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はじめてのスタジオ

 音楽室以外の練習場には、初めて来た。


 滝田聡司(たきたさとし)は、軽音部の部員に指定された練習場に来ていた。

 町中にある防音のスタジオだ。スタジオというものが初めてだった聡司は、入り口できょろきょろと周りを見渡した。ガレージのようながっちりした木造プレハブというか、爆音を鳴らしても大丈夫そうな建物だ。


 そして、バンドメンバーはまだ誰も来ていない。先に入っていようかと思って建物を覗き込むと、なんだか太ったオヤジがジロリとこちらを見てきた。怖かったのでやめることにした。おとなしく外で待つ。


「お待たせー!」


 しばらくして、軽音部のギター担当、結城紘斗(ゆうきひろと)がやってきた。物静かなベース担当の石岡徹(いしおかとおる)も一緒にいる。キーボードの優等生は塾だという話だったので、今日は三人での練習だ。

 と、それよりも。

 手を振りながら寄ってくる紘斗を見て、正確には彼が背負っているものを見て、聡司は戦慄と感動を覚えた。


「か……かっこいい……!!」


 ギターだ。黒い布のケースに包まれたそれは、いかにも「バンドやってます!」という雰囲気を出していて、背負ってるだけでかっこよく見えた。

 対して聡司が持っているのは、ドラムのスティックだ。普通にカバンに収まってしまうので、見た目では絶対にバンドやっているなんて思われない。よくわからないけど意味もなく負けた気がする。いや、別にドラムをやめてギターをやりたいわけではないけれど!


「こ、こういうときだけ、なんにもできないけどギター背負ってみたい……! いいなあ! いいなあ! かっこいいなあ!」

「え、そう?」


 照れ笑いをしながら紘斗がスタジオに入っていく。徹は相変わらず無言だ。

 受付の太ったオヤジが、紘斗の顔を見て無言で部屋の鍵を開けに行く。そのいかにも「こなれてます」といった感じが、よりいっそう聡司のテンションを上げた。ワクワクしながら、部屋に入る。


 床は絨毯、壁は防音仕様になっていた。音楽室の穴の開いた白い板張りではなく、ざらざらした木の壁。どんと置かれた黒いアンプと、それ以上に存在感のある――オレンジと銀色に輝く、ドラム。


「うわー!! マジかっけー!!」

「あはは。そんなに?」


 目を輝かせる聡司に、紘斗が笑って言った。徹は黙々と、自分の楽器を出している。

 三人入るとかなり狭く感じる部屋だったが、今はその狭さすらかっこよく感じられた。


 紘斗が自分の楽器をセッティングし出したので、聡司もドラムの方へ向かう。吹奏楽部のドラムとなにが違うのかと思ったら、まず色だ。あちらは黒。これはオレンジ。ぱっと見で明るさを感じたのはたぶん、このせいだ。

 座って試しに叩いてみた。それを元に角度や高さをやりやすいように調節する。今は後輩のちびっこに気を遣わなくていいのだ。自分のやりやすいように、のびのびと叩ける位置を探す。

 皮の張り具合も少し違う。乾いて硬い感じがする。というか音楽室のドラムが緩くなっているのだ。あれはもう少し張ったほうがいい。


 今まで少しずつ不満だったものが、ここにきて全部解消されそうだった。久々に自由を感じる。こんな感じであのジャズドラムも叩ければいい。まあ、未だにどうやるのかよくわからないのだが。


 紘斗と徹の準備ができたようだ。ゴン、と管楽器とはまた違った電子音がアンプから飛び出す。


「初めてのセッションだねー。まあとりあえず、やってみよっか」

「うむ」

「了解!」


 紘斗のセリフに、徹と聡司が返事をした。合図を出してくれと言われ、スティックでビートを刻む。


 途端、暴力的なほどの音量が部屋に吹き荒れた。


「――ッ!?」


 いつもの調子で叩いていた聡司は、それに自分の音がかき消されるのを感じた。

 マジか。なんだこの音量。いつもは管楽器全体をリードできるほどの音量を誇るドラムの音が――埋もれる。


 そういえば、トランペットの同い年が言っていた。「すっごいうるさい」。確かにこれは、耳がおかしくなりそうで、でも――


「――上等だ、やってやらあッ!!」


 叫ぶ。むしろその状況に、眠っていたものが叩き起こされるのを感じた。

 本気でぶっ叩いても、誰にも文句は言われない。なにも気にせず臆せず、叩きたいだけやり散らかせる。

 「すっごいうるさい」。知るかそんなの。だったらてめえも、このぐらい吹いてみろ。ガンガン鼓膜を震わすこの電子音、ぶっ潰せるくらい思いっきりやってみやがれ!!


 衝動のままに叩き続けていたら、いつの間にか笑っていることに気づいた。楽しい。思いっきりやれるってこんなにおかしくなりそうなほど楽しいことだったんだ――!


 瞳孔が開くのを感じる。貪るように叩きながら嵐の中に突っ込んでいく。


 後に「キモい」と呼ばれるようになる滝田聡司の、これが覚醒した瞬間だった。

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