REMAKE
今まで投稿してあった1話~27話までを1話にまとめました。
多少の変更、書き加え、削除をしました。
より楽しんで貰えたら、なによりです。
スポーツの人気は野球やサッカーからバスケットボールへと移った。
日本のプロバスケットリーグであるGリーグには全国で30チームが属し、3つのGRADE(GRADE1=G1・GRADE2=G2・GRADE3=G3)に分かれ、毎年、激しいリーグ戦が繰り広げられている。
1チームの全選手登録人数の上限は8名、そのうち外国人選手に関しては登録上限が1チームで2名まで、コートに立てるのは1名と規定されている。
1ピリオドは10分、4ピリオドを行い、タイムアウトは1・2ピリオド、3・4ピリオドで各1回まで、4ピリオド終了時に得点が多い方が勝利とされている。
シーズンは4月に開幕し、12月の終わりにリーグの最終戦が組まれ、9か月間で全72試合(ホーム・アウェイで各4試合)を消化する。
G1の下位2チームとG2の上位2チームは入れ替え、G2の下位2チームとG3の上位2チームは入れ替えとなり、G2の最下位チームはGリーグから除名され、抜けた1チーム分にはアマチュアで1位となったチームが参入する。
この厳しくも夢があるプロバスケット界に1人の若きヘッドコーチが足を踏み入れた……。
2010年2月某日、沖縄県内にある琉球シーサーズのクラブハウスに記者20名、テレビカメラも5台が集まっていた。
「それではGRADE2、琉球シーサーズ、2010年シーズンのヘッドコーチ就任会見を始めさせて頂きます。早速ですが、大月若丸ヘッドコーチに登場していただきます。それではどうぞ」
司会者の言葉を受け、取材陣のレンズの全てが大月が入ってくるドアに向けられた。
この日まで取材陣に与えられた情報は伝統ある琉球シーサーズに新ヘッドコーチが就任すると言うことだけで、その素性については一切明かされることはなかった。
ガチャ
ドアが開き、大月が部屋に入ると無数のフラッシュが彼を包み込んだ。
会見用の椅子に座る前に頭を深く下げた大月により一層のフラッシュがたかれる。
「初めまして、今年より琉球シーサーズのヘッドコーチを務めさせていただく、大月若丸です。宜しくお願いします」
身長は180センチほどの黒髪短髪、顎の下には髭を生やし、シーサーズのチームカラーであるオレンジのネクタイにスーツ姿で大月は登場した。
「それでは、大月ヘッドに質問のある方は挙手して頂いて、私のほうから指名させて頂きます」」
数名の記者が手を挙げ、そのうちの1人が指名され、会社名と名前を言った後に質問に入った。
「年齢と大月ヘッドコーチの今までの経歴を出来る限り教えて頂きたいのですが」
「私は今年で35歳、昨年まではアメリカのとある大学でアシスタントコーチをしていました」
一部の取材陣は一斉にインターネットなどの方法を駆使して、大月の詳しい素性を調べだす。
「シーサーズというチームに持っているイメージは教えてください」
「今から10年前、Gリーグが開幕した2000年シーズンに初代優勝チームとなったのがシーサーズでした。Gリーグ自体の歴史は浅いですが、シーサーズはその中でも歴史のあるチームというイメージを持っています」
質問者は大月の答えに小さく頷くと自らのノートを見て、次の質問をした。
「優勝した2000年シーズンから5年後に降格し、さらに3年後にはG3にまで落ち、現在はG3と長らく低迷しているシーサーズのヘッドコーチになるにあたって、意気込みをお聞かせください」
「10年前のように強いシーサーズを復活させたいと思っています。今はまだG3ですが、G1での優勝を目標にしたいと思います」
その後もいくつかの質問がされ、大月は淡々と答え、会見は終わった。
記者会見の翌日、大月は沖縄県内にある琉球シーサーズのホームコートに居た。
内装も外装もチームカラーのオレンジをモチーフにしたスタイリッシュな作りで、シーサードームと呼ばれている。
シーサードームの注目はドーム内に置かれている大きなオレンジの2体のシーサーで、そのシーサーの間には2000年シーズンの優勝トロフィーが飾られている。
1万人収容可能ドームにはGリーグ開幕当初こそ満員近くまで入っていたが、チームの低迷に伴い観客数も減少し、昨年は開幕戦ですら半分ほどしか埋まらなかった。
大月がシーサードームに居たのはほかでもなく、4月のシーズン開幕に向け、チームが始動のためだった。
「今年からシーサーズを指揮することになった大月だ。私は1からシーサーズを作り直そうと思っている、それにもここにいる10名全員の力が必要だ。1年間、頑張ろう」
選手達は大月の方を見ながら頷いた。
「そしてキャプテンだが、去年同様、柚垣に任せる。頼んだぞ」
「はい」
柚垣朝陽。SF。背番号7。185センチ。25歳。
北海道出身で容姿も良く、金髪で前髪を立てる髪型をしている。
高校を卒業した7年前にシーサーズに入団し、経験を積んで今はチームの中心として活躍をしている。
一昨年よりキャプテンに指名されているがチームの成績は振るわず、昨年はG3で最下位争いを繰り広げた。
ミドルシュートの成功率の高さが持ち味である。
選手達が拍手をする中、1人だけ両手を後ろで組み、下を向いている者が居た。ロメロである。
ロメロ・バトラー。C。背番号35。205センチ。32歳。
出身はアメリカのカンザス州から来日、黒い肌と坊主頭に大柄の体格は迫力満点。
去年よりアメリカからシーサーズに加入、10部に分かれているアメリカの3部で優勝した経験を持つ。
アメリカ時代から、自分勝手なプレーが目立ち、チームから孤立することがあった。
シーサーズでプレーし始めてから一層、個人プレーが目立ち、昨年のシーズン後半戦ではキャプテンの柚垣と激しくぶつかっていたが、G1でも通用する実力を持っている。
彼が見せるパワープレーにはシーサーズのファンのみならず、他チームのファンをも魅了する。
力強く、強引なインサイドプレーは相手の脅威となるものの、オフェンスファールを取られることも少なくない。
そんなロメロの様子を気付いていながら、大月はあえてそれには触れなかった。
「次は今年からシーサーズに加入した凧家、自己紹介しろ」
「はい。凧家一輝です。今年から宜しくお願いします」
凧家一輝。PG。背番号20。178センチ。18歳。
今年のドラフトで指名されたルーキーはスポーツ刈りで、まだあどけなさが残るどこにでもいる栃木の高校生。
高校時代は2年生ながらレギュラーとして出場した全国大会ベスト8になるも、キャプテンとして挑んだ三年時は県大会ベスト4に終わった。
これと言った特徴はないが、どんな試合でも淡々とPGというポジションをこなせる力を持っている。
凧家の自己紹介にはロメロも含め、全員が拍手をした。
「では、早速練習を始めよう。ランニングだ」
大月の指示に柚垣はすぐさま反応し、声を出しながらランニングで先頭を走る、その後ろに選手は続き、最後尾に凧家を走り、さらに後ろをロメロが集団から外れるように走る。
こうして、2010年の琉球シーサーズは始動した。
2月中の練習は体作りなどの基礎が中心となった。
最初は大月と選手達の間になんとなく距離があったものの、日が経つにつれて会話が増え、コミュニケーションも増えるようになった。
「柚さん、痛いです!」
キャプテンの柚垣は練習中、積極的に凧家とコミュニケーションを図った甲斐もあって、凧家はあっという間にチームに馴染んだ。
チーム内からも柚垣は年下から<柚さん>、年上からは<柚>の愛称で親しまれていたが、ロメロと会話することはただの1度もなかった。
ロメロは黙々とその日に課せられたメニューをこなすとチームメイトなど見向きもせずに家路に就いた。
2月になるとボールを使った練習が始まり、下旬には開幕に向け、試合が組まれた。
地元のアマチュアチームとの練習試合、スタメンには柚垣とロメロの両者の名前があった。
「勝って当たり前の試合だ。内容を大切にしよう」
そう言って、大月は選手を送り出した。
実力で勝るシーサーズは着実に点を積み重ねていく。
柚垣が落ち着いてミドルシュートを沈めれば、ロメロは体格を生かし、インサイドで精力的にリバウンドを取ると、そのままゴール下のシュートを確実に決めた。
だが、試合中にこの2人の間でパス交換は数えるほどしか行われなかった。
前半を【49対21】で折り返すと後半には凧家などベンチに居た選手を投入した。
凧家を中心に素早いボール回しが展開され、柚垣とロメロの2人は凧家からのパスでシュートチャンスが増えた。
多くのアシストと落ち着いたゲームコントロールで後半は全てコートに立った凧家はこの試合で、チームメイトから信頼を得た。
最終的なスコアは【112対50】で試合を終えた。
試合終了後のロッカールームでミーティングが行われた。
「実力差があるとはいえ、理想通りの試合が出来たことは評価できる。この調子で開幕を迎えよう」
大月はポジティブな表現で今日の試合の感想を述べが決して、内容は満足していなかった。
しかし、あえて大月は柚垣とロメロに試合について言及することなく、開幕までの日々を消化していった。
琉球シーサーズはシーサードームで開幕戦を迎えた。
対戦相手は昨年、アマチュアでナンバー1になり、今季よりGリーグに新加入した小樽ユニコーンズだった。
ユニコーンズには長尾と平馬というキープレイヤーは2人いる。
長尾大地。C。背番号54。189センチ。28歳。
キャプテンでC、坊主の長尾大地は身長189センチと決して大柄ではないが気持ちの強さでチームを引っ張る。
外見通りの地味なプレーが多いが、コートに立っている時間は常にリバウンドに参加し、チームに貢献する。
平馬新一郎。SG。背番号11。183センチ。26歳。
長い黒髪をヘアバンドで止めている、SGでエースの平馬新一郎は183センチと長尾と同じく大柄ではないものの、3Pを得意とする。
調子に波があるものの、調子が良いと3Pの成功率が7割以上の試合もある。
試合1時間前、各チームの選手がコート上でアップを始めると同時に観客も少しづつ入り始めた。
ベンチの椅子に座っている大月の頭の中では、すでに今日のスタメンは決まっていた。
開始時刻が近づき、アップを終えた選手達はベンチへと戻ってきた。
選手たちが大月を囲むようにして集合するとスタメンが発表された。
「PGは凧家と石井、SFは柚垣、PFに松本、Cはロメロ」
スタメンと言われた5名は、アップ用に着て居た練習着から各々が自分の背番号のが刻まれたオレンジ色のユニホームに着替えた。
「いつも通りやろう」
一通りの指示を出し終えると、大月と10名の選手達は1つの輪になり、右手の拳を中央に集めた。
「1・2・3」「よし!」
キャプテン柚垣の「1・2・3」の合図に合わせて、全員が「よし!」と声を出した。
10年間続く、シーサーズの試合前の儀式である。
この声を聞いて選手達自身は気持ちを高め、ファンもテンションを上げるのだった。
開幕戦だけあって、派手な演出の中、ヘッドコーチの大月を始め、スタメンの5名とベンチの5名の名前がアナウンスされた。
会場のファンの割合は8対2でシーサーズが多く、ほぼオレンジ一色といった感じだった。
ユニコーンズのメンバー達の名前もアナウンスされ、会場から自然に沸き上がる拍手と共に両チームのスタメンの10名がコートに立った。
相手のスタメンは長尾や平馬など予想通りの5人で、ジャンプボールはロメロと長尾の勝負となった。
会場のボルテージが最高潮になる中、審判の手からボールが上げられた。
ボールが頂点に達した瞬間、ロメロが力強くボールをはじき、そのボールは凧家の手に収まった。
それと同時に大音量の沖縄民謡が会場に流れ、シーサーズのファンはその音に合わせ応援を始めた。
ポン!
