真面目不真面目?
「女子って真面目だよなー」
滝田聡司の話を聞いて、軽音部の結城紘斗がそう言った。
吹奏楽部での境遇を、聡司は軽音部のメンバーに愚痴っていた。
女ばかりのあちらと違って、男しかいない軽音部ならこのつらさも分かってくれるだろう。そう思って言ったのは正解だったようだ。
紘斗は聡司が吹奏楽部では絶対言ってもらえないだろうことを、あっさりと口にした。
「楽譜通りってさ。できるわけないじゃん。プロじゃないんだから」
「だろ!? だろ!? そうだよなー!」
自分は間違ってないと言われたようで、聡司は非常に勇気づけられた。
吹奏楽部ではほとんどの人間が「楽譜通りに」と言う。圧倒的多数のそれに押されて今まで言えなかったそれが、場所が変わるとこうも変わるものなのか。そんな文化の違いにショックを通り越して感動すら覚えた。
「楽譜通りにできたとしてもさ。それってなんか、つまんなくない? 言われたことやってるだけっていうか。やっぱ女子って真面目だなって思う」
「そうなんだよ、真面目なんだよあいつら! やってられっかっつーの!」
ここ最近した、窮屈な練習を思い出す。メトロノームとにらめっこ。往復する振り子に合わせて、四分音符八分音符三連譜十六分音符――と、徹底的にリズム練習をさせられた。しかも後輩に教えられてである。
おかげで確かに早くなる癖は多少矯正されたものの、練習しろ練習しろと言われながら叩くのはあまり気分のいいものではなかった。なんとなく、身体がギシギシいっている感じがあるのだ。
自然な感じがしない。やっぱりこれも違うんじゃないかと、聡司は思い始めていた。
「まあ、おれらはそういう感じじゃないから。好きに叩いてよ滝田」
「ありがとう……! ありがとう……!!」
やっぱ、こっちの方が気楽でいいや。と聡司は思った。年下の後輩が泣かないように、気を遣わなくて済むし。
あれ以来、周囲からの視線がさらに厳しくなったように聡司は感じられていた。好きなテンポで叩いてしまったことに、後輩を泣かせてしまったこと。
それらが原因となって、吹奏楽部の雰囲気はさらに居心地の悪いものになってしまった。今のところ真面目におとなしく練習しているので、正面切って非難はされていないのだけれども。でも、陰でなにを言われているやら。
正直怖くて考えたくなかった。女子は真面目で、異物に対しては残酷なイキモノなのだ。
「確かに、ちょっときつく言い過ぎちまったかなーとは思ったけどさ。泣くのはないだろ、泣くのはさ……」
「だなー。女子は真面目だけど、ずるいよなー。泣かれたら全部こっちが悪いことになっちゃうし」
「だよなあ!? あいつらはずるいんだよ! いつもいつも寄ってたかってさあ!?」
「こっち誘ってよかったなあ。なんか」
もはやこっちが泣きたい気分でいるのを、紘斗はわかってくれたようだった。彼は笑顔でぽんぽんと肩を叩いてくれた。うう……友よ! おまえはおれのことをわかってくれるか……!
そんな風に男同士の友情を築いていると、横から冷めた声がかかった。
「くだらん話はどうでもいいから、とっとと練習を始めろ。こっちだって忙しいんだ」
「なんだよ、その言い方は……」
言ってきたのは学校祭限定で軽音部を手伝うことになった助っ人キーボード、岩瀬真也だ。彼は銀縁メガネを光らせて、いかにも神経質な優等生といった感じでせかしてきた。
その物言いにイラッとしながらも、聡司はドラムのイスに座る。真也は塾で忙しい身なので、これが初セッションだった。今日もこの後予定が入っているらしいので、確かに話している場合ではないのだが。
それにしたって、そんな風に言うことはないだろう。内心そう思いながら合わせを開始すると、途端、流れるようなキーボードの音が聞こえた。
それを聞いてさっきまでの苛立ちを忘れ、聡司は素直にへぇ……と感心した。ピアノをやっていたという彼は、なるほど確かに、なかなかの腕前だった。
ちゃんと練習してきたらしく、迷いなく鍵盤を叩いている。それは奇しくもさきほど言っていた「楽譜通り」で――でも彼のそれは、楽譜以上のなにかを訴えてきていた。
吹奏楽部で感じているものとは、また違う弾き方だった。こいつ、結構やるじゃないか――嫌味な優等生という評価を修正して、聡司は真也とセッションを続けた。
そのうちに、あれ? と違和感を覚える。ベースとギターとリズムが合わない。
彼らのテンポが伸び縮みして、聞いていると叩きにくさを感じた。それはあのちびっちゃい後輩とやった特訓の効果で――それは今度は、軽音部の二人との齟齬を生んでいた。
全曲とりあえず合わせ終わって、紘斗が真也へと言う。
「すごいね岩瀬! 超完璧じゃん!」
「おまえらのレベルが低すぎるんだ」
「あー。その口調は、変わらないんだな……」
苦笑いして聡司は言った。しかし真也はにこりとも笑わず、逆に怒ったように続けてきた。
「なんなんだおまえらは。ちゃんと練習してきたこっちが馬鹿みたいじゃないか」
「岩瀬も真面目だね」
「おまえらが不真面目すぎるんだ!」
銀縁メガネの優等生は、鍵盤をばんと叩いて立ち上がった。電源を入れっぱなしだったキーボードが、ものすごい勢いで耳障りな不協和音をまき散らす。
「さっきの話を聞いてて思ったが、おまえらは逆に楽譜を見なさすぎだ! ハナっからあきらめて、自己流でギイギイ音鳴らして気分よくやってるだけじゃないか!」
「な……!?」
びっくりして、聡司は真也と軽音部の二人を見た。言われた二人は、ぽかんとして怒鳴る真也を見ている。
「こんな状態がずっと続くなら、ボクはもう本番まで練習には来ないぞ。こっちだって忙しいんだ。お遊びがしたいなら勝手にやってればいいだろ!」
「お、おい岩瀬……」
「失礼する!」
聡司が止める暇なく、真也は荷物を持って部屋を出て行ってしまった。普段の態度からはちょっと想像できない彼の行動に、「あいつ結構、熱いやつだったんだな……」と場違いな感想を抱く。
「ありゃりゃ。なんか、怒らせちゃったね」
「……なんなんだ」
軽音部の二人が、突然怒り出した理由が理解できないといったふうにそう言った。その様子に、さきほどのセッション中に感じた違和感がまた噴き出す。
あれ……? なんか、変だぞ……?
聡司は胸に手を当てた。今まで軽音部のセッションで感じていた、燃え滾るような高揚感がない。
あるのは少しの不満だ。「もっととことんやりたい」と、うめくような渇きが心の奥にある。
それは真也の意見に賛成していて――軽音部の二人に対して、もっとちゃんとやれと言いたい気持ちがそこに渦巻いていた。
「ま、いいか。滝田、もう一回やろ、もう一回!」
「あ、ああ……」
紘斗に言われ、戸惑いながらも聡司は再びドラムを叩きだした。
そう思うのは、やはり自分が吹奏楽部の人間だからなのか。でも、あっちだってすごく窮屈で――自分が本当はなにをやりたいのか、わからなくなってくる。
吹奏楽部と。軽音部と。ふたつのドラムの間で、聡司は揺れ動いていた。
 




