stage2 十一発目 [プリンセス・ティアーズ]
地下四階の終わりを告げる階段が目の前に現れる。
だが、状況は好ましいものではい。
明らかな戦力差で後ろから敵が迫ってきている。
まだ、交戦こそしてないが、時間の問題だろう。
しかも、行く先は行き止まり。
龍司に通信をしてから、およそ二時間弱。
向こうからの返信はまだない。いや、むしろこちらの情報が送れたかすら怪しい。
いまだに絶えず流されている妨害電波でこちらが再度連絡取るのは難しいだろう。
「紅葉。まだ手榴弾残ってるか?」
「後1つならあるわ」
1つか……。
1発で道をふさげれば楽だが、無理そうだな。
ここの廊下やら扉やらは妙に近代的だから。この手の手榴弾じゃあ、威力が小さすぎる。
「……奴らの目的は、私の逮捕ではないはず。何かほかの目的があるはずだわ」
「あんたが目的じゃない?」
「大和がいったいどれほどものか分からないけど、相手のフィールドかもしれない地下のさらに地下に小隊で乗り込んでくるほどアイツは愚かではないはず。もしかしたら、地下の大和が目的かもしれないわ」
「ちっ! ホントに間が悪い奴らだ」
俺たちを追ってくる奴らの足音が近づいてきた。
かなりの数の足音だな。ざっと10人弱といったところか。
「やれやれ、貧乏くじ引いちまったかもな!」
右手に握っていたSOCOMのトリガーを引く。
サイレンサーを装着しているので空気が抜けるような発砲音が4発。
畳一条ほどの床の鉄板をを撃ち抜く。
鉄板を固定しているボルトをSOCOMから飛び出した4つの弾丸が破壊する。
このタイミングで敵もこちらを発見したようだ。戸惑いもなく銃をこちらに向けてきた。
あれは、M16!
信頼性の高いアサルトライフルとは、こっちの分が悪い。
相手が引き金を引くより先に、先ほどボルトを破壊した鉄板を畳替えしの要領で一気に起こす。
そして起きあがった鉄板に力を集中させ、能力の波長そろえて左手にその全てを集める。
自分の中の時間がゆっくりと動いていく。
左手に集まった『静』の能力を瞬時に鉄板の大きさに展開する。
ほぼ同タイミングで敵のM16の銃口が煌く。
だが、僅差の差で俺の能力展開のほうが早かった。
時間を止められた鉄板の壁には、何発もの銃弾がぶち当たる。
鉄板といっても、厚さ数ミリの薄い鉄板だ。
普通なら鉄板を貫いて銃弾が襲いかかってくるだろう
だが、俺の力によって時間の止められた物体は通常の物理現象は通じない。
たとえ対戦車ミサイルをぶち込んでも壊れない無敵の鉄壁と化している。
M16の吐き出した鉛玉ごときでは破ることはできない。
「行くぞ!」
壁の効力はもって約30秒。
これほど時間があれば、余裕をもって逃げられる。
後ろも見ず全速力で階段を下っていく。
後方から、金属と金属のぶつかり合う激しい音と、硝煙の香りが漂ってくる。
「ドックに行ったらどうするんだ?」
「真正面から交戦したところで、やられるのが落ちだわ! とりあえずは、隠れて、時期をうかがうべきだわ!」
「了解!」
雛霧の提案を受け入れたほうがいいだろう。
相手は、かなりの数。救援がくる兆しがない中での戦法では、一番の得策だろう。
先ずは、相手から隠れて奇襲をねらった方が勝率がグンッと上がる。
あとは、地下5階がどうなってるか……
俺の心配は、杞憂に終わることになる。
階段を下りきると、視界は一気に広がった。
縦横、およそ500メートル近くある大きな空間が目の前に広がっていたのだ。
巨大な造船用のクレーン、兵器組み立て用の工場。
そして、この巨大な空間を圧迫するかのようにそびえる鉄の城、戦艦大和が目の前にそびえ立っていた。
「……大和!?」
大きな艦橋、見るものを威圧する、世界最大の46センチ主砲。だけを見ればまさしくその船は戦艦大和。
「おいおい、味付けされすぎてるだろ……」
俺は言葉を失った。
大和の甲板に立つ長方形をした構造物。
それは、現代のイージス艦に装備されているミサイル発射装置で間違いないはず。
それだけではない、後方甲板には対潜用の単発魚雷発射管まで取り付けられている。
「詮索は後よ! 艦内に入りましょ!」
「あ、ああ……」
ハンマーで頭を殴られたかのような、衝撃に一瞬硬直してしまった。