凧家の手に収まったボールは背後から迫ってきた相手ガードに弾かれた。
転がっているボールを拾った相手ガードはすぐさまノーマークの平馬の元にパスした。
得意の3Pラインで待ち構えていた平馬はボールを受けると迷いなくシュートを放った。
スパッ!
平馬から放たれた3Pシュートはリングに吸い込まれた。
1本目のシュートを決めた平馬は小さくガッツポーズをした。
「平馬!」
ディフェンスに戻ろうとした平馬を呼んだのはボールを持った相手ガードだった。
すぐさまさっきと同じポジションに戻り、ガードからパスを受けた平馬はもう1度、3Pショートを放つ。
スパッ!
2本連続の3Pが決まり、会場は試合開始時とは一転して静まった。。
スティールされ、動揺していた凧家はエンドラインから味方へ不用意なパスを出し、相手ガードにカットされたのだった。
開幕戦でスタメンを勝ち取ったルーキーは冷静さを失っていた。
試合開始10秒でスコアは【0-6】となった。
今度は石井がボールを受け、落ち着いてボールを運び、柚垣へパスだす。
パスを受けた柚垣は流れの中で一瞬、フリーになったロメロを見逃さず、パスをした。
練習中から意図的にパスを出し合わなかった柚垣とロメロがここで呼吸が合うはずがなかった。
バン!
柚垣から出されたボールは、まさかパスがくるなんて思ってもいないロメロの顔面に直撃した。
転がったボールを相手が取るとパスを繋ぎ、前を走っていた平馬へと渡る。
平馬は味方のスクリーンを使い、3Pシュートのチャンスを得ると3度目の3Pを放った。
ガーン!
シュートはリングに当たり高く跳ね返った。リバウンドを奪ったのは長尾だった。
スパッ
そのまま長尾は落ち着いてゴール下のシュートを沈めた。
ビィー!
この状況を見かねた大月はタイムアウトを取った。
ベンチに帰ってきた柚垣とロメロは文句を口にこそ出さないものの、目では睨みあっていた。
「落ち着いてやろう」
大月はとくにこれと言った指示も与えず、凧家をベテランガードの大野と交代しただけでこのタイムアウトを終えた。
だがこんな小手先の変化だけで相手に行ってしまった流れを引き戻すこともできなかった。
立て直しのきかないまま前半を【31-55】で終えるとチームの雰囲気は最悪になった。
後半は防戦一方になってしまい、試合終了時には【59-110】とダブルスコアになっていた。
プロチームとは思えない有様に、ロッカールームに帰る大月、選手達へドームからは激しいブーングが浴びせられた。
ロッカールームに戻った選手達に大月は何も声をかけず、嫌な空気だけが流れた。
のちのち発表されたが、今年の開幕戦の動員客数は過去最悪の3901人だった。
開幕戦の悪い流れそのままにシーサーズは開幕から7連敗、8試合目にして今シーズン初勝利をあげるもその後も連敗が続き、5勝31敗と壊滅的な状態、前半戦をG3最下位で終えた。
柚垣とロメロの関係は改善されるどころか悪化の一途を辿り、その雰囲気はチーム全体の士気をも悪くさせた。
言うまでもなく大月への非難の声は増し、31敗目を喫した試合後はホーム試合だというのにブーイングが鳴りやまず、まだ前半戦が終わっただけなのに新聞や雑誌には【解任】の文字が躍った。
それでも大月は記者達にも選手達にも口を開くことはなかった。
前半戦と後半戦の間に2週間ある休戦期間がある。
本来、この休戦期間にはシーズン中の敵味方関係なく、オールスターやダンクコンテストなどでお祭り気分を味わうのが醍醐味である。
けれどチーム成績の悪いシーサーズからは個人でも光る成績を残した者がおらず、10名全員がチーム練習へと参加できる状態だった。
ここで大月が動いた。
選手達をシーサードームへと集めると重い空気の中、口を開いた。
「今日からキャプテンをロメロにやってもらう」
うつむき加減だった選手達が一斉に顔をあげて大月を見る。
「ロメロ、今日からお前がキャプテンだ。やってくれるな?」
アメリカで生活していた経験を持つ大月は英語でロメロに問いかけた。
「……YES」
「それでは練習を始めよう。ランニングからだ」
選手達は動揺する中、一人、また一人とランニングへと向かう。
最後まで立ち尽くす柚垣に大月は何も口にすることなく、その場を後にした。
一週目のランニングを終え、まだ立ち尽くしている柚垣に声をかけたのはロメロだった。
「ユズガキ、ランニ…」
「触るな!」
見かねたロメロが柚垣の肩に手を置いた瞬間、柚垣はその手を振り払い、ランニングへと向かった。
キャプテンに任命されたロメロは戸惑っていた。
彼は日本に来てから日本語の練習などしたことがなく、常に通訳と一緒に行動を共にしていた。
簡単な挨拶や単語は分かっても、会話はできなかった。
それでも彼は下を向かなかった。
それとは対照的に、柚垣のモチベーションは最悪だった。
数年前からシーサーズで中心的な存在。さらに今年でキャプテン3年目。
チームメイトからの信頼、ファンからの人気、今まで積み上げてきたもの全てを壊されたかのようだった。
しかもそれを破壊したのは去年からチームに加入し、自分勝手を繰り返した異国の男。
何とも言えない現状に柚垣の心は破裂寸前だった。
最初の1週間こそ、微妙な空気が流れたものの、2週間目に突入すると変化が表われた。
ロメロがつたない日本語でチームメイトに話しかけるようになり、チームメイトもジェスチャーを加えながら何とか交流を図ろうとする姿が見られた。
そんな姿をじっと見ている大月の元に柚垣がやって来た。
「トレードの締め切りは後半戦の初戦が始まる前日までですよね。俺をトレードに出して下さい。チームに必要ない人間ですから……」
「わかった。今すぐ手配しよう」
大月はあっさりと承諾し、その日から移籍市場に柚垣朝陽の名前が掲載された。
シーサーズにとって後半戦の初戦の前日であり、トレードの締め切りの日。
練習前に柚垣を呼び寄せた大月は胸から一枚の封筒を取り出した。
「これが今のお前だ」
「……えっ」
封筒の中には薄っぺらい紙が一枚あり、そこには【トレード希望チーム 0】と書かれていた。
「そんな……、1チームも俺を必要としていないなんて……うそだ……」
柚垣は紙を握りしめた。
「このままチームを去るか」
「……」
「それとも、7年間お前を応援してくれたファンが、何年も一緒にプレーしている仲間が、柚垣という選手を必要としている私が居るシーサーズに残るか。残された道は2つだ」
「……ヘッドコーチ、1つ質問していいですか」
柚垣の問いに大月は静かに頷く。
「なぜ、俺はキャプテンを代えられたんですか」
「お前はキャプテンに向いてなかった」
「どうしてですか!」
「バスケが上手ければキャプテンになれるわけではない。キャプテンは人間として優れた者でなければなれない」
「人間として優れた者?」
「人間として優れた者とは自分のプライドを捨て、自分を犠牲にし、なおかつその行為を自分の利にできる者のことだと思う。お前が今のロメロを客観的にみることが出来れば、その意味がわかるはずだ」
ここ1週間のロメロの姿は正に人間として優れた者の鏡だった。
Gリーグはアメリカでいうところの7部にあたると言われる中、3部で優勝経験を持つロメロは過去の功績やプライドを捨て、チームに溶け込もうと毎日必死になっている。
練習中は率先して声を出し、自由時間はみんなとコミュニケーションが取れるように日本語の勉強をし、時にはチームメイトにきついことを言って嫌われ役になり、損得感情抜きに動いている。
その結果、たったの2週間で一匹狼だった男が、多くの選手から信頼を獲得し、一部の選手からは尊敬されるまでとなった。
「確かにお前はプライドを捨て自己犠牲を払ってきたかもしれないが、自分の利にはできなかった。そういう意味でキャプテンには向いていなかった」
「……はい」
「それとな、私の目には柚垣が何年後にシーサーズでプレーする姿が見えない」
「どういう意味ですか?」
「私はな、お前はプレーすべき場所はシーサーズでもG1のチームでもなく、アメリカにあると思う」
「アメリカ?」
「だからお前には知っておいて欲しかったんだ。アメリカでは結果が全て、おしいとかもうちょっととかは通用しない。白か黒かでグレーはない」
「……」
「柚垣が日本にいる間に身につけることは結果を求めること。失敗しないためのプレーではなく、成功するためのプレーだ。守りじゃなく攻め、そして勝つこと。」
「……」
「もしお前がシーサーズに残れば、私はお前に今言ったことを伝えられる」
この大月の言葉を聞いた柚垣の目が一瞬にして変わった。
それと同時に柚垣の中で思い描いていた将来の自分の姿や夢も変わった。
「ヘッドコーチのこと、信じます」
柚垣は手に持っていた紙を破り捨てた。
「ユズガキ、レンシュウ、スル」
片言の日本でロメロは柚垣を迎えに来た。
「みんなユズって呼んでるから、ユズでいいよ……」
恥ずかしそうに柚垣は俯いた。
「ユズ、レンシュウ、レンシュウ。ヘッドコーチ!レンシュウ、スタート、ヤル?」
「明日から後半戦だ。気を引き締めて、練習始めよう」
この日、大月は就任してから初めてチームが一つになる瞬間を見た。
ロメロを中心に1つになったシーサーズを前半戦とはまるで違うチームになった。
練習中でもプレーごとにお互いに意図を確認しあったり、自分の意見を言うようになった。
1番の変化は何と言ってもロメロと柚垣の関係だった。
コート場で2人の力が息が合うと想像を超えるプレーが飛び出し、2人のホットラインは攻撃の核になるだろう。
キャプテンのロメロ、エースの柚垣の形ができ、積極的にチームを引っ張ってくれることで、他の選手の心持ちも楽になった。
後半戦初戦、シーサーズは小樽ユニコーンズのホームコートに乗り込んだ。
昨年、アマチュアで1位となり、今年よりプロチームになった小樽ユニコーンズはプロのレベルの高さに苦戦し、9勝27敗の7位で前半戦を終えていた。
「1・2・3」「よし!」
シーサーズの儀式とともに柚垣、ロメロを初めとするスタメン5人がコートへと向かった。
両チームともにスタメンは開幕戦と同じ10名だった。
センターサークルには開幕戦と同じくロメロと長尾が入った。
審判の手から離れたボールが頂点に達した瞬間、ロメロの手がボールを弾く。
弾かれたボールは柚垣の手に収まり、シーサーズの攻撃で試合が始まった。
一度、凧家に戻されたボールは再度、柚垣にパスされ、パスを受けた柚垣はドリブルで平馬のマークをずらすと得意の45度からのミドルシュートを放つ。
ガーン!
