エレキベースがうらやましい
同じ吹奏楽部の春日美里がエレキベースを教わる様子を、滝田聡司は眺めていた。
「よし。これがベースだ」
「おおおー」
軽音部のベース担当、石岡徹が自身のベースを渡してくるのを、美里はキラキラした眼差しで受け取った。吹奏楽部では同じく低音楽器のチューバを担当している彼女である。前々からベースをやってみたかったらしい。
自分の楽器ではできないことができそうで、エレキベースがうらやましい――そう言っていた美里は渡されたそれを持ち、ストラップを肩に引っ掛けた。
そして、身体を傾ける。
「う、うう。結構重いですね。肩こりそうです」
おまえの楽器のが重いだろ――と聡司はそこで言いかけたが、そういえばチューバは立ってではなく、座って膝などに乗せたりして吹く楽器だった。
エレキベースのように、肩にかかる感じとはまた違うのだろう。まあ美里の目に毒なくらいのあの胸は、確実に肩こりを呼んでいるだろうけど。
しかしそんな美里の言葉に、徹はわずかに考えたようだった。
彼は部屋の隅にあった、古ぼけたイスを持ってくる。
「座るといい」
「あ、どうもです」
「そしてベースのへこんでるところを、太ももに乗せて構えるといい」
「なるほどー」
うむ、ナイスフォローである。
徹の行動に、聡司は心の中で拍手を送った。この間のデリカシーゼロの発言にまだ不安なところはあったのだが、意外とちゃんと気を遣っているようだった。
だがその安心は、座った美里がベースを構えたのを見て吹き飛んだ。
彼女の太ももに置かれたベース。
その反対側のへこみに、あの目に毒な胸が乗っかったのだ。
楽器に押し上げられて、胸部が強調されて大変なことになっている。「ふう。これで楽になりましたー」などと美里はのたまっているが、こちらとしてはそれどころではない。慌てて徹を見ると、ヤツはこちらを見てビッ! と親指を立ててきた。
こっちに気を遣ってんじゃねえよ。
やはり心の中でそう突っ込んで、聡司は徹をジト目で見返した。
まあその心遣いは、ありがたく受け取らせていただくが。
できるならあのベースになりたいくらいだったが。
それは叶わぬ夢だった。そんな聡司の前に半年後、文字通り美里の胸に突っ込んだ後輩が現れるのだが――それはまた、別の話である。




