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隣の芝生

「だーかーらー。最初に言ったじゃない。あいつら結局、自分が目立つことしか考えてないんだって」


 軽音部でのことを話すと、滝田聡司(たきたさとし)と同い年の豊浦奏恵(とようらかなえ)は口を尖らせてそう言った。


「そんな連中になに言っても無駄だよ。ほっとけばいいんだよ、ほっとけば」

「そう言うけどなあ」


 奏恵の言いっぷりに、聡司は渋面になった。

 彼女も彼女で、吹奏楽部では最も目立つと言っていいトランペットを担当しているのだ。

 そんな奏恵が軽音部のことを悪く言うのはなんというか、実は同属嫌悪なんじゃないか、と最近聡司は思っていた。

 しかしもちろん、そんなことを言ったら彼女の嫌悪の矛先は自分の方を向くのはわかっていたので、口には出さなかったが。

 少しイライラした様子で彼女は続けた。


「ずーるいんだよ、あたしらなんか自分の口と息だけで音出すのに、あいつらはアンプつなげてツマミ調節すればバカみたいに音出るんだからさ。それでいい気になってるんでしょ? 音に魂がこもってないないんだよ、魂がぁ!」

「かなちゃんかなちゃん、それは言いすぎですよ」


 困ったような笑顔を浮かべて奏恵をたしなめているのは、低音楽器であるチューバ担当、春日美里(かすがみさと)だ。


 先日の部員とのいざこざを経て、なんとなく彼女は変わったように見えた。

 次期部長としてしっかりし始めたというか――どこかに芯が通ったような、そんな印象がある。

 その証拠に今までは奏恵に対しても遠慮がちに忠告する程度だったのに、最近になってはっきりと自分の言いたいことを言うようになってきた。

 それはいい傾向なんだろうな――とそんな美里を見て、聡司は思う。

 なんとなく音も変わったように聞こえる。モゴモゴして聞こえた音が、クリアになった。

 ドラムとしては叩きやすくなるからその方がいい。ついでに自分の代わりに美里が奏恵に対して言ってくれるなら、その方がいい。

 なので聡司は二人のやり取りを、とりあえず黙って眺めていた。


「軽音部さんは軽音部さんで、聡司くんの話を聞いていると大変なようですし。がんばっているのですよ」

「でもさー。やっぱり納得いかないんだよー。ふざけんな電子楽器めー。あたしなんか、こんなにでっかい音出なくて苦労してるっていうのに……」


 奏恵はそう言って、悔しげな表情で息をついた。

 今日の合奏で彼女は先生に「もっと出せ」と言われていたが、結局出ないままに練習は終了していたのだ。

 突き抜けるような、耳に刺さるような高音(ハイトーン)を、彼女自身も出したがっているのに。

 それが出ない。

 その焦りが、奏恵を愚痴らせているようだった。

 なんだやっぱり結局うらやましいんじゃねえか、と聡司は密かに思った。しかし、うらやましいのは美里も同じようだった。

 「まあ、エレキベースなんか、わたしもちょっとずるいなって思うんですよね……」などと言い始める。

 同じ低音楽器として、やはり見るところはそこらしい。


「わたしたちは息でしか音を出せないところを、指で弾けば音が出せるわけですから。速いフレーズとかものすごい音の上げ下げとか、そういうのはやりやすいんだろうなって思います。なにより、息が苦しくないし。いいなーって思います。ちょっとやってみたいかも……」

「やってみればいいじゃねえか」


 美里がエレキベースを弾いているところを想像して、聡司はそう言ってみた。

 彼女は左利きではないのが少し惜しまれるところだったが、それはそれで左利き用を用意しなければならないためそれでよかったのかもしれない。

 やりたいならやればいい。

 先日、軽音部の助っ人キーボードに言ったことを、聡司はもう一度口走っていた。


「大丈夫だよ。軽音部のやつらだったら、ちょっとくらい触らせてくれるんじゃねえかな」


 あいつらならそんな小さなことで文句を言わないだろう。

 それになにより、うらやましがったり、知らないで悪口を言うくらいだったら実際にやってみればいいのだ。

 そうすれば、奏恵だって軽音部のことが少しはわかるだろう。

 彼女の音が出ないのも、自分みたいにいい刺激になって変わるかもしれない。

 そう思って言ってみたものの、奏恵の反応は芳しくなかった。


「えー……。なんであたしが、あいつらのとこ行かなきゃなんないの?」

「まあ別に嫌ならいいけどよ。けど、一回あの爆音の中に入るのも悪かないと思うぜ」

「むー……。やめとく。耳おかしくなりそうだもん」

「あっそ」


 少しは悩んだようだったので、彼女自身も揺れてはいるようだったが。

 しかしそこで食い下がるほど聡司はおせっかい焼きではなかった。後輩ならともかく、同い年が相手ではそこまで世話を焼く気にはならない。

 まったくもう――と思って、聡司が引き下がろうとしたとき。

 入れ替わるようにして、美里が言った。

 彼女は。

 この学年ではおそらく随一の、世話焼きだった。


「行ってみましょうよー、かなちゃん。わたしエレキベース触ってみたいです」

『え、マジで言ってる?』


 美里の発言に、聡司と奏恵はそろって声をあげた。

 とはいっても聡司は歓迎、奏恵は戸惑いの声だったのだが。

 そんな二人に、美里は笑顔で言った。


「はい! 中学のときコントラバスをちょっとだけ触らせてもらったことがあります。だから弦に対して、そんなに抵抗はないのですよ!」

「いや、そういう問題じゃないと思うけど……」


 友人の笑顔のあまりの明るさに、奏恵は毒気を抜かれたようだった。

 「えー? あー、うん……」という声とともに首を傾げつつも。

 やがて彼女は、口を開く。


「……まあ、うん。わかった。美里がそこまで行きたいって言うんじゃ、付き添ってくか」

「わあい!」

「あれ? なんか、おかしいような……」

「……まあ、なんだ。仲いいなおまえら」


 美里の満開の笑顔と、奏恵の不思議そうな顔が変なコントラストを作り出しているが。

 けれどそれがなんだか妙におかしくて、聡司は笑ってしまった。


「じゃ、なんだ。今度一緒に行こうか。軽音部」


 行きたいのなら連れていくまでだ。

 この二人が軽音部のことを間近で見たらおもしろいかもしれないな、と聡司は思った。


 そして同時に――軽音部にとってもこれが少し刺激になればいいな、とも思っていた。

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