外れたボールは長尾が取り、すぐにガードにつなぎ、3ポイントラインで準備している平馬に渡る。
シュートモーションに入った平馬の横から凧家がシュートチェックに入る。
しかし、冷静にタイミングを外し、凧家のブロックを避けると躊躇なく3ポイントシュートを放つ。
スパッ!
今日の試合も先制点はユニコーンズに入る。
「ナイスチェックだ、凧家!」
「タコヤ、リラックス!」
開幕戦のニの前になりそうな凧家だったが、2人の頼りになる先輩の声で冷静さを取り戻す。
凧家を中心に素早いパス回しから、外でフリーになっている柚垣にわたる。
そして柚垣がパスを出したのはロメロだった。
インサイドのロメロにパスが通るとパワードリブルで長尾をゴール下まで押し込む。
持ち前の強引さでシュートに行くと長尾も負け時と強引にブロックに来る。
ドサッ! ピー!
長尾のファールに対する審判の笛と共にロメロのシュートはリングを通った。
接触で体制を崩し倒れたロメロに最初に駆け寄り、起こしたのは柚垣だった。
「アリガトウ、ユズ」
起こされたロメロはフリースローラインに向かい、松本と柚垣はリバウンドの準備に入った。
ゆっくりとしたモーションからロメロの放ったフリースローはリングに嫌われ跳ね返る。
リバウンドに反応した柚垣は空中でボールをキャッチするとタップシュートに向かう。
パチッ! ピー!
またもや長尾のファールに対する審判の笛と共に、柚垣のシュートがゴールに吸い込まれた。
今度はロメロが接触で倒れている柚垣を起こた。
「サンキュー、ロメロ」
「ナイスプレー」
そして柚垣が貰ったフリースロー1本をきっちり決めるとスコアは【5-3】となった。
逆転したことでシーサーズファンは盛り上がるも、何よりファンを驚かせたのは柚垣とロメロのコンビだった。
「前半戦まであれだけ不仲だった二人がどうしたんだ?」
観客席のあちらこちらから似たような声が聞こえた。
その後もロメロと柚垣、凧家を中心に攻守にわたり好プレーを見せた。
また、ベンチメンバーも全員出場したシーサーズはこの試合を【96-72】でものにした。
この結果は、大月はヘッドコーチに就任して以来、初の納得いく勝利となった。
それからシーサーズは柚垣とロメロのコンビを攻撃の核としてオフェンスに特化したチームとなり、G3ではリーグ2位の1試合平均得点102点を記録し、連勝を積み重ねた。
4度の3連勝、1度の4連勝・5連勝を含む25勝11敗で後半戦を終え、総合成績は30勝42敗で7位で2010シーズンを終え、アマチュアへの降格の危機から残留が決定した。
また、この年のG3の最下位は小樽ユニコーンズとなり、プロへの昇格1年で再度、アマチュアへと逆戻りになった。
クリスマスイブである12月24日、琉球シーサーズが主催し、クリスマスパーティーが開かれた。
会場には選手全員とその関係者など30名を超える人が集まっていた。
大月は妻とともに会場に到着すると早速、柚垣が女性を連れて挨拶に来た。
「ヘッドコーチ、紹介します。今、交際している彼女です」
「可愛らしい方だ、柚垣にはもったいないくらいだな」
「そんなこと言わないでくださいよ」
4人から自然と笑顔がこぼれた。
ドサッ
そんな大月のもとに小さな男の子がぶつかった。
「ヘッドコーチ、アイム、ソーリーネ」
それはロメロとそっくり似た、天然パーマの子供だった。
「ロメロさんのお子さん?可愛いわね」
大月の嫁が男の子の頭を撫でていると遠くからさらに2人の子供が走ってきた。
「あらま。みんな、ロメロさんのお子さんなの?」
「フォーチルドレン、イマ、トゥーチルドレン」
ロメロは片言の日本語で大月の嫁に話すもイマイチ伝わらず、大月に英語で事情を説明した。
どうやらロメロには4人の子供がおり、この会場には2人だけ連れてきているらしい。
そしてロメロの奥さんも登場し、挨拶を交わした。
パーティーが終わりを迎えると大月が檀上へと呼ばた。
「皆様、今日はお忙しい中、お集まり頂き、ありがとうございます。少しでも皆様に楽しんで頂ければ幸いです。来年もG2昇格を目指して頑張りますので応援宜しくお願いします」
会場は拍手に包まれ、和やかな雰囲気でパーティーは終わった。
そして2011年シーズンに向け、1月からは来年の行方を左右するであろうオフシーズンが始まる。
だが今シーズンオフで、シーサーズは動きを見せなかった。
1つは今年のドラフトが大不況、つまり良いプレイヤーが全くいなかったことがある。
もう1つは選手の入れ替えによるチームの活性化をよりも、現メンバーでの組織力、コンビネーションの向上を重視したのだった。
大月は記者のインタビューでもこう語っている。
「プロの世界では変わらないことは変わることより難しい。しかし、だからこそ収穫も多いと思っている」と。
そして昨シーズンと変わらない10名でオフシーズンを過ごした。
「明日から長いシーズンが始まる。気を引き締めていこう」
オフシーズンを良い調整で終えたシーサーズは開幕前日の練習を終えた。
2011年シーズンのシーサーズの開幕戦、相手はG2から降格してきた烏丸ボーラーズ。
昨年の後半戦の飛躍を見たシーサーズのファンが本拠地、シーサードームに多く駆け付けた。
この日、ゲームが始まってもシーサーズファンの歓声がやむことはなかった。
柚垣が33得点、ロメロが28得点、凧家が15得点、中心メンバー3人で76得点をあげた。
最終スコアは【101-77】で勝利した。
最高の形で初戦をものし、そのまま完成度を増したシーサーズの快進撃は止まらず、前半戦最後の4連戦の残し28勝4敗で1位となった。
最後の4連戦はボーラーズ同様、G2から降格してきた鎌倉パープルソード。
敵地、鎌倉歴史文化ホールに乗り込んだシーサーズだったが、声援はシーサードームでのホーム試合並みのものだった。
「頑張ってください!ロメロ!柚垣さーん!」
「サインください!」
「大月監督!大月監督ー!!」
入り口から入るのにもファンが殺到し、一苦労するほどだった。
好調のシーサーズのスタメンは変わらず、今日も同じスタメンが会場に発表された。
「1・2・3」「よし!!!!!」
最近、この伝統儀式をやると、「よし」というタイミングに合わせて、シーサーズファンも「よし」という声があがるようになっていた。
少し浮かれ気味のファンとは対照的に、選手たちは前半戦で一番、気を引き締めていた。
鎌倉の最大の持ち味は能力高いツインガードだ。
23歳で183センチの吹春鷹秋は視野が広く、パスの精度が高い。
速攻からの攻撃は彼が中心となることが多く、リバウンドからの速攻は鎌倉の1つの攻撃の形である。
身長187センチ、27歳の中滝和馬はドリブルを得意とする。
セットプレーでドリブルで切り込み、自分でシュート、またはマークのずれから味方へのアシストが持ち味。
この2人から攻撃のリズムが生まれ、守りも良くなっていく。
さらにPFでキャプテン、193センチの30歳、剱田幸太がチームをまとめる。
実力よりも人柄と統率力でキャプテンに選ばれ、チームメイトから慕われている。
これに加え、今オフ最大の補強といわれ、スペインから連れてきたルルプス・マリンが加わった。
198センチの25歳、シュート精度が高く、繊細な時もあれば、強引な時もあり、駆け引きが上手い。
だが、まだチームに溶け込め切れず、孤立する場面がある。
鎌倉は26勝6敗でシーサーズに続く2位につけている。
オープニングセレモニーが終わると、スタメンの10人がコートに集まった。
ジャンプボールはロメロとルルプスの争いになった。
頂点に達し、2人と手で弾かれたボールは柚垣と剱田の間に転がる。
柚垣と剱田の激しい接触でこぼれたボールは吹春の手に落ち着いた。
吹春はボールを取るや否や走っている中滝にパス。
誰も、走っている中滝に気付かず、あっけなくレイアップを決められ、先制点を許した。
シーサーズは石井がボールを運ぶと、石井から凧家、凧家から柚垣、柚垣からロメロ、ロメロから柚垣へと素早いパス回し。
柚垣は相手マークが自分との距離が少し広いとみると0度からジャンプシュート。
スパッ!
確実にシュートを決めた柚垣が自分のゴールの方を向きながら戻っていると隣を凄いスピードで駆け抜ける選手がいた。
ゴールを通ったボールを吹春がエンドラインから中滝に出し、得意のドリブルで攻め込んできたのだ。
シーサーズで戻っているのは凧家と石井、鎌倉は中滝と剱田、さらにSFの高地の3人がいた。
中滝が真ん中をドリブルであがる、左には高地、右には剱田がいる。
緩急をつけたドリブルから中滝は凧家を抜きにかかるも、凧家は体を寄せ、なんとか堪える。
抜けないをわかると中滝の目は右の剱田の方を向いた。
これを見た石井は剱田へのパスコースに入るも、中滝はその動きを見て、3ポイントラインでフリーで待っている高地へパス。
3ポイントラインでフリーでパスを受けた高地をチェックに行きたいものの、中では中滝と剱田がいるため、シーサーズに2人はチェックに行けない。
パスを受けるとリズムよく3ポイントシュートが放たれた。
スパッ!
