吹奏楽のサックスは
「今までのワタクシたちとは、一味違った演奏をシテみたくはないですか?」
そう言ってドラムセットの隙間からひょいっと顔を覗かせたのは、聡司と同い年の美原慶だった。
このアルトサックス担当の彼女と、聡司は今まであまり話したことがなかった。
理由は細々と色々あるのだが、要するに話す必要を感じなかった、めんどくさかったというのが主な理由である。
彼女自身がちょっと変わった雰囲気の持ち主ということもあった。それが急にそんなことを言ってきて、聡司は戸惑いつつ慶を見返す。
「一味違うって……どんな?」
「ワタクシは吹奏楽のジャズじゃなくて、もっとジャズジャズしいジャズをヤリたいのです」
「ジャズって言い過ぎてゲシュタルト崩壊気味なんだが……」
言いながら、聡司は考えた。
慶がやりたいと言っているジャズとは、今度の学校祭で吹奏楽部がやる曲、『シング・シング・シング』のことだろう。
元々ジャズの曲である。
元々そういう譜面なんだから、ジャズジャズしいもないのではないか。
怪訝に思っていると、慶はわかってないなあというように、首を横に振った。
ちょっとイラッとした。そんな聡司をよそに、慶は言ってくる。
「違うんですヨねー。吹奏楽部のやるジャズは、お上品すぎるんですヨねー。
お嬢様がドレス着て慣れないロックやろうとしてるみたいで、ちゃんちゃらオカシイのですヨ」
「……ああ、なんだ。本町先生も言ってたな。『根本的に音の出し方変えろ』って」
顧問の先生にこの間、合奏で言われたのだ。
『曲が違うんだ。音も違って当然だろ?』と。
「ワタクシたち、そう言われても今まで音を変えようとはしませんでした。だってソレ以外、知らないんですもの」
吹奏楽部は、吹奏楽の音でやる。
それ以外知らなかった。
きれいな音が出ればそれでいいと思っていた。
だから純粋にひたすら、それだけを求めていた。
でも、そうではないと言われた。
「そーじゃナイんですよねー。吹奏楽には吹奏楽の、ジャズにはジャズの音があるんですよねー。
雰囲気に合わせて着替えてオシャレするみたいに、音だって変えて当たり前ナンですよねー」
いつもドレス着てるのにはもう、飽きマシた。
多彩な音色を持つサックスの吹き手は、そう言った。
「前から少し、疑問には思ってたんです。なんでワタシらサックスは幅広い音色が出せるのに、こんな風におキレイにばっかり吹かねばならないのかって。
そう思ってイロイロ調べてみたら、まああるわあるわ。カッコいいオジサマたちが、チョーカッコいいサックスソロ吹いてるじゃないですか。アレですよ。アレ。ああいうのヤリましょう。いつもと違うああいうの。お上品じゃなくて、もっと魂にクるジャズ・ビート。
譜面がどーノこーノじゃないんです。もーそういうのドーでもいいから、ワタクシやりたいことやりたいんです」
「美原……」
女子部員から初めて自分に近い意見を聞いて、聡司は驚いた。
『やりたいことをやりたい』。
そう思っていたのは、自分だけではなかったのだ。
「サックスは吹奏楽では、思ったより目立つ楽器ではありまセン」
ぽつり、と慶は言った。
「音色ではホルンに従う。メロディーではクラリネットに従う。たまにあるソロ以外では、なんだかいつもそんなんばっかりなんです。
外から見たイメージは、決してそうじゃない。オカシイですよね? 我らがサックス、そんなんもんじゃないですよね? あんな歯の浮くようなビブラートで、満足するような子じゃナイですよね?
だからもう、我慢するのヤメよーと思って。イロイロ考えてめんどくさくなって、もうやりたいことやりゃあいいじゃんと、そう思うことにシたんです」
そう言って、慶はニヤリと、楽しげに笑った。
それは、今まで遠巻きに見えた彼女の表情とは、まるで違ったものだった。
憎たらしくて、小生意気で――でもその方が、なぜか彼女「らしい」のだと。
その方がずっといいのだと、それを見て聡司は、そんな風に思った。
「だからー? ちょおっと今までとは、イロイロ変えていこうかなって。ジャズの編成なら、サックス、トロンボーン、トランペットにベース。
そして――ドラム。
その辺が変わってくれば、だいぶ演奏も変わってくるデショ?」
そう思って、だから急に声をかけてきたと。
つまりはそういうことらしい。
こうして話してみて、聡司ははじめて、彼女が自分と同じことを考えていたのだと知った。
いろんなものに押さえつけられて、やりたいことをやれなくて。
くすぶり続けていた者同士、やらかしてやろうじゃないかと――彼女はそう持ちかけてきたのだ。
「……はは」
自分を押さえつけていたもののひとつが急に軽くなったような気がして、聡司はおかしな気分になった。
愉快だ。
痛快だ。
とても、気分がいい。
今ならなんでもできそうだ。そう思って聡司は、慶と同じくニヤリと笑った。
「いいじゃねえか。やろうぜ。
俺たちがやりたいやつ全部、『これだぜ!』って見せつけてやろうじゃねーか」
「そうコなくては♪」
楽器を挟んで二人、笑い合う。
悪巧みを始めたような、そんな気持ちで浮かべる表情。
それは決してきれいでもなんでもなくて――ただ自分の感情を表した、凄烈な笑みだった。




