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どっちでもいいですよ

「あのときの聡司くんは、本当に楽しそうでしたね」


 軽音部と吹奏楽部の一回限りのセッションを終えた、その後日。

 滝田聡司(たきたさとし)は同じ吹奏楽部の春日美里(かすがみさと)に、笑顔でそう言われた。


 吹奏楽部の部員は、あまり聡司が軽音部を手伝うのに好意的ではない人物が多かったが――美里はその中でも比較的、その行動を認めてきた方だ。


 しかしそれでも、ここまではっきりと口に出して肯定されたのは初めてだったように思う。

 なので聡司は、「ん、なんだ。ありがとな」と素直に礼を言った。吹奏楽部の次期部長である彼女がここまで評価してくれたということは、つまり、それほど演奏がよかったということだろう。


 彼女はその人柄だけで部長に推されたと思われがちだが、さすがにそれだけでは二十数人の代表としては選ばれない。

 演奏を聞く耳や、それに対して公正な評価をする姿勢を持っていたからこそ、みなに推薦されたのだ。


 だとしたらこれが続けば、自分への風当たりや軽音部への偏見も、少しはなくなるかもしれないな、と聡司は思った。そうすると美里ともうひとりを連れていったことは、やはり正解だったのだろう。

 音楽性の違いか性格上の差異か、どうも軽音部と吹奏楽部は、これまであまり関わり合うことがなかった。


 だが自分が橋渡しとなったことで、その状態も改善されていくかもしれない。

 ならばこれを機に、一緒に行ったもうひとりの同い年も、もう少し考えを見直してくれれば――

 と、聡司がそう思ったところで。

 美里はそのまま、続けてきた。


「あのときは、こっちでは見られなかった聡司くんが見られた気がしました。楽器を持っていかなくて参加できなかったことが悔しかったような、あんなみなさんを見られてよかったというか……。

 でも本当、楽しそうでいいなあと思いましたよ」

「うーん、なんかそこまで言われると照れるなあ」

「だから」


 あまり褒められ慣れていない聡司は、美里の言葉を正面から受け取ることしかできなかった。

 だが、春日美里は――

 そんな風に困ったように笑う聡司に、いつものように優しく笑って言った。


「学校祭が終わった後、聡司くんが軽音部に行ったとしても――それでもいいかなと思いました」


「……」


 一瞬、なにを言われたか分からず。

 沈黙する聡司に、美里はそのまま続ける。


「すっごい楽しそうにやってるあのときの聡司くんを見て――ああ、わたしは、わたしたちは、こういう聡司くんを、今まで邪魔してきたんだろうなあって思って。それはとても、申し訳ないことだと思いました。篤人(あつと)くんの言うとおり、このままだと聡司くん、嫌になって辞めちゃうな、って思ったんです」

「……春日」


 やりたいことをやればいい、と。

 ここ最近彼女は、頻繁に言っていた。

 だからある意味、これはその極致というべきもので――しかし決定的に、彼女自身の意見を無視しているように見える。


 誰かが部活から去るのは嫌だと、あのとき自分の横でこいつは、そう思っていたはずなのに。

 しかしそれすらも投げ捨てて。

 次期部長は告げてきた。 


「でも、聡司くんがそっちのが楽しいなら、そっち行った方がいいじゃないですか」


 同じ音楽なのですし――と、美里は笑った。

 誰にでも優しく、全てを認める彼女の。

 それは一年後、まだ見ぬ後輩が思う――最も癒されて、そして最も残酷な微笑みだった。


「篤人くんみたいに、なにもかも投げ出しちゃうのはわたし、すごく悲しいです。でも、ドラムだけでもやっててくれるなら、それでもいいかなあって。

 吹奏楽部を辞めても、違うどこかで楽器を続けていてくれるなら、それでいいかなあって。思いました」


 だから、と。

 美里はそのまま、真っ直ぐにその笑みを向けてくる。

 次期部長のその姿勢は、聡司がなにを言ったところで。

 もはや、一ミリも揺るぎそうもなかった。


「だから聡司くんは好きなようにやればいいと――わたしは自分の意思で、そう思うのですよ」

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