鎌倉がいつものプレーでリズムを作り始める。
凧家がボールを運び柚垣へ、柚垣はインサイドで1対1になっているロメロへパスを入れる。
ロメロはマークのルルプスを背負いながら右手で取ったボールを1度、胸のあたりで両手でキープ。
3回のパワードリブルでルルプスを押し込もうとするも、ルルプスはほとんど動かない。
すると右足を軸足にしてターン、そして素早くゴール下シュート。これを決める。
続く鎌倉の攻撃。左45度の3ポイントラインあたりから中滝がインサイドのルルプスへパス。
ルルプスも右手でボールをキャッチし、パワードリブルするも、ロメロはしっかりと腰が座っていて動かない。
するとルルプスは左足を軸足にしてゴールに向け半身になる。
半身状態から左手で相手との距離をとり、右手でフックシュート。ルルプスもしっかりとシュートを決め、スコアは【4-7】となる。
一進一退の攻防が続くも、先にボロを出したのは鎌倉だった。
後半に入るととにかく、各選手とルルプスとのコンビネーションが合わない。
そこからのフラストレーションが溜まったルルプスもフックシュートなどの繊細さを忘れ、強引なプレーばかり目立つ。
強引なプレーではロメロとのインサイド勝負に勝てず、止められ始める。
シーサーズはインサイドをロメロが支配し始めると攻撃にもリズムが生まれ柚垣、凧家のシュートチャンスが増えた。
極めつけは4ピリオド、残り4分35秒でロメロのシュートを強引にブロックにいたルルプスが5ファール目を犯し退場。
これによりシーサーズは完璧に試合を支配し、【85-73】で勝利した。
2戦目は【83-87】でかろうじて鎌倉が勝利。
この試合、とにかく柚垣のシュートが決まらなかった。
それに加え、吹春と中滝がシュートにアシストにと大暴れし、剱田の献身的なプレーも目立った。
だがルルプスの調子だけは上がらずにいた。
鎌倉が調子の上がらないルルプスをベンチスタートさせた3戦目。
インサイドのロメロが大活躍し、途中からルルプスを投入するも勢い付いたロメロは手に負えず、シーサーズが3試合目をものにした。
【54-39】で前半を折り返した4戦目。
柚垣のシュートも調子を戻し、凧家らもしっかりと仕事をしていた。
そして今日のロメロは昨日からの好調が続き、前半戦で1番の出来をみせていた。
2ピリオドの開始3分すぎにはルルプスから3度目のファールを奪い、ベンチに座らせることに成功した。
剱田がロメロのマークに代わるとさらに能力を見せ付け、3ピリオドを終え34得点を奪った。
4ピリオド目の開始時、ベンチからルルプスが出てきた。
だが他のチームメイトと話すこともなく、うつむいたまま、明らかにイラついた様子でロメロのマークについた。
シーサーズボールで開始され、凧家から柚垣にボールが渡る。
柚垣は石井のスクリーンを利用して、ドリブルでハイポスト辺りまで持ち込むとジャンプシュートのモーション。
これに反応したルルプスがブロックのためにジャンプしてしまうが、柚垣はシュートフェイントであった。
飛んでくるルルプスに上手く体を当たらせつつ、少しよけながらジャンプシュート。
ドサッ!
接触によりルルプスの4回目のファール、さらにシュートが決まり、フリースローが与えられる。
このフリースローを柚垣が決め3ポイントプレーを許したルルプスは苛立ちがピークに達した。
攻撃に移り変わると、オフェンスファールぎりぎりでインサイドでポジション取り。
大声で吹春を呼びボールを要求し、パスを受けるとこれまたオフェンスファールぎりぎりパワードリブルでロメロにぶつかって行く。
しかし、これに対して体を密着させているロメロはほとんど動かない。
冷静さを失ったルルプスは故意に肘を張った状態でターン。
ガン!
ルルプスの肘がロメロの顎を捉え、鈍い音と共にロメロは倒れ込んだ。
静まり返った会場に審判のオフェンスファールが鳴り響き、ルルプスを退場を命じられ、ロッカールームへと引き返した。
顎を押さえ倒れこんでいるロメロは担架に乗せられ、病院へと直行した。
試合自体はシーサーズが制し、前半戦を31勝5敗の1位で前半戦を終えた。
試合後、病院を訪れた大月を顎を固定されたロメロが迎えた。
「ヘッドコーチ。ハントシ、ダメ、ラシイデス……」
顎を骨折し、入院を余儀なくされ、完治には半年かかると医者から言われた。
前半戦の好調を支えたキャプテンの離脱は、シーサーズにとって大きな大きな痛手となった。
後半戦、ロメロを失ったシーサーズは崩壊し始めた。
インサイドの大黒柱の欠場は主に得点とリバウンドの面で影響を及ぼした。
怪我のロメロの穴を埋めようと柚垣はエースとして頑張りを見せるも、ワンマンチームと化したシーサーズを止めることは難しいことではなかった。
実際、柚垣の平均得点は伸びたものの、それはロメロが今まで攻撃していた分が柚垣に回ってきただけだった。
つまり、攻撃回数という分母が増えたことで、得点という分子も自動的に増えただけだった。
連敗…、連敗…、連敗…。
この結果には大月もただただ、唇をかみしめるしかなかった。
前半戦は1位だったがシーズン終盤、鎌倉パープルソード戦に連敗などの後半戦の失速により最終的には41勝31敗の4位、この結果にファンからは厳しい声が飛んだ。
また鎌倉パープルソードもルルプスが機能しなかったことから、44勝28敗で3位に終わった。
簡単に崩壊し、転落していくチームを病室で見守っていたロメロの元に1人の客が来ていた。
「ロメロ、すまなかったな。オレは未熟な人間だ。君にかける言葉がないよ……」
「かつてお前と同じ境遇にオレもいた。お前の気持ちは分かる。オレもチームに馴染めなかった」
「あの試合を見る限り、ロメロはチームと一体化していたじゃないか」
「オレとお前の違いは、自分を変えることができたかできなかったか。それだけだ」
その言葉を耳にしたルルプス・マリンはロメロの部屋を出て行こうと歩きだしたが、入り口で止まった。
「そんなチームでプレーしたかった。また次に会える日を楽しみにしているよ。お大事に」
そう言って部屋から出ていくルルプスの背中を大月は見た。
ルルプスと入れ替わるようにして大月がロメロの部屋を訪れた。
「調子はどうだ?」
「オッケー、オッケー」
「今日の鎌倉戦、ルルプスはベンチにも入っていなかった。噂によれば事実上の解雇。来季からは母国スペインかアメリカやカナダのリーグへの移籍が濃厚らしい」
「ザンネンダ」
「3度目の正直、来年こそは昇格しよう。そのためにはロメロの力が必要だ」
「マカセテ、ヘッドコーチ」
ロメロは来年を視野に入れ、気持ちを入れ替えていた。
大月にとって2度目のオフシーズンを終え、シーサーズを含め様々なチームが補強に動いた。
鎌倉パープルソードはルルプス・マリンを解雇し、カーニー・ジョンソンというアメリカ人センターを獲得した。
昨年からのレギュラーの吹春・中滝・剱田の3人とカーニー・ジョンソンがどこまで融合できるかが来季昇格のカギとなる。
今季はアマチュアを戦っていた小樽ユニコーンズは昨年のオフシーズンに獲得したブラジル人SF、サン・ベス・ロドリゴ、さらには長尾と平馬の活躍により1年でプロへと返り咲いた。
今季はルーキーを1人獲得しただけだが、主力の3人が実力通りのプレーが出来れば、G2への昇格も夢ではない。
そしてシーサーズは昨年とはうって変わって大きなチーム改革を施した。
3番手ガードとして良い働きを身していた大野、出場機会が多くなかった高山が移籍。
ここ数年はベンチを温めることが多かった35歳の浜口が引退を発表し、惜しまれながらチームを後にした。
一方でルーキー2人の獲得が発表された。
外久保と同じ中学・高校の2個下の後輩で、ポジションもPGで同じの閨竜太郎。
彼も持ち味はスピード。プレー自体はPGの割に荒く、身長も175センチと小さいが彼のスピードについて来れる高校生はいなかった。
もう1人が190センチの若梅大希。
大学卒業でポジションはSF・PFと2つのポジションをこなす。
インサイドもアウトサイドも上手く、オールラウンドーとして活躍、早くも柚垣2世と言われている。
さらに1つ空いていた外国人枠の使用も発表された。
発表された選手は前鎌倉パープルソードにルルプス・マリンだった。
ルルプスにはカナダ・アメリカから各1チーム、スペインから3チームのオファーがあった。
彼が外国への移籍が濃厚なのを知っていながら大月はオファーを出したのだった。
ルルプスが選んだのがシーサーズだった。
彼はその後に行われた会見で、なぜシーサーズに移籍を決めたのかという質問に対してこう答えた。
「シーサーズ、そして、ロメロには借りがある。オレは借りっぱなしが嫌いなんだ。ただそれだけだ」と。
ルルプスの加入に関してはシーサーズファンの一部からも非難の声が上がった。
だが、大月の手腕を考えるとどこか期待感が持てる補強であった。
新体制が発表された1週間後、開幕に向けての練習が始まった。
「一輝さん!久しぶりですね!また同じチームじゃないですかー!!!」
「ここまで来ると竜太郎とは一生、腐れ縁のような気がしてきた」
「いいじゃないですか、何縁でも。ちょー嬉しいですよ!」
凧家をみるなり閨はダッシュで駆け寄り、まるで兄弟のように話始めた。
「柚垣さん、いろいろとよろしくお願いします」
「おう、よろしくな。若梅、あんまり固くなるなよ」
若梅は同じポジションでライバルにもなりうる柚垣に挨拶に行った。
「今日の夜、ご飯でもいかないか?いいだろ、ロメロ」
「おう、妻と息子も連れていく。お前もガールフレンドでも連れてこいよ」
外国人同士のルルプスとバトラーは英語で会話をしている。
端の方ではもとから仲の良いベテランの石井と松本が黙々とストレッチをしている。
「いやー、さすがですね、大月監督。あっ、GRADEスポーツの波です。今日は取材に来ました」
「始めまして、大月です」
波の馴れ馴れしさにも大月は動揺一つ見せない。
「実力のあるルルプスとロメロのインサイド、エース柚垣、自分らしさを出せてきた凧家、スピードのある閨、オールラウンダーの若梅、安定感のある石井と松本」
「随分と詳しいですね」
「私はシーサーズのファンですから、出身もコザですし。それにしても、個性派集団ですね、あとは大月監督が上手く料理すれば、昇格もいけますね」
「そんなに甘いものじゃないですよ」
そういうと大月は波から離れ、センターサークルに行くと選手達も集合した。
「今年こそ優勝で昇格するぞ。キャプテンは柚垣。始めよう」
キャプテン柚垣が中心となって、2012年の戦いが始まった。
3年目のシーズンも開幕戦は本拠地、オレンジシーサードームで開幕を迎えた。
予約チケット、当日チケット全て完売し、ドームには1万人のファンで埋められた。
3000名以上の会場に入れなかったファンのために、ドームの外に特設モニターが設置された。
オレンジ色のユニホームに身を包んだシーサーズメンバーは自分の持っている力を120パーセント出した。
初戦を110対62で勝利すると2戦目・3戦目も勝利し、3連勝でスタートダッシュに成功した。
キャプテンでの柚垣は得意の45度・90度のシュートを中心にロメロやルルプスとの連携から得点を挙げた。
34歳とベテランなったもののロメロ・バトラーのパワープレーは健在で、ゴール下を完全に支配した。
ロメロと入れ替えで出てくるルルプス・マリンは柔らかいプレーと多彩なシュートなどでロメロとは違った脅威となった。
凧家は年を経るごとに司令塔としての存在感を現し、ミスのない、スムーズなプレーでチームにリズムを与えた。
その凧家の後輩の閨は疲れで足が止まり始めた相手に対して自分のスピードを存分に見せつけた。
オールラウンダーとして柚垣や松本の代わりに出てくる若梅はルーキーとは思えないほど冷静さや的確な判断力でチームの攻撃の駒となった。
ツインガードを中心に試合を運ぶ鎌倉パープルソードも3連勝。
吹春鷹秋から始める速攻の精度が一層上がり、パスの精度・質はG3でも群を抜き始めた。
もう1人の中滝和馬は吹春とのコンビネーションをさらに深めたことで、ドリブルや引きつけてからのパスなどが有効的になった。
