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だったら両方やっちまえ

「なーんか、納得いかないのよねー」


 軽音部と吹奏楽部の一度きりのセッションが終わった直後。

 吹奏楽部のトランペット、豊浦奏恵(とようらかなえ)が腫れた唇を尖らせてそう言ってきた。


「なんで音楽室でフツーにやったときより音が出るんだろ。こんな不真面目な連中と一緒にやった結果がそれって、なんっか納得いかない……」

「まあまあ、かなちゃん。音が出たならよかったじゃないですか。いつもと違うかなちゃんの音も、よかったですよ」


 ぶつぶつと不満を垂れ流す奏恵に、同じく吹奏楽部の春日美里(かすがみさと)が声をかける。

 彼女は今回、自分の楽器を持ってきていなかったため聞き役に回っていたのだ。それだけに、先ほどのの演奏を客観的に聞いていた。

 その美里からの意見に奏恵が一応、「むぅ」と文句を引っ込める。自分で納得のいかない演奏だったとはいえ、客の立場で聞いていた人間に「よかった」と言われれば、それは『よかった』ことなのだと経験上、奏恵もわかっているからだ。

 ただ、それでもどこかスッキリしない気持ちはあって――それが消化しきれないから、素直に喜べなかったりもする。

 そして、それもわかっているからこそ美里は、そんな友人に続けて言っていた。


「『シング・シング・シング』はいつもと違う音でやれと、この間、本町先生が言ってました。その音というのはひょっとしたら、今みたいなものかもしれませんよ」

「えー、こんな感じでいいの? 吹奏楽部のイメージ壊さない?」

「そのイメージがおカタすぎるから、軽音部より客入らないんだろ……」

「なんか言った滝田?」

「いや」


 ボソリと言ってしまった言葉に即座にツッコミが飛んできたので、滝田聡司(たきたさとし)は思わず目を逸らしていた。

 ドラムの隙間から見える二人の会話があまりにも興味を引くものだったので、ついつい口を出してしまった。

 さっきの演奏からして、ひょっとしたら奏恵の軽音部に対する態度も、もう少し軟化するかなと思ってたのだが――しかし、やはり人間そう簡単に変わるものでもないらしい。

 まあ、これまであれだけ胡乱げな目をしていた彼女だ。すぐにはそれを受け入れられないだろう。

 むしろここまで来て一緒に演奏したこと自体が、奇跡のようなものなのだ。


 吹奏楽部と軽音部――同じ音楽系の部活でありながら、この二つの部はこれまでほとんど没交渉だった。

 それがこうして、セッションをするまでになったのだ。

 次期部長の美里が来たこともあって、軽音部のヘルプで来ていた聡司への、吹奏楽部での風当たりも少しは弱まるかもしれない。

 そして、軽音部の面子も――


 そう思って、聡司は違う方向へと目を向けた。

 そこでは軽音部のギター担当、結城紘斗(ゆうきひろと)がはしゃいでいる。


「いやー、トランペットと一緒にやるなんて初めてだったよー! 楽しかったー!」

「いつもとは違って、楽しかったな」


 ベース担当の石岡徹(いしおかとおる)も、ほとんど表情は変わらないが満更でもなさそうだった。

 キーボードの助っ人優等生には「もっと真面目にやれ!」と怒られていた二人だったが――まあこっちはこっちであまり変わらないながらも、なにか感じるものはあっただろう。

 ……そう願いたいところではある。


「ま、やらねーよりやってよかったな。そう思うよ」


 なので、そんな両方の様子を見て聡司は肩をすくめた。

 この両方の部に顔を出していると、どっちのいいところも、悪いところも見えてくる。

 それはそれでお互いにないものだから楽しくもあって、また戸惑うところでもあった。

 どっちがよくて、どっちが悪いという問題ではないのだ――と、聡司としては思うのだが。しかし、どちらか片方しか知らない人間にとってはそうではないらしい。

 奏恵は紘斗の発言を聞いて、今度は矛先をそちらに向ける。


「楽しい楽しい言ってるけどさあ! なにあんた!? 全然歌が聞こえてなかったじゃない!?」

「え? そう? でもまあいいじゃん、楽しかったんだから」

「うわ! 殴りたい!? あのねえ!? お客さんからしたら、歌が聞こえないって問題外じゃないの!? あんたら、客観的なバランスとかって考えたことある!?」

「いや、でもそんなもん気にして音が小さくなったら、それこそ盛り上がりに欠けるし」

「うがああああああああ!? 本当、なんでこいつらの方のがお客さん多いのよーッ!?」

「かなちゃんかなちゃん。どうどう。どうどう」


 憤死しそうな奏恵を、美里が押さえていた。

 どっちの言うこともよくわかるし、やっぱりどっちが正しいのかも結局のところよくわからない。

 ただ――


「……じゃあ、大きい音で、なおかつバランス取れればいいんじゃね?」


 だったら両方やっちまえよ、と思うのは間違いなのだろうか。


 結局、そういうことなんじゃないかと聡司は首を傾げるのだが――しかしふと口をついて出たそのつぶやきは、騒がしい喧騒に紛れて、今度は誰の耳にも入らなかったようだった。



 軽音部と吹奏楽部、この二つの部の最初で最後のセッションは、こうして幕を閉じることとなった。

 このときは、単なる一日に過ぎなかったが――これは後々振り返れば、聡司にとって次の本番、そしてその後の選択に、大きく関わってくる出来事となっていた。

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