セッションするべ!
さて、心配なのはこっちの方だぞ、と。
滝田聡司はもう一方を見た。
そこには同じ吹奏楽部の豊浦奏恵と、軽音部の結城紘斗がいた。
奏恵はトランペット、紘斗はエレキギターの担当だ。
本来ならば一緒に演奏してもおかしくない楽器同士なのだが、奏恵にはどうも軽音部に馴染めないところがあるらしい。
電子楽器の音量に負けたくない、と言っていた奏恵は、どことなく不満げな様子で紘斗を見ていた。
「……一緒にやろうって言ったって、なにするの」
「てきとーに合わせてみようよ。トランペットと一緒にやるの初めてだから、楽しみだなー」
「テキトーって、あんたねえ……」
額を押さえる奏恵の前で、紘斗がギターを鳴らす。既にアンプをつないでおり、ジャーン、という音が部屋全体に響き渡った。
それに、奏恵が口元を引きつらせる。
「……くそう。あんなのに負けてたまるか」
トランペットは自分の口と息で音を出す楽器だ。
エレキギターのようにアンプで増幅できるわけではない。そこがどうしても納得できないらしく、奏恵は紘斗に負けじと音出しを始めた。
しかしやはり、どうにも分が悪いのは傍から聞いていてもわかった。
しばらくして紘斗は「マイク使う?」と奏恵に言ったが、彼女は「自力でやるからいらない!」と突っぱねてしまった。
ここは吹奏楽部ではない、軽音部だ。だから別にいいじゃねえかマイクくらい、と聡司は思うのだが、奏恵には奏恵なりのプライドがあるらしい。
頑固にも、生音にこだわっている。その様子に今度は紘斗が不思議そうな顔をした。
「……目立ちたくないの?」
「んなワケないでしょ! トランペットなんて選んだ時点で、そいつはもう目立ちたがりよ!」
「自分で言っててどうなんだ、それは……」
聡司は遠慮がちにそう突っ込んだが、奏恵は聞いていなかったらしい。
吹奏楽部の花形楽器・トランペットを担当する奏恵は、半ばヤケクソになって紘斗に言った。
「やりましょうよ、ええやりましょうよセッションでもなんでも! 絶対あんたより目立ってやるんだから!」
「あはは。滝田、なんかおもしろいねこの人」
「面目ない。なんかほんと、ごめんなさい……」
なんだか連れてきたこっちがいたたまれなくて、聡司は頭を抱えた。
まあ、やる気になったことはいいことではあるのだが、肝心の演奏の方はどうなのか。
奏恵がチューニングをしてなにかを吹き始める。それは今度の学校祭で演奏する『シング・シング・シング』――
「あ、ベニー・グッドマンじゃん」
「……へ?」
紘斗がそう言ったので、奏恵は動きを止めた。
確かに『シング・シング・シング』は、ベニー・グッドマン率いる楽団がアメリカで演奏をしたのが始まりだ。
だから紘斗の言うことは正しいのだが――ただ、それを軽音部で聞くとは思わなかったらしい。
ぽかんとした顔の奏恵に、紘斗は笑いながら言う。
「かっこいいよねー、それ。前になんか映画でやってたじゃん」
「『スウィング〇ールズ』……」
「そうそれ。『ジャズやるべ!』ってさ」
ちょっと興味あって、曲とか調べたりしてみたんだよねー、と紘斗は続けて言った。
「それなら少し弾けるし、歌詞も知ってるし。じゃあそれでセッションしてみようかー」
「え、ちょ、う、歌!?」
「うん。おれはギター兼ボーカルだからさ」
「ていうか、あの曲に歌詞があるなんて知らなかったぞ」
「え、そうなの?」
こちらとしても初耳だったので、聡司は紘斗にそう声をかけた。演奏ばかり気にかけていたので、歌があるなんて思いもしなかった。
まあ確かに、言われてみればあのタイトルなら歌があるかもしれんよなあ、と思う。
『シング・シング・シング』。
そう冠されたあの曲は今、いつもと違う形で合わせられようとしていた。