縁の下の力持ちである剱田幸太は泥臭いプレーでチームの貢献、キャプテンとしての働きも目を見張るものがある。
新加入のカーニー・ジョンソンはロメロのパワーとルルプスの柔軟さを持ち、チームとの連携も出来ていた。
小樽ユニコーンズもまた3連勝をしていた。
相変わらずの3Pの精度を持つ平馬新一郎はロドリゴという新しい攻撃の駒を得たことで、より3Pチャンスが増し多くの得点を挙げた。
インサイドで長尾が体を張ったプレーでチームを盛り上げ、彼の頑張りで平馬の3Pやロドリゴのシュートチャンスを増やしている。
小柄の183センチながら、高い身体能力からなんでもこなすサン・ベス・ロドリゴ、彼を得たことで攻撃での平馬と長尾への負担が減った。
開幕3連戦後もこの3チームの勢いは止まることを知らなかった。
前半戦では1位=琉球シーサーズ、2位=小樽ユニコーンズ、3位=鎌倉パープルソードという順位になった。
昇格できるのは上位2チームのみということで、3チームとも負けられない試合が続いた。
後半戦でも3チームの快進撃は止まらず、リーグは終盤戦へと入っていった。
この年の夏、バスケットボールのワールドカップがオーストラリアで開催された。
日本代表はアジア予選で敗退してしまったものの、ワールドカップの熱はGリーグにも届いた。
G1だけでなく、G2・G3の観客数は例年よりも平均で2000人~3000人が増加した。
そんなワールドカップの影響を受け、今年のGリーグの試合の日程は特別な形で組まれていた。
シーズンも残り6試合となり、優勝争いは3チームに絞られた。
1位=49勝17敗 鎌倉パープルソード
2位=48勝18敗 小樽ユニコーンズ
2位=48勝18敗 琉球シーサーズ
琉球シーサーズの日程は小樽ユニコーンズとのアウェイ3連戦、鎌倉パープルソードとのホーム3連戦。
直接対決を残している琉球シーサーズは勝利を積み重ねれば十分、優勝の可能がある。
「机上の計算は抜きにして、残りの6試合、全部取りに行くぞ」
シーズンも終盤に差し掛かり、大月が選手の気を引き締める。
シーサーズの面々の姿は寒い北海道の体育館にあった。
小樽ユニコーンズのホームカラーの水色に囲まれ、完全アウェイの中にいた。
お馴染みの平馬・長尾の名前が呼ばれると会場は歓声があがる。
ひときは大きな歓声が上がったのがサン・ベス・ロドリゴの名前が呼ばれた時だった。
昨年からチームに加入し、実力もさることながら、持ち前の陽気な性格でファンにも愛されていた。
今季の快進撃も彼がいなければ不可能だったと言っても過言ではない。
反対にシーサーズのメンバーの名前が呼ばれるとブーイングが起きた。
それもそのはず、シーズン終盤に同率2位で優勝争いしているチームに対して、温かい声をかけるわけがない。
スタメンには凧家・石井・柚垣・松本・ロメロが名を連ねた。
1ピリオドから両チームともに持ち味を存分に発揮し、一進一退の攻防が続いていた。
21-22で1ピリオドを終えると2ピリオドは45-42で折り返した。
「セーフティーリードだ。これからだぞ」
大月の言葉にシーサーズの面々も気が引き締まる。
3ピリオドも開始から激しい攻防が続き、67-65で終えた。
「ロメロとルルプス、凧家と閨、柚垣と若梅、交代だ」
新加入の3人を含んだプレイヤーの5人はポジションについた。
4ピリオドはシーサーズボールで始まった。
閨がボールを運ぶと若梅にパス、若梅は松本のスクリーンを使い、シュートを放つも決まらない。
跳ね返ったリバウンドをロメロと長尾が競り合いも、ボールはどちらの手にも収まらず、何度か競り合いが続く。
激しい競り合いで長尾がバランスを崩すとロメロは両手でがっちりと取りに行く。
「ナイスリバウンド!」
長尾の声とともにボールはロメロではなく、ロドリゴの両手に収まる。
会場は大型のロメロの上から183センチのロドリゴがジャンプしてリバウンドを取ったことに沸く。
何事もなかったようにロドリゴはドリブルは始め、俊足でシーサーズのディフェンスを抜く。
ロドリゴの速攻にこちらも俊足の閨が反応し、なんとかロドリゴに体をぴったり付けシュートを防ぐ。
ロドリゴはその場で上にジャンプすると3ポイントラインで待ち構えている平馬にパス。
パスを受けた平馬はすぐさまシュートを打つ。
平馬の手から放たれたボールはリングに当たらない。
パスをしていからすぐに走り込んでいたロドリゴへのパスだった。
これには反応できなかった閨を置き去りにして、ロドリゴはタップシュートを決める。
67-67と同点に追いつくと会場のボルテージはマックスに上がった。
ロドリゴ!バン バン バン! ロドリゴ!バン バン バン!
太鼓を使った応援もひつきは大きくなり始めた。
「走れ、閨!」
エンドラインから石井が閨にパス。
パスを受けると一気にスピードアップ、ドリブルで相手を抜き去る。
しかし、閨の前にロドリゴが立ちはだかる。
閨は臆することなくロドリゴを抜きにかかるも抜ききれない。
それでも強引のレイアップに向かうが、閨のシュートはロドリゴにブロックされる。
転がったボールに反応したのは若梅だった。
若梅はボールを拾うと自分がフリーになっていることを確認し、シュートを放つ。
シュートはリングに当たらない。
閨のシュートをブロックしたまま、ゴール下に残っていたロドリゴがジャンプし、手を伸ばすも届かない。
ロドリゴの後ろから伸びてきたのはルルプスの手だった。
ルルプスは空中でボールをキャッチするとそのままダンク。
「ウァオォォ…」
目の前で豪快ダンクを決められたロドリゴから思わず声が漏れた。
「ナイス、ワカウメ、アリュープパス、ナイス」
ルルプスの言葉に若梅は何も言わずに親指を立てた。
今まで中心でやってきた3人に代え、新加入の3人を出すことに、大月は少しの不安と大きな期待があった。
3人は大月の期待に答え、柚垣ら3人とは違うカラーで出し始めた。
今までとは一味違うシーサーズに手こずったユニコーンズは4ピリオドで失速した。
スパッ!
残り5秒で若梅がジャンプシュートを決め、スコアを95-80にするとこのまま試合が終わった。
3連戦初戦を勝利で飾ったシーサーズは、ロッカールームで同時刻に行われていた試合で鎌倉が勝利したと聞いた。
今日の結果を含め、シーサーズは首位に立つことはできなかったものの、単独2位に躍り出た。
1位=50勝17敗 鎌倉パープルソード
2位=49勝18敗 琉球シーサーズ
3位=48勝19敗 小樽ユニコーンズ
翌日の試合、小樽ユニコーンズは底力を見せた。
サン・ベス・ロドリゴが45得点をマークし、平馬と長尾が2人で43得点を挙げた。
一方のシーサーズは柚垣が27得点、ロメロが32得点、凧家が19得点と個人的には悪くない数字だが、この日はユニコーンズの主力3名の方が当たっていた。
結果は91-111でユニコーンズが制した。
対ユニコーンズ最終戦、前日とは打って変わって一方的なシーサーズペースで試合は展開された。
ベンチメンバーも各々の持ち味を出し、ユニコーンズを翻弄した。
シーサーズが95-75で勝利し、3連戦を2勝1敗で勝ち越した。
選手たちがロッカールームに戻ると大月が話しだした。
「鎌倉が今日も勝った。これで鎌倉は3連勝だ」
そう言うと大月はマジックでホワイトボードに現在の状況を書き始めた。
1位 52勝17敗 鎌倉パープルソード
2位 50勝19敗 琉球シーサーズ
3位 49勝20敗 小樽ユニコーンズ
「ここで少し状況を整理しよう」
シーサーズのシーズンの残り試合は、鎌倉パープルソードとの3連戦、そして現在、シーサーズは鎌倉に2勝劣っている。
つまり、最後の3連戦で3連勝をすることが出来れば、優勝で昇格出来るが、逆に言うと1試合でも落とすようなことがあれば、優勝の可能性はなくなる。
更に言えば3連敗を喫するようなことがあれば、ユニコーンズの試合結果によっては残留になることもある。
鎌倉は1勝でもすれば昇格が決まり、それと同時に優勝も決まる。
ユニコーンズはすでに優勝の可能性はなくなっているが、もし3連勝をすれば昇格の可能性はかなり高いものになる。
「シュート1本、パス1本、1回のミスが命取り。来年のシーサーズはこれからの1秒で変わるぞ」
大月の厳しい言葉に選手達の顔が引き締まる。
「だが、こんな痺れる環境に身を置けることはそうない。各々の成長にもつながるはずだ。今を楽しんで行こう」
大月と選手達の各自の胸の中では、様々な感情で溢れていた。
それは期待であり希望であり、不安であり緊張であり、何とも言えないものもあった。
シーサードームの外は大粒の雨が降っていた。
天気とは裏腹にドームには数多くのファンが詰めかけていた。
首位の鎌倉パープルソードを迎え、優勝をかけた天王山第1戦、沖縄県内では試合の様子が生中継された。
スタメン発表を終えるとベンチからスタメンの5人がコートに向かった。
鎌倉のスタメンはお馴染みの吹春・中滝・剱田・高地、そして今季から加入したカーニー・ジョンソン。
センターサークルに入ったロメロは自分より5センチ高いカーニーを前にし、気持ちの高まりを抑えていた。
ポン!
ジャンプボールを制したのはカーニーだった。
カーニーの弾いたボールが中滝の手に収まると鎌倉は1度、5人全員がボールを触れるようにパスを回す。
再度、中滝にボールが戻ってくるとインサイドにいるカーニーにボールを入れた。
カーニーは背中でロメロを感じるとターンしてシュートし、これを沈めた。
昨年のルルプスとは異なり、カーニーは柔軟に日本のバスケット、そして鎌倉のバスケットに対応していた。
シーサーズは凧家がボールを運ぶとことらも5人全員がボールに触れた。
回ってきたボールを受けた柚垣は高地のマークが甘いのを見るとジャンプシュートを放ち決める。
長年、チームに在籍し、人気のある柚垣の得点に会場が盛り上がる。
1ピリオドは両チームともにプレッシャーを感じつつもシュートを外さない展開が続いた。
22-22と同点で終えるスタメンの5人がベンチに帰ってくる。
「この状況の中、良いスタートだ。2ピリオドのスタートも同じメンバーで行くぞ」
大月の簡単な指示が終わると選手同士が試合について言葉を交わした。
中でもルルプスはロメロに英語で念入りにアドバイスをした。
2ピリオドも同じ展開が続き、残り7分で30-28、1ゴール差でリードしている展開で大月が動いた。
「閨、凧家と交代。ルルプスもロメロと交代だ」
鎌倉のシュートが外れ、ボールがラインの外に出るとオフィシャルからブザーが鳴り、2人がコートに入った。
シーサーズボールで試合が再開されると閨がボールを運んでくる。
パスを要求する柚垣の方を向きながら、閨はいきなりインサイドのルルプスにキラーパスを送る。
しかし、パスはルルプスの足元にいき、誰の手をに触れることもなくラインから出た。
「閨、落ち着けよ、大丈夫だ」
柚垣はルーキーの閨に落ち着きがないとみると声をかけた。
鎌倉は吹春がボールを運ぶと中滝にパス。
中滝はカーニーにスクリーンを要求、カーニーが中滝のマークの閨にスクリーンをかけると閨は簡単にかかる。
マークの閨を置き去りにして中滝は切り込んでシュートに行く。
これに反応したルルプスは中滝にシュートをブロックし、弾かれたボールは閨がキャッチした。
閨はすぐさまドリブルを始め、スピードで相手を置き去りにしていく。
閨の逆サイドには柚垣が走り込み、相手は吹春しかいなかった。
ドリブルからボールを持ち、柚垣へのパスフェイクからレイアップを狙うも吹春は完全にこれを読んでいた。
読んでいたというよりも吹春のプレーは閨にプレッシャーをかけ、柚垣にパスが回れば得点を決められてもよいというディフェンスだった。
だが突っ込んできた閨は両手を挙げ立っているだけの吹春のぶつかり、オフェンスファールを取られた。
「何やってんだ、閨!」
先ほどは優しく声をかけていた柚垣が声を張り上げた。
しかし、閨は柚垣の方を見ることなく下を向いたままディフェンスに戻る。
嫌な流れのまま閨はディフェンスに入った。
マークの中滝がボールを持つとシュートモーションに入る。
これをみた閨はブロックのために飛ぶも中滝を閨を交わし、3ポイントラインからシュート。
スパッ!
