イケメンに告白されたけどゴメン無理
※このお話はarcadia様にも投稿しています。
「ずっと前から好きでした!」
秋も深まり涼しく過ごしやすくなってきた今日この頃。暑いのが苦手なわたくしこと古雅リョウはごきげんで登校したのだが、校門で待ち伏せていた不審者――もとい男子生徒に突然肩を掴まれ絶叫された。
「……」
その手を離せと言いたい所だが、相手を見てヤバイと判断し口をつぐむ。
「……彩月先輩」
彩月マサト。うちの高校の三年で、成績は常にトップを維持し、テニスの全国大会で優勝し、生徒会長は面倒臭いから幼馴染に押し付けた、おまえ居る世界間違えてるだろと言いたくなる様なパーフェクト高校生である。
これで実家が金持ちなら笑うしかないが、父親は国会議員で母親は女優らしい。聞いたときはもちろん爆笑した。というか笑うしかない。
「……で、これは何かの罰ゲームですか?」
とりあえず現状確認。
正面から肩を掴み鬼気迫る顔で愛を叫ぶ先輩。
その背後にこれまた鬼のような顔で睨んでくる女子生徒と一部男子生徒。
そして周囲を囲み面白そうにこちらを見ているその他大勢。
その他大勢って良いよね。何かあっても責任とか無いもんね。
いつもなら自分もその他大勢に含まれるんだけど、いざ渦中に居るとムカつくねその他大勢。
「冗談じゃ無いんだ!」
「なお悪いです」
どうすんだこの状況。だれがこの場を治めるんだ。
この場で断わっても挫折を知らない先輩の事だ、延々と食い下がるに違いない。
うわ面倒臭い。
「ま、マサト。冗談よね?」
周りを囲んでいた生徒の中から、一人の女子生徒が出てくる。彩月先輩の幼馴染にして今どき希少な日本美人な生徒会長――九重アオイ先輩が、恐る恐ると言う。
彩月先輩はともかく、アオイ先輩とは委員会の用事で結構話したり親しくしてもらっているのだが、こんな動揺した姿は見たことない。いや、動揺しない方がおかしいシチュエーションだけども。
「だから冗談じゃ無いって」
しかし悲しいかな。あっさりとその言葉は否定された。
いや冗談じゃなきゃ何なの? 彩月先輩が自分を好きってありえないでしょ。
「嘘でしょ……だって、だってその子は……」
うんアオイ先輩も信じられないらしい。そりゃ信じられないだろう。なんせ自分は……。
「……その子は男の子じゃない!?」
はいそうです。俺は男だし間違っても女の子では無いし、ましてや今どき流行りの男の娘でもない。
見た目はまあ女顔だが、髪は短いし体格も普通だし、女に間違われる事なんてまず無い。
故に先輩が俺を女だと勘違いした可能性は無いわけだが……。
「男の子だから良いんじゃないか!」
「よし、とりあえず離せホモ」
ぎりぎりと肩を掴む力を強めるホ……先輩に言い放つ。
普段は年上はもちろん親しくない相手には敬語がデフォルトなのだが、今この場で自分を取り繕う余裕は無い。むしろ生理的嫌悪に任せて先輩を殴らなかった俺を褒めろ。
「嫌だ、もう離さない。この愛は真実だ!」
「そんな真実ドブに捨てちまえ!?」
抱きつこうとする彩月先輩――もといホモを全力で蹴る。しかし相手は体格に恵まれスポーツも万能な年上の男子だ。
あっさりと蹴り足をおさえられ、恋人のようにかき抱かれた。
「ぎゃあああ!?」
『きゃあああ!?』
俺の野太い悲鳴は女子生徒の黄色い悲鳴にかき消された。
女子生徒に大人気な彩月先輩が男に抱きついたのだ。そりゃ悲鳴も上がるだろう。
一部目を輝かせているような気もするが、そんな貴腐人に構っている暇は無い。
「ちょッアンタ彩月先輩から離れなさいよ!?」
「おまえの目玉はタピオカか!?」
先輩の背後に居た取り巻きが叫ぶのに叫び返す。
俺は全力で抵抗してるのが目に入らんのか。うわあ撫でんなこのホモ。鳥肌がたつ!?
