舞台に向かう志
学校祭前日の、準備期間。
吹奏楽部の面々は、会場となる体育館に楽器を運んでいた。
「別にそれほど重くはねえんだけど……距離と高低差が問題なんだよな、ほんと……」
その中で滝田聡司は、だいぶ涼しくなってきたはずの秋の空気の中、額に汗を滲ませながら自分の叩くドラムを運んでいた。
楽器のある音楽準備室は、本校舎の三階だ。
そこから一階の体育館まで楽器全部を運んでいくのは、一苦労となる。というか、その苦労の一番の割合を占めているのが種類も大物楽器も多い、他ならぬ聡司の打楽器パートなので、他の部員に申し訳なく思いつつ楽器を運んでいくのが常なのだ。
と、そこに。
「ほら、ぶつくさ言ってないで運ぶ運ぶ!」
聡司にそう声をかけたのは、後ろから歩いてきたトランペットの豊浦奏恵だった。
彼女自身も自分の楽器のケースと、そしてシンバルの入ったケースを運んでいる。
そしてこちらのまで早足で歩いてきて、そのまま告げてくる。
「美里なんてもっと重いもん担いでるんだから、文句言わないの! 打楽器も打楽器で大変だけど、チューバだって本当にしんどいんだからね!」
「まあ、持つとこ少ないから運びにくいんだよな、あの楽器……」
同い年のチューバ吹き、春日美里が先ほど、階段の踊り場でへたり込んでゼハゼハ言いながら自分の楽器を運んでいたのを思い出して、聡司は苦笑いした。
楽器だけでも十キロ超え、ケースを入れればプラス数キロ。
しかも取っ手がほとんどついていないため、持ち運びも手伝えない。あの楽器を持っていくのは、なかなか大変なことだろう。
しかし、大変といえば、奏恵だって別の意味で大変のはずだった。
そのことを話しておきたくて、聡司はちらりと隣を行く彼女を見やり、言ってみる。
「おまえはどうなんだ。高音は」
この間から今日ここに至るまで、奏恵の曲中での高音域は安定していない。
しかし、本番はもう明日だ。泣くことになっても笑うことになっても、舞台には上がらざるを得ない。
そのとき、彼女はどうなるのか――それはおそらく本人にも、わからないだろう。
ただ、そこに向かう志だけは聞いておきたかったのだ。するとそれは奏恵もわかっていたようで、真っ直ぐ体育館に向かって歩きながら「……うん、どうだろう」と答える。
「わからない。けど、なんかができる気がする。でも、そこを飛び越えるにはそれでも、まだなにか足りなくて……そんな感じがしてる」
「そっか。大丈夫だよ、やっちまえよ」
軽音部に行ったときに彼女が出した、あのつんざくような高音を思い出す。
あれが出れば、もう怖いものはない。そう言ったつもりだったが、しかし奏恵は苦い顔になる。
「簡単に言ってくれるわよねー。……まあ、でもいい本番にしたいのは本当。だからがんばる」
「ああ。それでいいんじゃねーか」
それが聞ければ、もうなにも言うことはないだろう。
自分のドラムを持ち直して、改めて会場に向かう。これは自分の大事なものだ。落とすことはできない。
明日がどんな演奏になるか、それはわからない。
どうなるかはわからないけれど、これさえあれば、舞台に登ることができる。
 