中滝に3ポイントシュートを決められ、スコアは30-31と逆転される。
オフィシャルからブザーが鳴り、凧家が閨と交代で出てきた。
閨はベンチに戻ると誰とも話すことなく椅子に座った。
凧家がリズムの良いパス展開から嫌なリズムを取り除く。
2ピリオドを45-47で終え、柚垣らのメンバーがベンチに戻ってくる。
「おい、閨。お前何を考えてんだ……」
「……」
「聞いてんのか?」
「……」
「おい!!」
柚垣は座っている椅子を倒し、閨の胸ぐらを掴んだ。
「わざとじゃないでしょ。放してくださいよ」
「ふざけんなよ!お前のせいでチームが負けるなんて、御免なんだよ!」
「いてぇな、放せよ!」
2人の間にロメロやルルプスが割り込み、なんとか2人の距離を開けるも柚垣の怒りが治まらない。
「お前に何がわかるんだ!今年から来た半人前のお前に、どういう気持ちでここまできたのかわかるか!」
今まで見たことがなかった柚垣の取りみだす姿にチームのメンバーだけでなく、会場のファンも言葉を失う。
落ち着いた柚垣の元に大月がやってきて、柚垣の隣の開いている椅子に座った。
「お前が一番知っているはずだろ、チームが1つになることを大切さを」
「……」
「お前の気持ちは痛いほど俺には届いているぞ」
「……」
反応しない柚垣の隣の席を立ち、ヘッドコーチ用の椅子に戻ろうと歩き始めたが、足を止め振り返る。
「いろんなものを抱えているその背中を自分で乗り越えてみろ」
柚垣はうつむいたまま顔をあげることはなかった。
3ピリオドが始まっても柚垣の心は何処かにいってしまったように集中力に欠けていた。
すると鎌倉は高地を下げ、大卒ルーキーの赤瀬爽をコートに送った。
赤瀬は入団当時はそれほど期待された選手ではなかった。
だが努力に努力を積み重ねるとだんだんプレー時間が増え、今では鎌倉の大事な6マンとなった。
ビーーー
赤瀬の登場から少し遅れてオフィシャルのブザーが鳴り、柚垣と交代で若梅が出てくる。
「大学以来のマッチアップだな、若梅」
「よろしく」
若梅と赤瀬は大学こそ違うものの、それぞれの大学が同じリーグに属し、ポジションも同じことからマッチアップする機会が多くあった。
実力は均衡し、プレースタイルも似ている2人は何かと比較されることが多かった。
凧家は若梅にパス、若梅は鋭いドリブルで赤瀬を抜きにかかる。
左手でドリブルしながら抜きにかかると赤瀬はしっかりとコースに入る。
若梅は赤瀬のぶつかった瞬間にターンし、ドリブルを右手に切り替え赤瀬を抜いた。
カバーに来たカーニーに対して突っ込む。
カーニーはオフェンスファールを取るためにドリブルコースに入り、両手を挙げた。
これを見た若梅はダブルクラッチでカーニーを交わしシュートを沈めた。
「おーーーーー!!!!」
接戦の中、出てきていきなりビッグプレーを見せた若梅に対して歓声が飛ぶ。
ボールを運んだ吹春は3ピリオドからコートに戻ってきたロメロに付かれているカーニーにパスを送る。
オープニングシュートと同じようにカーニーはロメロを背中に感じるとターンしてシュート。
ロメロは2度も同じ手は食らわうものかとジャンプしてブロックにいくもカーニーはドリブルでかわし、ダンクを決める。
これでスコアは47-49となる。
ゴールを通ったボールを石井がすぐに拾うと外久保にパス。
凧家は2回ドリブルをつき、前に走り込んでいる若梅にパス。
パスを受けた若梅は前に赤瀬が居るとわかりながらも強引にシュートに行く。
ピーーー
激しい接触で審判の笛がなる。
シュートはリングを綱渡りのようにつたい、静かにゴールを通った。
もしディフェンスファールなら、49-49の同点になり、さらにフリースローが与えられる。
逆にオフェンスファールならば、スコアは47-49のまま、鎌倉ボールで試合が再開される。
「ディフェンスファール!」
審判のコールに会場が今日1番の盛り上がりを見せた。
この判定に猛抗議を見せる前堂だったが判定は覆ることはない。
スパッ!
シーサーズは若梅が確実にフリースローを決め、50-49と逆転に成功した。
このワンプレーが試合の流れを大きく変えた。
若梅はこの3点プレーで勢いに乗ると得点を重ね、ルーキー対決を制すと赤瀬をベンチに下げさせた。
代わってマークについた高地からも多くの得点を奪い、大当たりを見せた。
「柚垣、石井と交代だ」
これをベンチでみていた柚垣は自分の情けなさに拳を握りしめていた。
ルーキーに怒り、自分を見失い、同じポジションのチームメイトの活躍を目にし、悔しさで満ちていた柚垣の姿を大月は見逃さなかった。
ベンチから出てきた柚垣も若梅に負けない働きを見せた。
このあと、ガードは石井と外久保を交代しながら、インサイドはロメロとルルプスを上手く交代させながら戦った。
フォワードは柚垣と若梅の2人を最後まで出し続けた。
ビーーーーー!!!!!
「おぉぉぉーーーーー!!!!!」
オフィシャルのブザーが鳴り響き、観客の歓声と共に試合が終了した。
スコアは88-80でシーサーズが試合を制した。
同時刻のユニコーンズも勝利したことが会場のアナウンスで告げられた。
この結果を受け、各チームの順位は変わらないものの、ゲーム差は縮まった。
1位=52勝18敗 鎌倉パープルソード
2位=51勝19敗 琉球シーサーズ
3位=50勝20敗 小樽ユニコーンズ
夜、宿舎に戻ったロメロは柚垣を屋上に誘った。
「サイキン、ニホンゴ、ウマクナッタ、ダロ?」
「そうだな、ロメロは頑張ったよ……」
柚垣の顔に笑顔が見える。
「キョウ、ドウシタ?メズラシク、アツクナッテ」
「……勝ちたかったんだよ。どうしても……」
「ソウカ、ボクモ、カチタカッタ」
屋上から見える無数の星を見ながら、柚垣はかみしめるように言った。
「大月監督が来てから、シーサーズは変わったよ。今はすごく楽しいんだ」
「タノシイ?」
「高いレベルでバスケ出来てることが、すごい楽しい……」
「サンネンマエトハ、チガウ」
当時を思い出した柚垣はロメロと顔を見合わせ、思わず笑ってしまった。
「あの頃は、まだまだ子供だったな、俺達……」
「チルドレンダッタネ……。ア~ァ、ネル!」
「おいおい、まだ3分くらいしか話してないぞ。誘ったのはロメロだろ」
「マタ、アシタ。グッバイ!」
「おい……、でもロメロらしい気遣いってやつか……」
ロメロは屋上を去って行った。
10分くらい、沖縄の星空を見つめた柚垣も屋上を去った。
ロメロと同様に凧家は閨を宿舎の近くのベンチに呼び出した。
「竜太郎、今日、1人で随分と暴れてくれたな」
「違いますよ。あれは本当にわざとじゃないんですよ……」
「わかってるよ、昔から竜太郎を知ってるんだ。お前がどんな奴かはだいたいわかってる」
閨は申し訳なさそうに俯いた。
「すいません……」
「謝るな……」
「お前を責めるつもりはないからな……」
「あんな大勢の客の中、あんなに凄い緊張感の中、冷静になれなんて方が無理だよ」
「でも、一輝さんは余裕な感じに見えましたけど!」
閨の言葉に思わず凧家は笑ってしまう。
「ハッハッハッ。心臓はドキドキ、手は汗だらけ、逃げ出したいくらいだったよ」
「本当ですか!」
「うん。でも、今の俺が居るのは大月監督のお陰だ。今はまだわからないかもしれないけど、シーサーズで大月監督の下でやれたことが、今後のバスケ人生で大きな宝になると思うよ」
「そうですかね……」
「さぁ、今日は寝るわ。おやすみ」
「お疲れ様です!」
そう言うと外久保は帰った。
閨は夜空の星を眺め、少しすると部屋に帰った。
前日の勝利で少しは気が楽になったシーサーズメンバーの表情は明るかった。
また、1勝でもすれば優勝といえ条件は変わらない鎌倉メンバーも初戦の敗北の悪い雰囲気を打ち消していた。
3連戦2戦目、ドームの外では雨こそ降っていないものの、朝からの曇り空でかなり涼しい天気となっている。
ロメロと凧家から話をされた柚垣と閨の2人は朝から会話を交わしていない。
そんな様子に大月をはじめとした全員が気付いていた。
両チームともにスタメンは前日と代わりなし。
選手がアップをしているのを見ている大月に開幕前に挨拶に来たGRADEスポーツの波が近寄ってきた。
「お久しぶりです、大月さん。昨日はすごかったですね。若梅の大当たり、それに触発された柚垣もシュートをバンバン決める。まさに個性派集団の理想の形ですね」
「そんなに褒めちぎっても、何も僕からは出ませんよ」
「またまた。シーサーズが活躍していただければ、うちの雑誌も売れますし、私の評価も上がりますからね」
「なるほど」
「今日はなぜ新旧エースの2人をスタメンに入れなかったんですか?短期決戦ですから、調子のよい選手を使うのが勝利への近道だと思うんですが?」
「試合を見て頂ければわかりますよ」
明確な答えを残さないまま、大月は波から離れて行った。
シーサーズは昨日の勢いそのままに1ピリオドから良い攻撃のリズムから得点を量産した。
いまいち攻撃も守備も噛みあわない鎌倉に対して、1ピリオドを28-15で終えた。
2ピリオドに入ってもシーサーズは調子を落とさずにいた。
「ロメロ!」
インサイドで高地に付かれミスマッチになっているロメロに対して柚垣からパスが入る。
ロメロはパワードリブルで高地を吹き飛ばすとダンクを決めた。
「おぉー!!!」
迫力のあるロメロのプレーに会場もどよめきが上がる。
ロメロも観客の声援に答えるように右拳を突き上げた。
この時点でスコアは50-23となっていた。
コンビネーションの合わない鎌倉は中滝が強引に切り込んでくる。
シュートコースにロメロがカバーに入ったのを見るとロメロのマークであるカーニーにパスを送る。
カーニーはボールをキャッチするとゴール下のシュートに行く。
ロメロがブロック飛ぶもカーニーのシュートはフェイクだった。
勢いのあまりカーニーに乗ったままバランスを崩し着地したロメロは自ら倒れ込んだ。
険しい顔で右足首を押さえたままもがいているロメロの柚垣らも駆け寄った。
「大丈夫か?」
柚垣の質問にも答えられないほどロメロは痛んでいた。
そのまま担架で運ばれたロメロに代わりルルプスがコートに入った。
さっきのプレーの判定はロメロのファールでカーニーに対してフリースロー2本が与えられた。
カーニーはフリースローをきっちり2本とも沈めた。
そしてもう1つ気がかりなことがあった。
ピッ!
