だけの意見じゃない。
知り合いだろうが苦手なやつだろうが、関係ない。
「あのとき、あいつは観客のひとりで、心の底からおまえの最高の音を聞きたいって言ってたわけだ。そりゃあ、やり方はだいぶ雑だったけど……それでも、あいつが言ってたことは真実だったって、あれは観客全部の声だったって、オレは思うんだよな」
「……それは」
「学校祭のコンサートが超成功して、本番が超盛り上がればいいって、おまえはこないだ言ってたじゃねーか」
「……――」
なにか聞き取れない言葉をこぼして、奏恵は聡司から手を離した。
彼女が今なにを思って、なにを言ったのかはわからない。
だけど――
「食え」
そんな奏恵に、陸が買ってきていた、もうひとつのクレープを差し出す。
「……へ?」
「今日は今日。明日は明日だ。私たちには明日がある。だから食ってエネルギーをチャージしろ」
「あ……あの、永田サン?」
「おまえは本当のことを言ってくれたな、滝田」
相変わらずマイペースな陸に、聡司は戸惑いながら彼女に声をかけた。
しかし陸はまるで聞いていないようで、笑いながら、自分の言いたいことだけを言う。
「吹奏楽部に来て、こんなにおもしろかったのは初めてだ。おまえは嘘をつかなかった。やはりおまえの周りには、おもしろいことが起こるな、滝田」
「あ、うん。うん? オレ褒められてるの? ディスられてるの?」
「少なくとも、こんなに上機嫌な陸ちゃんは始めて見ましたよ」
「ンー。まあディスってはいないデショ」
状況がよくわからないので周りに助けを求めたら、そんな返事が返ってきた。
奏恵も似たようなもののようで、クレープと陸を見比べながら、困惑した様子で彼女の言葉を聞いている。
そしてその視線の真ん中で、陸はもしゃもしゃと、手にしたクレープを食べ進めていた。
「よかった。うん、楽しかった。またやりたい。そのためにはトランペットの隣にいるトロンボーンが、もっとやらかさんといかんな、うん」
そう言いながら、そして残りのクレープを、がぶっと一気に食べ切る。
そして――
「だから――今度は私も、もっとおもしろいことをしよう」
口の周りをチョコだらけにしながら、永田陸は。
「だから明日は、もっと楽しくしてやるぞ」
かつてないほどに目を輝かせ――楽しそうに、楽しそうに、周囲に向かってそう宣言した。