ここにある戦艦は、戦時中に生き残った戦艦なんかじゃない。
何者かによって近代武装をさせた恐ろしい兵器だ。
俺は頭の中が混乱するのを必死に押さえながら、急いで甲板に上がるタラップを駆け上がった。
戦艦大和を一言でいうと、とにかくでかい。
全長、263メートルは伊達ではない。
艦橋はビルかと思うほど高く、その艦橋の頂上には、やはり近代的なレーダーが取り付けられている。
「蒲原! コッチよ!」
俺は、紅葉の呼ぶ声を頼りに艦橋の中に入っていく。
「エレベータ完備か。流石大和だな」
大和の艦橋内にエレベーターがあるのは近代化のおかげではない。
大和が造られた第二次世界大戦当時から、艦橋内に設置されている。
「これほど巨大なら、エレベーターも必要よね……」
「確かにな。さて、これからどうする? 雛霧さんよ」
「そうね。艦橋から、まずは下甲板まで下りましょ。もしかした、武器の1つやふたぐらいあるかもしれないから」
「同感だ。人数が少ないんだから、せめていい装備が欲しい」
「……相手は、今のところ15人みたいね」
気を集中させて外の様子を見ている紅葉。
早くも、敵はこのドックに侵入してきたらしい。
SAAFに入ってから、それなりの死線はくぐりぬけている。
だが、今季の事件は今まで以上にきつい事件になりそうだ。
さっきの戦闘からして、ヤツラは俺たちを生かしておくつもりは無いらしい。
しかも、相手はプロ。この時点で、すでに勝ち目は薄い。
全く、過激で厄介な奴らだ。
「ボスが現れたみたいよ……」
紅葉がそう呟く。俺と雛霧は押し黙り、紅葉の言葉に耳を傾ける。
「何か命令しているわね。えっと、『お前たちは雛霧を探せ。お前たちは、プリンセス・ティアーズを探せ!』……」
プリンセス・ティアーズ(皇女の涙)……。
どっかで聞いたことがある気がするが、思い出せない。
「まさか……」
蒼白な顔で空中を見る雛霧。
「知ってるのか? プリンセス・ティアーズを」
「ええ。でもなんであんな物がこんな地下に!」
「蒲原。ここじゃマズイから、いったん下に下りるわよ」
「そうだな。それでいいか?」
「そうね。そうしましょ……」
未だ動揺隠せずといった感じにうなずく雛霧。
敵が大和に上がってくる前に、下に続く階段を、足音を殺して下っていく。
最下甲板まで降りた俺たちは、資料室で見つけた、大和の艦内図を元に兵員室に来ていた。
「ここには目ぼしそうな武器は無さそうだな……」
大和の艦内に素人が何も持たずに入ると、必ずといっていいほど迷ってしまうほど構造が複雑だ。
「しばらくはここで大丈夫だろう。で、プリンセス。ティアーズってなんなんだ?」
「プリンセス・ティアーズ。またの名を、高濃度能力晶体。
一般に出回ることなんて、絶対に無い宝石みたいなものよ。透き通った青色の結晶で、この結晶体には能力者と同じ能力成分が含まれているの。
問題はその濃度。最も高濃度な結晶体になれば、ピンポン玉ほどの大きさで半径10kmを一瞬にして焼け野原にしてしまうほどの代物よ」
「マジかよ……。そんなものがあったのか」
「そんな物があいつらの手に渡ったら……」
「西部強襲部隊が日本統一を視野に入れているとしたら、計り知れない兵器を西日本に譲っちまうことになるな」
コイツは、マズイことになったぞ。
「まさかだとは思うが、それで、この大和があるのか?」
「ありうるわね。 大和の46センチ主砲の最大射程距離は42km。今の技術なら、射程延長弾を使えば100kmはいくかもしれないわ」
「ミサイルも着いてんだ。それを加えれば、確実に250km圏内を有効射程距離に収められる。ふっ、これは丁度いい土産話が出来るじゃねぇか」
絶望的ともいえる状況で、分かってきた恐ろしい事実。
だが、湧き上がってくるのは絶望ではなかった。なぜだか分からないが、ふつふつとやる気がこみ上げてくる。
「相手がそのつもりなら、コッチだってひと暴れさせてもらうだけさ
「そうね。やってやりましょ」
俺と紅葉は互いに見合って頷く。
相手が強ければ強いほど、燃えるのが、俺と紅葉のタッグだ。
必ずこの事件を解決させて見せる!!
ここから俺たちの反撃が始まったのだ……。