歌え、歌え、歌え
イントロは、自分だけしか叩かない。
そのつもりだったら、結城紘斗がギターで入ってきた。
『シング・シング・シング』。
吹奏楽部が学校祭でやる曲を、なぜか軽音部のメンバーと一緒にやることになって、滝田聡司はその中心でドラムを叩いていた。
特徴的な基本リズムを刻みつつ、コードを弾く紘斗と進んでいく。
こいつがいなければ、こうやってセッションすることもなかったかもしれない。そう思うと、なんだか不思議な気分だった。
あのとき軽音部を手伝うと言ったのは、半ば紘斗の熱意に押されてのことだったが――それでも、引き受けてよかったと思う。
そんな中、精一杯の音を響かせて豊浦奏恵のトランペットが入ってきた。
エレキギターより目立ってやると言ってここにやってきた彼女だったが、さすがに生音では分が悪い。
意地を張るつもりなら止めはしないが、さてどこまでやるつもりなのか、と聡司は思う。吹奏楽部でも高音のピンとした音が出ないと悩んでいた奏恵は、このセッションでなにか得るのだろうか。それならそれで、連れてきた甲斐があるというものだ。
彼女の八つ当たりがこちらに来なければ、なおのこといい。そう思っていると、軽音部のベース、石岡徹が本当に適当に低音を入れてきた。
先ほど、自分と同じ吹奏楽部の春日美里と考えていたベースラインは、そんな感じではなかった気がするのだが。まあそれも、止める気はない。むしろチューバにはできない豪快なグリッサンドを入れてきたりもして、それはそれで楽しいものだった。
そんな自分たちの演奏を、唯一楽器を持ってきていない美里が楽しそうに見てきている。
彼女は今回限りのこのセッションの、今回限りの観客だ。
吹奏楽部の次期部長が、軽音部に興味を持つというのは正直あまりない話だろうと思う。
彼女が作る来年の部活は、ひょっとしたら今までとは違うものになるかもしれない。
そういう、軽音部と吹奏楽部の両方を見て。
どっちがいいと言われたら、それは。
「――ま、いいや」
わずかによぎった考えを切り捨てて、聡司は誰にも聞こえない音量でそうつぶやいた。
爆音ばかりのこの演奏で、埋もれないように叩くのが今は最優先だ。
ウダウダ悩んでも仕方がない。叩いた先に答えがある。
ここにはいないサックスの代わりに、歌への導入をシンバルでカウントする。
そう、今はただひたすら、歌え、歌え、歌え。
歌詞は知らないし、そもそも歌があるなんてさっき知ったところだけど、それでもきっとこの曲はただ、そのことだけを言っている。
そんな気がした。
ボーカルの紘斗がマイクを前にスウッと息を吸って、知らない歌を歌い始める。
英語だ。
そりゃそうだ、アメリカの曲なんだから英語の歌詞に決まってるよなあ、と聡司は苦笑い気味にそれを聞いていた。なにを言ってるのかさっぱり分からない。歌ってる紘斗にもわからないのかもしれない。
バランスなんてこれっぽっちも考えてない混沌の渦の中で、切れ切れに単語が聞こえる。
そこに合いの手のようにトランペットが入り、次には歌と重なった。
それで余計に聞こえない。奏恵も引く気はないようだ。
普段の吹奏楽部での音をかなぐり捨てるように吹いていて、お、いいぞ、その調子、と聡司は密かにほくそ笑んだ。圧力とスピードをかけて放たれた音は、参考で聞いた音源に近くなってきている。
彼女自身は、妙に不満げな顔をしているけれども。なぜだろう、それでもギターの音量には敵わないからだろうか。素直にマイクを使えばいいのにと思う。
そのマイクを使っていない自分も、吹奏楽部ではぶーぶー文句を言われそうな音量で叩いているのだが。
それはここにきて、初めて知ったものだ。
だから文句なんて言わせない。
これができるから軽音部もいいのだ。そう思って聡司はくつくつと笑った。
ここでこみ上げてくる笑いは、あの音楽室では絶対出てこない鋭さを伴ったものだ。
ちょっと明るい曲調になって、また元のサビに戻る。
一番最初のパターンに戻った形だが、通り過ぎた曲を経て、それは少し違うものになっていた。