「ディフェンスファール!」
2ピリオド目にして凧家は3回目のファールを犯してしまった。
ロメロと同様にシーサーズの主力である凧家が全力でプレー出来ない状況になった。
残り2回で退場、攻撃をコントロールしている凧家をコート外に追いやることは鎌倉にとってプラス要素となる。
またこの状況でコートに居てもディフェンスはもちろん、オフェンスでも強引なプレー、思い切ったプレーが出来なくなり、穴となる可能性がある。
凧家がファールアウト、穴となることを恐れた大月は閨との交代を命じた。
残り17秒で登場した閨はボールはハーフコートまで運ぶとドリブルでキープした。
10秒を切るとルルプスにスクリーンに来るように要求した。
スクリーンに来たルルプスを利用してドリブルで切り込んでいく。
しかし、1番してはいけないハンドリングミス。
「閨!取れ!」
閨と代わった外久保も思わずベンチから叫ぶ。
コロコロと転がるボールを閨がキャッチしようとした瞬間、吹春がボールを奪い去る。
吹春はフリーのままドリブルで運び、レイアップシュート。
2ピリオドの終了を告げるブザーと共にリングにボールが通った。
「おぉぉぉ!!!!」
吹春のブザービーターでシーサーズファンはため息、鎌倉ファンからは歓声が上がる。
スコアは50-35でまだシーサーズが15点リードしているものの、リズムは完全に鎌倉に傾いた。
シーサーズはロメロの退場以来、2ピリオドで得点をあげることが出来なかった。
ハーフタイムでロッカールームに引き上げると部屋にはロメロの姿があった。
「オツカレ、オツカレ、イイゾ」
手を叩きながら大きな声でみんなを迎えたロメロは怪我直後とは打って変わって元気そうだった。
「大丈夫なのか?」
「ウン、ダイジョウブ!」
右足首にテーピングはしているものの、バッシュもしっかりと履いていた。
最後にロッカールームに帰ってきたには柚垣と閨の2人だった。
笑顔で帰ってくる2人にチームメイトは一安心という気持ちと昨日までのことやさっきの閨のプレーから柚垣は怒っているだろうという予想とは違ったという不思議な感じが混ざっていた。
笑いながら閨の頭を軽くポンと叩くと2人は別々の椅子に座った。
大月が簡単な指示を与え、ハーフタイムも終了の時刻が近づくと選手達はまたコートへと戻って行った。
3ピリオドのスタートはルルプス、石井、閨、柚垣、そして、松本に代わり若梅が入った。
鎌倉も同じタイミングで昨日は若梅にやられた赤瀬を投入した。
「閨!出せ!」
速攻で閨からパスを受けた柚垣がシュートを決める。
今までの関係が嘘のように息の合ったコンビネーションを見せる。
ハーフタイムにロッカールームに引き返す時、2人はこんな会話をしていた。
「閨、観客席に可愛い女の子がお前のネームプレート持ってたの気付いたか?」
「マジですか!どこですか?!」
「鎌倉のベンチの裏だよ。いいなぁ、お前はモテて」
「知らなかったです!柚さんのおかげです!ありがとうございます!」
「おう!あの女の子、ゲットしろよ!」
柚垣はそう言って笑いながら閨の頭を軽くポンと叩いた。
ナイスパスを出した閨は歓声のあがる中、鎌倉のベンチ裏に目を向けたが可愛い女の人を発見できずにいた。
ひょんなことから意気投合した閨と柚垣を中心に得点を重ねた。
だが一方の鎌倉はシーサーズ以上のハイペースで得点をあげていった。
ロメロの代わりに入ったルルプスがカーニーのパワーとテクニックを織り交ぜたプレーに対応できずにいた。
そしてもう1人、若梅が前日とは対照的に赤瀬にやられていた。
スパッ!
ぴったりと付いていた若梅は赤瀬にピポットで抜かれ、レイアップを決められてしまう。
スパッ!
今度は距離を放しすぎて、3ポイントを決められる。
スパッ!
変に迷いが生じた若梅は簡単なシュートフェイクに飛んでしまい、赤瀬にジャンプシュートを決められた。
みるみるうちに15点差は詰められ、3ピリオドが終わると67-65の2点差となっていた。
ベンチに戻る5人をロメロらが明るく迎える。
「石井に代わって凧家が入れ」
選手達が気合いが入っている中、ルルプスが通訳と共に大月のところにやってきる。
そしてルルプスの言葉を通訳が大月に伝える。
「ヘッドコーチ、僕をロメロと代えた方がいいと思います。僕にはカーニーを抑えられない」
ルルプスの言葉を聞いた大月はルルプスの目をしっかりと見て話す。
「ロメロは今日、これ以上、プレーできない」
「さっきロメロが大丈夫だって」
「あいつなりの気遣いだろう。今日、あいつはプレーできない。ロメロの穴を埋めれるのは……ルルプスだけだぞ」
「……」
「ここがお前の居場所だ。自分の居場所は自分で守れ」
大月の言葉を聞いたルルプスはもやもやとしていた気持ちが晴れたように笑顔を見せた。
ルルプスは大月と強く握手を交わすと足取り軽く、コートに駆け足で向かった。
4ピリオドが始まっても鎌倉の勢いは止まらない。
むしろ赤瀬に関しては3ピリオドよりも勢いを増していた。
それに対して、柚垣と閨のコンビに加え、3年来の柚垣と凧家とのコンビ、また昔からの閨と外久保のコンビで鎌倉ディフェンスを翻弄していく。
調子が上がらない若梅とルルプスもこの3人からのキラーパスで得点をあげていく。
一進一退の攻防が続き、9分の間、2点差前後の得点差で試合が展開された。
シュートを打つのも怖くなる中、10名の選手はその恐怖を跳ね返して、シュートを決め続けた。
シーサーズが2点リードの中、残り60秒をきると鎌倉はファールゲームを仕掛けてくる。
フリースローの成功率が高い柚垣と若梅を避け、成功率の低いルルプスに対してファールをしてきた。
ファールを受け、フリースローラインに立ったルルプスは大月の言葉を思い出していた。
「My whereabouts is defended for myself」
ルルプスは大月から言われた言葉をつぶやき、フリースローを決めた。
シーサーズがフリースローを決め、鎌倉がシュートを決める展開が数回続き、残り7秒の時点でスコアは92-90となった。
ピッ!
審判の笛でファールを受けたのはルルプスではなく若梅だった。
鎌倉サイドも残り7秒となってはルルプスにファールするなどとこだわってはいられなかった。
「若梅、落ちつけよ」
柚垣の言葉にも若梅は小さく頷くだけだった。
昨日がいくら調子が良かったとはいえ、今日は全然ダメ、それなのに試合に出し続ける大月の采配に若梅は理解できなかった。
今日の自分は何をやっても駄目だという気持ちでラインに立った若梅がフリースローを放つ。
ボーン
「ああぁぁぁ……」
シュートはリングに弾かれ、観客からはため息と悲鳴、そして、鎌倉ファンから歓声があがる。
シーサーズはリバウンドに入らずに自陣でディフェンスを固めていたが、この様子を見て、柚垣が若梅の所に駆け寄った。
「若梅、大月監督とみんなと優勝するんだ!絶対に決めろ!」
柚垣の激励に若梅は目が覚めた。
自分は何を迷っていたんだ、なんで弱気になっていたんだ、自分が試合を決めるといった気持ちがふつふつと沸いてきた。
審判から2投目を受けると深く息を吐き、ゴールに集中し、シュートを放つ。
ボーン
若梅のシュートはさきほどと同じ軌道をたどり、リングに弾かれた。
シーサーズは誰もリバウンドに入っていないため、鎌倉にリバウンドを奪われる。
若梅は戻り、リバウンドに入っていたカーニーと剱田、リバウンドをキャッチした吹春が攻め込む。
吹春から中滝にパス、パスを受けた中滝はマークの閨を抜きにかかる。
閨はしっかりとコースに入ると中滝はドリブルを止め、吹春にボールを戻す。
だがそのパスに反応した若梅がカットしようと手を伸ばしボールは指先に当たる。
ふわっと浮いたボールを空中でキャッチした吹春は取ったと同時に空中でパスを出す。
そのパスを受けたのは赤瀬だった。
赤瀬のマークである若梅はカットしに行ったため、マークが外れていた。
それを見逃さなかった吹春が赤瀬の構えているところに確実なパスを送る。
パスを受けた赤瀬は距離のある若梅をほぼ気にすることなく、3ポイントシュートを打った。
若梅も懸命にチェックに行くも間に合わない。
スパッ!
ビビビーーーーーー
「ううあああぁぁぁぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!」
歓声でドームが揺れる。
【92-90】
ピッ!
【92-93】
観客席から鎌倉パープルソードのチームカラーである紫の紙テープが飛び交う。
電光掲示板に (鎌倉パープルソード 優勝) の文字が躍る。
鎌倉の選手同士が抱き合い、拳をかかげ、監督を胴上げした。
大月はその姿をじっと見ていた。
シーサーズの選手、ファンの前で鎌倉パープルソードに優勝を決められた。
10名の選手もその姿をじっと見ていた。
優勝への道が断たれた……。
舎に帰った大月はテレビのスポーツニュースを見ていた。
「今日、G3で鎌倉パープルソードが見事、優勝を果たしました!」
女子アナウンサーの解説とともに今日の試合映像が流れる。
映像の最後は大月が鎌倉の面々をじっと見つめているシーンで終わった。
「そして、別会場では小樽ユニコーンズが勝利し、これで琉球と小樽の成績は並び、同率2位となりました」
アナウンサーがフリップを出した。
1位 53勝18敗 鎌倉パープルソード 優勝!!!
2位 51勝20敗 琉球シーサーズ 昇格? 残留?
2位 51勝20敗 小樽ユニコーンズ 昇格? 残留?
