音楽性の違い
「それは、あれだな! 『音楽性の違い』ってやつだな!」
滝田聡司の説明を聞いて、軽音部の結城紘斗は元気よくそう言った。
フルートパートから二名の部員がいなくなった、その翌日。
吹奏楽部であったことを、聡司は紘斗に相談してみたのだ。
恋愛事情、人間関係、その他諸々――色々なものが積み重なった末にいなくなった二人の部員の言い分は、聡司としては納得のいくものではなかった。
説得にも応じず、もう行かない一点張りというのはこんなにすっきりしないことなのか。もやもやとした気持ちを抱えたままドラムを叩くのは気分がよくなかったので、聡司は部外者である紘斗に事情を説明してみたのである。
聡司自身の進退に関する話を、その退部者の一人に言われたのもある。
吹奏楽部とは似て否なる音楽系部活の軽音部。それに性格も明るい紘斗なら、自分とは違う考えを持っているのではないか。そう思って言ってみたのだが。
悩む聡司とは対照的に、紘斗はあっけらかんとして言ってきた。
「自分たちとは考え方が違うから脱退するとかさー。プロのバンドでもよくある話じゃん。あるあるー」
「なんかその辺あっさりしてるよなー、軽音部」
パタパタと手を振って言う紘斗に、そう返す。そういえばこの間キーボードの助っ人が怒って帰ったときも、紘斗は特に気にした様子はなかった。
吹奏楽部であんなことがあったら、女子連中が黙っていなさそうなものだが。似たようなことをやったら後輩に泣かれたことを思い出して、聡司はさらに顔をしかめた。やっぱり吹奏楽部なんだかジメジメしている。紘斗みたくカラッとやりたいもんだ、と聡司はさらに気持ちが揺れるのを感じた。やっぱり女子めんどくさい。モテたいけどなんかすっげえめんどくさい。
「だってさー、自分を曲げてまでセッションしたってつまんねーじゃん。音楽性が違うなら、違うバンド入ればいいだけの話だろ」
「うわあ。それそのままうちの女子連中に言ってやりてえ」
後輩の涙が怖すぎて言えないけど。じゃあどうすればいいのかというと、それがわからないから今自分はこうして頭を抱えているのだ。
どうせおまえも辞めるんだろ――と冷ややかに言われたことを思い出す。このままだと自分もあんな風になるのだろうか。やりたいことをやっちゃいけないのだろうか。他の部員のためだとかそういう言い訳をして、くすぶり続けなければいけないのか。
「あー……めんどくせえ」
人間関係がめんどくさい。考えるのがめんどくさい。
もっとパーッと、そんなもん食らい尽くせるくらいのものがやりたいのに、なんでこんなこと考えなければいけないのか。これも音楽性の違いというやつなのだろうか。紘斗の言う『音楽性の違い』という言葉には、単純に音だけではなくてもっと違う意味があるような気がした。
考え方が違う、音楽性が違うから別れるというのは要するに、おまえらとはもう合わせる気がないから別れる、ということなのだと思う。
音楽的にも人間関係的にも、もう一緒になんてやってらんねーよ、となって、でもそれじゃ体裁が保てないから音楽性の違い、なんてそれっぽい言葉で取り繕うのだ。
もちろんそうでないバンドもあるのだろうが、結局のところいろんなものがもう噛みあわない、というのは変わりない。
めんどくさい。人がいなくなる理由なんて、大体は人間関係が原因だ。そう考えるとやっぱり、さっぱりした軽音部がめんどくさくなくていい。
そう思っていると、紘斗が腕を組んでうんうんとうなずいていた。
「でもやっぱ、どこも同じだよなー。うちも今ドラムとキーボードがいないの、そのせいだし」
「……ん?」
そういえば、なぜ自分とあの嫌味な優等生は軽音部の助っ人をすることになったのだろうか。その理由を聡司はまだ聞いていなかった。学校祭に向けてのこの時期に、その二つの楽器の担当者がいないというのも妙な話だ。
音楽性の違いは、人間関係が少なからず絡んでくる――とさっきの考えを思い返していると、紘斗はお気楽に笑って言ってきた。
「いやあ。実は、ドラムのメンバーとキーボードの女子が別れちゃってさあ。気まずくなって部活に来なくなっちゃったんだよねえ」
「こっちも似たような理由だったのかよ!?」
結局めんどくさいのは軽音部も変わらなかった。音楽性の違いは共通していた。
どっちもめんどくさかった。でもなぜか、ドラムを叩くのを辞めたいとは不思議と思わなかった。
叩くのを辞めてしまえば楽になれるはずなのに、そんな選択肢は一番最初に蹴り飛ばしたくなるのだ。だからこそ今自分はこうして頭を抱えているわけで――
「めんどくせえー。あーめんどくせえー!」
どうやら叩き続ける限り、いつまでもこの問題はついて回るようだった。けれどそう思うとなんだか少し、そう言いながらも苦笑してしまう自分がいた。
楽器をやってる連中なんて、根っこの部分は自分と同じでめんどくさい馬鹿ども揃いなのだ。そう思うと少しは、違う気分でドラムを叩けそうだった。




