野原家の話
2026年9月27日
しんのすけのいない野原家 パート1
「あら、あなた今日は休み?」
みさえがお風呂掃除を終えて居間にやってくるとテーブルの向こうで寝転ぶひろしの姿が見えた。朝、スーツを着て会社に出かけたと思っていた。少し不思議に思いながらみさえは声をかけた。
「おお、み・さ・え!そうなんだよ!俺すっかり勘違いしてたんだよぉ。有給取ってたんだわ!」
ひろしのあっけらかんとした声と表情にみさえは肩の力が抜けた。ひろしは久しぶりの家族での日曜日以外の休日を過ごそうと前々から有給を取っていた。取ったはいいがひろしは日々の忙しさにすっかりそのことを忘れて、家族で過ごす予定を立てるのを忘れていた。
「そんなことだったら、しんちゃん幼稚園に連れていかなかったのに」
朝の一悶着にみさえはますますため息をついた。
「まあいいじゃん。どうせなら二人で一緒に過ごそうぜ」
ひまわりはすやすやと寝室で寝ている。
「はぁ…まあいっか。お菓子と飲み物取ってくる」
そういうとみさえはポテトチップスとお茶をもって居間にやってきた。もうすっかり付き合い始めのころとは違って気の抜けた間柄になったと思う。
「はい。どうせならアルバム見ない?写真の整理もしなきゃなんだわさ」
みさえはしまっていない写真とアルバムをひろしの前に持ってきた。ひろしはお皿に入れられたポテチを食べながら表紙をめくる。そこにはまるまる1ページが1枚の写真になっていた。その1枚の写真が自分の親父だったことに噴き出した。
「おいおいやめてくれよ。なんで一枚目がうちのじーさんの写真なんだよ」
「えぇ?あらー!うっそぉ!ああ、お義父さんのしわさね。私だってこのお父さんをアルバムの頭に持ってくるなんてしないわ」
みさえはあきれつつ、このお義父さんがやったことを変えるのもめんどくさいので放っておこうと思った。
ひろしは次のページをめくった。そこも1枚の写真だけで、みさえのお父さんの写真だった。これは戦争のあとだと悟った。
「やめだやめ。どいつもこいつも諍い(いさかい)ばかり」
ひろしはアルバムを閉じるとテレビをつけた。
時刻は昼前の11時。そろそろお昼ごはんも悪くない。
「このあとどうする?どっか飯食いに行くか?」
「あー、さっきひまわりが寝たばっかなのよ。起こして連れていくのもしんどい」
「そっか。じゃあ何か出前でも取るか。なにがあるかな~?」
ひろしは電話帳を広げた。
「お、蕎麦があるから蕎麦にしねぇ?俺ここの蕎麦初めてだから、ちょっとどんなんか知りてーし」
「ええ?この辺に蕎麦なんてあった?」
「まあなんか新しくできたとこじゃね?」
そういい、ひろしは電話でにしん蕎麦をふたつ注文した。
「いやー、久しぶりにだらだらした昼を過ごしてるなー」
みさえは台所に行くと揚げ物の準備をし始める。
「あなた、もしひまが起きたら見ててくんない?ちょっと軽く揚げ物作るから」
そういって蕎麦屋が来るまでの間、みさえはエビフライ、かき揚げ、それと揚げるだけのからあげを揚げて準備した。
しばらくすると玄関先に蕎麦屋がやってきた。ひろしが対応して居間にどんぶりをふたつ持ってくる。みさえも居間に揚げたての天ぷらとタルタルソースを持ってきていた。
「天つゆをいま作ってるから、先に食べてて待ってて」
「いやぁ、いいよぉ。2、3分だろ?待ってるって。エビフライつまみながら」
「いや、待ってねーから。食ってるから」
「まあ細かいこと気にするなよ♪」
みさえは作ったばかりのあたたかい天つゆをふたつ、居間に持ってくると席につき、ふたりでいただきますをした。
「いやー、揚げたての天ぷら久しぶりだなぁ」
「えー?どっかお昼食べてんじゃないのー?」
「いやいや、後輩と食べに行くと天ぷらの店より定食屋なんだよ。若い奴はボリュームある所好きだからさ」
「ふーん」
ふたりはしゃべりながらお昼ご飯を完食した。
「いやー、悪くねぇな、あの蕎麦屋。これは印つけとこ。今度しんのすけも連れて食いに行こうぜ」
「まぁね。大人しく席について食べてくれたらいいんだけど」
みさえは蕎麦屋のどんぶりを台所で洗うと玄関先にそのどんぶりを置いた。居間に戻るとひろしがテレビを観ながらウトウトしているのが見える。
「やだ、お昼寝?」
「わりぃ、腹いっぱいでちょっち眠くなってきちまった」
「いいわよ、普段仕事してる時間帯だから眠くなったんじゃない?」
「ははは。俺そんな仕事に縛られ…いや、寝てねーし!働いてるから!」
みさえはお腹が空いてぐずりだしたひまわりにミルクとおしめを持って寝室に向かった。
「はーい、ひまちゃーん。ミルクですよ~」
みさえのひまわりとのやりとりを聞きながら、ひろしは眠気にあらがえずに眠ってしまった。
夢の中でひろしは花畑でスキップしていた。白い花が一面にある。
「うわーい!やっほー!たーのしー!」
ひろしが思いのままに花畑をスキップしていると、目の前に白いクマが現れた。白いクマは看板を持っている。その看板には「あなたしかいない」と書かれている。
「おーい、クマさーん!一緒に遊ばないかー?」
笑顔のひろしはその看板の文字すら読まなかった。白いクマは楽しそうに自分に語りかけるひろしに、持っていた看板で思いきりひろしの頭を殴った。衝撃でひろしは目を覚ました。
「んはっ!なんだ?なにがあった?」
夢の内容を忘れたひろしは、ただただ衝撃で目を覚ましてびっくりしている。
「どうしたの大声出して」
ひろしの騒がしさにみさえがひまわりを抱きかかえながらやってきた。
「いや…なんか楽しい夢を見てた気がするんだけど、やたらすごい衝撃があったんだよ。飛び起きちまった」
「そんなところで寝てるからね」
みさえはひろしの向かいに腰かけると、ひまわりを寝かしつけるために背中をポンポンとたたく。
「は~。やべぇ夢だったのかなぁ…」
頭をかいてひろしはトイレに行くために席を立った。時刻はもう14時になっていた。
「あら、そろそろしんちゃんが帰ってくる時間だわ」
そういうやすぐに玄関先に人の声がしてきた。
「え、もう?ちょっとあなたー?玄関に人が来てるみたいだから出てくんなーい?」
「へぇ?へいへい」
トイレからもどったひろしはそのまま玄関に出てドアを開けた。そこにはお隣のおばさいんがいた。
「あら?あらやだ野原さん。今日はおやすみ?」
「はぁ、そうなんですよ。今日有給取ってたの忘れてたんです」
「あら~そうなの?これ、夕べ来てた親戚が置いていったお土産なの。よかったら食べてちょうだい」
「あ、ありがとうございます」
隣のおばさんから草加せんべいをもらったひろしは軽く礼を言うと居間に戻ってくる。
外でお隣のおばさんがつぶやく
「野原さん…こんな時間から家に居るなんてねぇ…本当に有給かしら…」
居間に戻ってきたひろしは首をこきこきと鳴らした。
「イテテ、寝違えたかなぁ。ちょっと首が痛い」
「もう歳ねぇ。ちょっとしたお昼寝で首寝違えるなんて」
他愛もない会話ののち、ふたば幼稚園のバスがやってきてしんのすけが帰ってきた。