「ああ……どんなに抵抗しても知ってるんだよ」
「何を!?」
「僕は嫌になったんだ。女子はみんな身勝手で、僕をどう捕らえるかばかり考えて、全然優しくない」
「聞けよ!? あと尻を撫でるな!?」
ようは女子に人気がありすぎて、女子が鬱陶しくなり、仕舞いに同性愛に走ったらしい。
……どうでもいいわ!?
「俺はノーマルだ!?」
「嘘だ! 僕は見たんだ。月末の日曜日。内宮のショッピングモールで!」
月末のショッピングモール……?
「ま、まさか」
ヤバイ。知られてはならない秘密を知られた可能性が高い。
もう先輩がホモだとかそんな事どうでもいい。その秘密を暴露されたら俺は転校するしかなくなる。
「君が女装して愉しそうに買い物をしているのを!」
「あっさり暴露すんな!?」
もう嫌だこいつ。仮にも俺を好きなら、学校で孤立しないようにとか配慮しろよ!?
……むしろ孤立させて自分を頼るように仕向けるつもりか?
うわ、こいつならありそうだ。
「え……女装?」
「古雅くんが?」
案の定騒ぎ出す生徒達。戸惑いと軽蔑の視線が痛いです。
うんそうだよね。俺も知り合いが特殊な趣味持ってたらそうなるわ。
でも自分がその中心になるとは思わなかった!
「可愛かった。その辺りの勘違いした女子よりも女の子らしかった」
可愛いかどうかは置いといて、女の子らしいのはそりゃそうだろう。
女装というのは、単に女の格好をすればいいものでは無く、歩き方から何気ない仕種まで「女性」らしさを出さないとむしろ滑稽になる。
その辺りは歌舞伎の女形を参考にして欲しい。流石伝統芸能。俺のような趣味と並べるのは失礼かもしれないが、その技は大いに身になる。
「最初は見間違いかと思ったけど、何度見てもアオイとよく一緒に居る男子生徒だったから」
アオイ先輩と親しくしていたのがアダに!?
くそう。顔を知られて無ければ女装した男だと特定されなかったのに。
「君が同性愛者でも僕は気にしない。むしろ歓迎だ!」
「……待て」
自分でもビックリするくらい低い声が出た。
そばで見ていたアオイ先輩が驚いて目を見開き、周囲の生徒が静まり返り、彩月先輩が一時停止した。
「……俺は同性愛者じゃ無い」
「え……? でも女装して……」
「女装してたら同性愛者ぁ!? 同性愛者に失礼だと思え!?」
「はい!?」
キレた。透き通る青空に響き渡るほど清清しくキレた。
これだからにわかは。どうせホモとオカマとニューハーフの違いも分からないくせに!
「俺は確かに女装趣味の服装倒錯者だがな、異性装者イコール性同一性障害じゃねえんだよ!?」
「え……?」
俺から離れ、わけがわからないとばかりに見下ろしてくる彩月先輩。
実際女装趣味な人間の多くは性嗜好は普通だったりする。傍から見ると可笑しな話かもしれないが、俺や彼らは女装を楽しんではいるが、普通に女の子が好きなのだ。
じゃあ何で女装をと言えば人それぞれだが、単にファッションだったり、女の子が好き過ぎて自分も女の子になりたい願望があったりと様々。
中には自分も女になって女の子とイチャイチャしたいという、中身女でレズという一周回って表面ノーマルな人間も居る。人の心はいと複雑なり。
「俺は、普通に、女の子が好き。OK?」
「え……? オカマじゃ」
「ねえよ!?」
ちなみにオカマは女の格好をしている上に男が好きな人たち。要するに中身まで女な人たちだ。俺には当てはまらない。
「マサト……残念だわ」
アオイ先輩が本当に残念そう、というか残念なモノを見る目で言う。
うん確かに残念だ。校内一のイケメンがホモに走った上でふられると誰が予想しただろうか。
「アオイ……。思えば僕は君に酷い事を……だけど僕はこの子のことが……!」
「ええ……そうね」
何やら深刻そうな雰囲気を醸し出す彩月先輩に、目を伏せるアオイ先輩。
何だかんだ言って、彩月先輩の彼女最有力候補と目されていたアオイ先輩だ。周囲の生徒もすわ修羅場かとばかりに息を飲む。
