オレはイライラしてるんだ!
「どしたの滝田。なんか浮かない顔してるけど」
「んー……」
同い年の次期部長に、「吹奏楽部でも軽音部でも、好きなほうを選べばいい」と言われた翌日。
滝田聡司は練習のため、軽音部の部室に来ていた。
学校祭も近くなってきたため、どちらの部の練習も押し詰まってきている。
なのでここに来た以上は、ちゃんとやらねばならないと思っていたのだが――
「なんなんだよ春日め。なんだよ……」
みんなが好きなことをやれればいい、と言うわりに、その肝心の次期部長が自分自身を軽んじているように感じて――聡司はどこか、納得いかない気持ちを抱えていた。
いや確かに、こちらとしては吹奏楽部でも軽音部でも、元々好きなほうを選ぶ気でいたのだが。
これはそれとははまた、別の話だ。ああいう言い方をされると、こちらとしては「本当にそれ、おまえのやりたいことなのかよ!?」と怒鳴りたくなるのである。
言われたことは望んだことなのに、彼女の笑顔を思い出すと、なんだか逆にイライラした。
すると、こちらのセリフを聞いたのだろう。
軽音部の結城紘斗が言ってくる。
「春日って、あの子? こないだウチに来た、でっかい方の子?」
「うん、間違ってないけど、その覚え方は間違ってるとオレは思うぞ」
まあ確かに、先日軽音部に見学に来たもう一人の吹奏楽部員と比べれば、彼女は『でっかい方』ではあるのだが。
だからといって、その言い方はどうなのだ。聡司が苦笑いしていると、紘斗はいつものように、あっけらかんとした調子で続けてきた。
「その子もそうだったけどさー。おれとしては、もう一人のトランペットの子の方が気になったな。――あ、別にそういう意味じゃないぞ!」
「うん……オレとしてはどっちでもいいよ。そういう意味だったら応援してもいいし……」
ただ、こいつと豊浦じゃ合わないだろうなあ――と、先日の軽音部見学の際の様子を思い出して、聡司は言った。
そのトランペットの同い年は、紘斗の天衣無縫というか、マイペースっぷりに始終イライラしっ放しだったのだ。
いやでも、一周回ってそういう方がバランス取れるのか? などと首を傾げていると、やはりマイペースに紘斗は言う。
「なんなんだろうね。やりたいことやりたいのに、できないっていうか。楽器やってて楽しいはずなのに、楽しくなさそうというか。せっかくあんなにカッコイイ楽器やってるのに、もったいないなーって思う」
「……うん」
高音が思ったように出ない――そう悪態をつきながらもがいていた彼女の姿を思い出し、聡司はうなずいた。
軽音部見学のときには、その高音を出していた彼女だが。
果たして彼女が、あの音を自分で受け入れてくれるかどうか。
そしてもうひとりの――『でっかい方』も。
「えーと、春日さんだっけ? その人のことも、話聞いてると、理屈はわからなくもないんだけど。でもやっぱり、おれは自分のやりたいことを、思いっきりやればいいのにと思うんだけどな」
特に周りとか、気にしないでさ。
奇しくも彼女と同じことを、紘斗が言う。彼の場合は周りを気にしなさすぎて、真面目な人間たちからぎゃあぎゃあ言われているわけだが――なぜかなんだかんだ、「まあいいか」と思われている節がある。
それは彼の人徳というか、性格というか。
全部を真似しろとは言わない。ただ、彼のそういうところは、少し見習ってもいいんじゃないかと聡司は思う。
トランペットの同い年も。
でっかい方のチューバ吹きも。
そして――
「あ、そういえば岩瀬ってどうしただろ。本番には来るって言ってたけど」
「あいつこそ、やりたいことやれてない典型じゃねえか、そういえば!」
塾が忙しいからピアノから遠ざかっていた。そんな軽音部の助っ人キーボードのことを思い出し、聡司は叫んだ。
少し前にやりたいようにやれと言ったら、「簡単に言うな」と苦笑いされたのを思い出す。
その笑いが、少しあの『でっかい方』の笑い方と重なって――
「ムカつく! ああくっそムカつく! オレちょっと行ってくるわ!」
「あれ、滝田!?」
聡司は軽音部の部室を飛び出し、もう一人のメンバーのところへ向かった。
♪♪♪
銀縁メガネの優等生、岩瀬真也は、ちょうど荷物をまとめて学校から出るところだった。
そこに――
「いぃぃわぁぁぁせぇぇぇぇっ!!」
「うわ!? な、なんだ、なんだ!?」
聡司はつかつかつか! と寄っていって彼の襟首を掴み、強引に軽音部の部室に引っ張っていく。
後ろで真也が暴れているが、離す気はない。
打楽器の腕力をなめるな。あの重いシンバルを、どんだけの時間持ち続けてると思ってやがる!
「な、なんだ滝田!? ボクはこれから塾が――」
「やかましいッ!! つべこべ言わず、てめえはやりたいようにやりゃあいいんだよ!!」
「だ、だから塾に――」
「塾にピアノあんのかよテメエ! 時間ねーとか、メンバーが気に入らねーとか、そんなこと言ってるくらいだったら、死ぬほど鍵盤叩いて、自分の好きなことをやってみやがれッ!!」
オレはイライラしてるんだよ!! そう言うと、こちらの迫力に負けたのかなんなのか、真也は顔を引きつらせて大人しくなった。
やりたいことを、やればいいのですよ――そう言う彼女への苛立ちを、見当違いの方にぶつけている自覚はあるのだが。
それでも、彼だってやりたいことをやれていない一人ではあるのだ。そう自分に言い聞かせて、聡司は軽音部の部室の扉を蹴り開けた。




