おもしろきこともなき部を
「もう暗譜はしたんだ。あとはリハと本番行けばいいだろう」
滝田聡司の呼びかけに、永田陸はそう答えた。
長い黒髪を無造作に後ろでくくっている姿は、舞台で栄えるプレイヤーというよりも、絵画とひたすら向き合っているかのような表現者を思わせる。
しかしそれゆえにこそ彼女は、とっつきにくいという雰囲気もあった。
実際その通りで――彼女の行動は、とにかく読めないのだ。
部活には来たり来なかったりで、ふらっと来たかと思えば誰よりも上手く吹いていなくなり、それっきりしばらく来なかったりする。
「三回吹けば楽譜を覚える」と堂々と言い切る彼女は実際にちゃんと譜面を覚えているのだが、そんなマイペースさ加減から部内では微妙な立ち位置にいる存在だった。
話しにくさを感じつつも、聡司はもう一度陸に言った。
「そう言うなって。今度の学校祭は、譜面を覚えただけじゃ足りないくらいのスゲーもんにしたいんだ。そのためにはおまえも来てほしいんだよ、永田」
「あそこはつまらない。なにも変わらない」
たまに行ってみるがやっぱりつまらない。
陸は表情を変えずにそう言った。
それはやはり、人というより絵に向かってしゃべっているような、そんな仏頂面だった。
「本番さえできれば問題ないのだろう。代わり映えのしない練習にはもう飽きた。あとはそっちで練習しててくれ」
「だーかーらー。それを変えるのにおまえの力が必要だって言ってんじゃねーか」
「私の?」
そこで初めて、聡司は陸にちゃんと視線を向けられた気がした。
チャンスだ。彼女を『こちら側』に引っ張り込むため――
いや、なにより自分のために、聡司は陸に言った。
「オレももう、つまんねーのは嫌なんだ。だからもっと――スゲーことをしたい! でもドラムだけじゃどうにもならない! だからおまえと一緒にやりたいんだ」
「……ふむ」
「おまえだって、楽しいことしたいんだろ?」
考え込んだ陸に、そう畳み掛ける。
彼女自身も言っていた。陸は変わらないこの状況に『飽きて』いる。
だったら、なにかが変わる予感がすれば――部活に来続けてくれるはずだ。
そうすれば、また演奏が変わる。
『おもしろく』なる。
食いつけ、食いつけ――
そんな聡司の願いは通じたのか。陸は再びこちらを見た。
「……なるほど。風向きが変わったようだな。なら今日は部活に行ってみよう」
「よっしゃ! そうこなくちゃな」
「しかし、おもしろくなかったら私は帰るぞ」
「ま、まあアレだ。最近オレがんばってるから。ちょっと変わってると思うぞ」
「そうか」
そう言って陸は不思議そうに首をかしげた。
きょとんとした顔で見つめられ、彼女のそんな顔を初めて見た聡司はなぜか狼狽した。
「……な、なんだ?」
「私がいない間に、なんだかおもしろいことになってきてたんだな」
「あ、ああ。だから毎日来いよ。そのほうが楽しいぜ」
「ふむ――なるほど」
陸はそこで、ふっと笑った。
「おまえを見続けるのも、おもしろそうだな」
それはどういう意味なのか――
そう訊こうとしたときにはもう、陸はその場を立ち去っていた。
相変わらずのマイペースっぷりではあったが、彼女はその日の放課後、音楽室にやってきた。