「私が告白しても『うんそうだね』って流して他の女の子の誘いを断わりきれずに約束をすっぽかして人気者は辛いねといいながら私の事はおざなりで生徒会長に推薦されたけど面倒臭いって私に押し付けて多忙になった私を尻目にますます他の女の子をはべらして……」
アオイ先輩ここぞとばかりに怒涛の不満ラッシュ。
溜まってたんですね。分かります。よく委員会のついでに俺に愚痴ってたし。
「本当……惨めな気分だったわ。……だから思ったの。『男なんてもういいわ』って」
「……え?」
どっかで聞いた台詞に、彩月先輩と周囲の生徒が首をひねる。
うん彩月先輩と同じだね。ま逆に同じ結論に至るとは、流石は幼馴染か。どっちもヤバイのには変わりないけど。
「そして見つけたの。……女の子みたいな男の子を」
へーそんなやつ居るんだー。そう暢気に思っていたら、いつの間にか背後に回っていたアオイ先輩に抱きつかれた。
「……え?」
「この子は私が先に見つけたの。だからあげない」
そう言いながら、俺の顔を撫でるアオイ先輩。身長がほぼ同じなので、肩越しに話されると耳がくすぐったい。
さらにさっき彩月先輩に抱きつかれたときと違い、柔らかくて良い臭いがして身を委ねそうになる。
だがちょっと待て。何故にアオイ先輩まで俺の特殊性癖を知っている!?
「……いつから?」
「ふふ。あなたよっぽど気を抜いていたのね。私と二人きりになると、仕種や気遣いが女の子のそれなの。だからちょっと気になって後を……」
まさかのストーキング被害。まったく気付かなかったというか、アオイ先輩みたいな美人にストーキングされるのは嬉しいけど恐いです。
「本当に可愛くて……一目惚れって本当にあるんだってあの時初めて知ったわ」
うわーい、女装してたらまさかの美人さんゲットだよ。
こんな攻略ルートが在っていいのか。いや、同性愛に走りそうだったアオイ先輩を踏み止まらせたから良かったと言うべきなのか?
……惚れた相手が女装男子な時点でアウトだろ!?
「アオイ……?」
「そういうことだから。私と古雅くんの間に、あなたが入る余地は無いわ」
いや、別に俺はアオイ先輩と付き合ってるわけではないのだが。
……でも彩月先輩に付きまとわれるくらいなら、美人な生徒会長と付き合ったほうがましだよね。むしろご褒美。
「ふ……ふふ。そうだねアオイ。そうだった。後ろを付いてきているようで、僕と対等なのはいつだって君だけだった」
何やら不気味な笑みを浮かべて言う彩月先輩。
うん恐い。後ろから抱き着いてるアオイ先輩を盾にしたいくらい恐い。
何か変なスイッチ入ったよこの人!?
「いいだろう。久しぶりに勝負だアオイ。僕はいつだって君に勝ってきた」
「ふふ。勝ったつもりで大事なものを逃してきたあなたに、本当の敗北を教えてあげるわ」
俺を挟んでヒートアップする彩月先輩とアオイ先輩。
勝負も何も、俺次第でこの場でアオイ先輩の勝利で幕をひけるのだが、それを言うのは無粋なのだろうか。
彩月先輩の勝利? ねえよ。
「ふ、良いだろう。この勝負、全力でいかせてもらう」
何やらかっこよさげに決めて、颯爽と去っていく彩月先輩。
そして残された俺とアオイ先輩。ほっとしたものの、周囲の生徒の視線が相変わらず痛いことに気付く。
……そういえば女装趣味だってばらされたんだよね☆
「……もう嫌だ。おうちに帰る」
「あらあら、可哀相に。大丈夫よ。誰が何を言っても私が守ってあげるから」
精神的に凹んで幼児化する俺と、相変わらず背後から抱きついたまま頭を撫でてくるアオイ先輩。
それはとても魅力的な提案だが、ここでアオイ先輩に頼ると男として大事な何かを失う気がする。
要するに、男の矜持を守るなら、俺はアオイ先輩にも陥落する事は許されない。
「……どうしてこうなった」
アオイ先輩に抱きすくめられたまま漏れた呟きは、青い空に吸い込まれて消えた。