「明日の試合で全てが決まります。同率2位の2チームはなんとしても勝利を収めたいですね。次はゴルフです」
勢いがあるのはシーサーズよりも2連勝中のユニコーンズだ。
シーサーズは目の前で優勝を決められたことで意気消沈している選手も見られた。
久しぶりに眠りにつけないず、大月が眠りについたのは午前3時をまわった頃だった。
シーズン最終戦、シーサードームにどよめきと歓声が起こった。
鎌倉パープルソードのスターティングメンバーは今までと代わらず、ベストメンバーが発表されたからだ。
前日に優勝を決め、ただの消化試合でしかない最終戦なのだからルーキーの赤瀬などをスタメンで使い、経験を積ませるだろうと目の肥えたファンは考えていた。
さらに鎌倉のメンバーは優勝後のビールかけも行わずに今日の試合のためにコンディションを整えてきたらしい。
この計らいに大月を始め、シーサーズのメンバーの気持ちは高ぶっていた。
大月はこの試合、今シーズンで最高の試合になる予感がしていた。
ベンチに集合した選手たちに大月が最後の活を入れた。
「自分達の全てを出していこう」
大月と8名の選手達は1つの輪になり、右手の拳を中央に集めた。
「1・2・3」「よし!!!!!」
凧家、石井、柚垣、松本、そして、ロメロの代わりにルルプスがコートに立った。
今シーズン初のスタメンに指名されたルルプスは昨日の言葉を忘れずにいた。
そんなルルプスにカーニーが近寄ってきた。
「今日はお前がスタメンか、ロメロに比べればクソみたいな奴だ。そういえば、うちのチームのやつらが言ってたぞ。お前がいなければ去年、昇格できたのにってな」
「……」
「せいぜい頑張れよ。ヨーロッパから来た下手くそお坊ちゃん」
「……」
この会話は英語でされたため、両チームのコートにいた残り8名の日本人にはどういう会話をしているのか理解できなかった。
審判から放たれたジャンプボールはルルプスとカーニーの勝負、軍配はカーニーにあがった。
カーニーの弾いたボールは吹春がキャッチ、吹春から中滝にパスを渡し、インサイドのカーニーにボールを入れた。
パスを受けた瞬間にターンでルルプスをかわしたカーニーはダンクを決めた。
ボールを取ると凧家が運び、柚垣にパス、柚垣はルルプスにパスを出す。
「ルルプス、やり返せ!」
ボールを受けたルルプスはパワードリブルからターンしシュートを放つ。
ボーン!
ルルプスのシュートはカーニーに完璧なブロックをされる。
転がったボールを吹春が取ると速攻に走っている中滝にパスを送る。
中滝の目の前には石井が立ちはだかるもドリブルで突っ込み、レイアップにいく。
石井はこのレイアップをブロックしにいくも、中滝はシュートからパスに切り替え、後ろから走り込んで来ている高地にパス。
高地は難なくレイアップを決める。
1ピリオドからルルプスの動きは固く、ほとんどのプレーをカーニーに止められた。
柚垣を中心にシュートを決めるもインサイドをカーニーに支配され、15-24で1ピリオドを終えた。
ハーフタイムに入るとうつむいているルルプスにロメロが話しかけた。
「おいおい、どうしたんだ。なんか調子悪いな」
「なぁ、ロメロ。オレはカーニーに通用しないのかな……?」
「通用しないかもな」
「……、やっぱりそうだよな……」
額から流れる汗をタオルで拭きながらルルプスは苦笑した。
「でも、オレも通用しない」
「気休めはやめてくれ……」
「忘れたのか?オレとお前は2人でシーズンを戦ってきたんだろ」
「2人で……?」
「オレがダメなときはお前が出る。お前がダメなときはオレがでる。そうやって、小樽の長尾、鎌倉のカーニーと戦ってきたんだろ」
「2人で……か」
ロメロはルルプスの頭を軽く撫でながら言った。
「今はオレがダメなんだ。お前がオレを助けてくれ。お前がダメなときはオレが助けるから」
ルルプスは吹っ切れた。
2ピリオド開始前、ルルプスがカーニーのマークに付くとまた話しかけてきた。
「まだベンチに引っ込まないのか?このままじゃ、お前のせいでシーサーズも昇格できなくなるなぁ、かわいそうに」
「ディフェンス!ディフェンス!」
カーニーの言葉をルルプスは笑顔で声を出した。
鎌倉はインサイド、アウトサイドでスムーズにパスを回し、高地にシュートチャンスを作る。
ガーン
高地のシュートはリングに嫌われ、ボールは高く跳ね上がる。
ボールの落下地点ではルルプスとカーニーの2人が激しくポジション取りを繰り広げる。
落ちてきたボールを2人の右手が競り合う。
2人の手から何度かボールはこぼれ、4度目に落下してくるボールをキャッチしたのはカーニーだった。
カーニーはノーマークの状態でダンクシュートを決める。
「よくやった、いいぞルルプス!」
ベンチからロメロの声が飛ぶ。
「おしいおしい、ナイスプレーだ!ルルプス!」
コート上の柚垣もルルプスに温かい声をかける。
ルルプスも悔しさをにじませながらオフェンスに向かった。
シーサーズのオフェンスは凧家を中心にコートを広く使うと柚垣がシュートを放つ。
ガーン
さきほどの高地の時のリバウンドと同じような跳ね方をする。
落下地点での激しいポジション取りからボールを奪ったのはルルプスだった。
今度はフリーになったルルプスが豪快にダンクを決めた。
ピーーー!
審判の笛が鳴り、ルルプスは何が起こったかわらなかった。
「プッシング!」
カーニーとのポジション取りの中でルルプスが押したという判定だった。
ルルプスはなんとも言えない気持ちをこらえ、手を大きく一度叩くとディフェンスへと戻った。
2ピリオドに入り、ルルプスのプレーは確実に変わった。
しかし、それでもルルプスよりもカーニーの方が実力は上にいき、いまだにインサイドは鎌倉が支配する。
残り3分をきると24-44と20点差になっていた。
ピーーーー
オフィシャルからブザーが鳴り、ベンチから登場したのはロメロだった。
「ナイスプレーだ、ルルプス」
ルルプスとハイタッチを交わしたロメロは足の怪我が心配される中、コートに立った。
シーサーズのオフェンス、柚垣はボールを持つとロメロのスクリーンを要求する。
ロメロのスクリーンを使い、高地のマークを外すとリングに向けてドリブルで侵入し、シュートする。
だが横からはカーニーがブロックに飛んでくるのをみるとパスを出した。
スクリーンをかけてからインサイドに走り込んでいるロメロへとパスが通り、ロメロはゴール下シュートを放つ。
しかし逆サイドから剱田がブロックに来る。
剱田の臆することなく強引にシュートに行くと剱田は吹っ飛ばされた。
ピーーー
「ディフェンスファール!カウント!」
剱田を吹き飛ばし確実にゴール下シュートを決め、フリースローを貰う。
「おおぉぉぉ!昔は不仲だったコンビ!」
会場のファンは数年前まで柚垣とロメロが不仲だったことを誰もが知っていた。
その2人がこの舞台で素晴らしいコンビネーションを見せたことに会場が沸く。
フリースローラインに向かったロメロはリバウンド入った柚垣に他の人にはわからないような合図を送った。
審判からボールを受けたロメロはフリースローを放つ。
ガーン
リングに弾かれたボールは柚垣のもとに飛んでくる。
柚垣は相手ディフェンスと上手く体を入れ替えてリバウンドを奪うとジャンプシュートにいく。
これに反応した剱田がブロックに飛んでくるのをみると逆サイドの3ポイントラインで待っていた外久保にパス。
パスを受けた凧家は3ポイントを放つもシュートの軌道が明らかに外れていた。
凧家のシュートが空中に浮いている間に柚垣はロメロにマークのカーニーにスクリーンをかける。
カーニーはこれに気付かず綺麗にスクリーンにかかり、柚垣をマークしている高地もあまりに突然のことにスイッチできない。
フリースローラインから助走をつけると外久保のシュートを空中でキャッチし、ダンクシュートを決める。
「うううおおぉぉぉぉぉ!!!!!」
ロメロと柚垣のコンビネーション、凧家のアリュープパス、ロメロの豪快ダンク。
シーサーズファンが沸き、スコアは28-44、たった20秒間で4点差を縮めた。
縮めただけでなく、チームに勢いをもたらした。
ロメロがコートに立ってからの3分、シーサーズは攻守が噛み合い、2ピリオドを終え、スコアは38-48と10点差まで縮めた。
ハーフタイムに入っても柚垣とロメロの不仲コンビ、また、それに凧家を加えた、ここ3年間で主力として戦ってきた3人の質の高いコンビネーションに熱気が冷めずにいた。
そんな中、会場にアナウンスが流れた。
「他会場の途中経過を報告いたします。小樽ユニコーンズvs岡山ビッグボーイズの試合は49-50、岡山ビッグボーイズのリードで前半を終えています」
「おおおおぉぉぉぉぉぉ!」
会場のアナウンスの一層、熱気が高まる。
そして、ハーフタイムを終え、ロッカールームから両チームの選手が出てくる。
3ピリオド開始時、シーサーズでコートに向かったのは凧家、柚垣、ロメロ、そして、若梅と閨のルーキーの2人だった。
また鎌倉サイドも前日、前々日同様に高地に代え赤瀬を投入した。
「若梅さん、先輩達ばかりに良いとこ取りされるの悔しくないですか?」
「チームが勝てばいい。試合に集中しろ、閨」
「へーい、わかりましたよ」
こうして、鎌倉10点リードで3ピリオドが始まった。
スパッ
3ピリオド目、ファーストシュートを決めたのは若梅だった。
閨からのパスを受けると躊躇なくジャンプシュート、赤瀬もチェックにいくも若梅のスピードが勝った。
若梅のシュートに日のついた赤瀬は中滝からパスを受けるとドリブルで仕掛ける。
抜きにかかる赤瀬に対して若梅は体を密着させながらコースに入る。
赤瀬は素早いロールからシュートチャンスを作るとシュート体勢に入る。
若梅も素早く反応し、チェックに飛ぶも赤瀬は裏をかき、若梅を避けるとジャンプシュートを決める。
初戦は若梅、2戦目は赤瀬に軍配が上がった大卒ルーキー対決、3戦目は両者ともに1歩も引かない。
だがインサイドでは足を怪我していながら強行出場しているロメロがカーニーを制する。
閨からのパスを受けたロメロはパワードリブルでじわじわとカーニーを押し込む。
ヘルプに剱田が来ると剱田につかれている柚垣にパスを出し、柚垣は得意の45度からジャンプシュートを決める。
鎌倉は中滝がドリブルで仕掛けるもマークの外久保がしっかりとコースに入り、フリースローライン当たりで止まる。
すると凧家、柚垣、ロメロの3人が素早く囲み、中滝から凧家がボールを奪う。
凧家は走り込んでいる閨にパスを送り、閨はレイアップを決める。
「先輩達や若梅さんばっかり目立出せないですよ」
閨と凧家はハイタッチを交わした。
3ピリオドに入り、2ピリオドからの流れそのままにシーサーズがペースを握る。
ロメロに苛立ち始めたカーニーが冷静さを失うとシーサーズペースはさらに加速し、残り2分をきった時点でシーサーズは逆転に成功した。
スパッ
電光掲示板のスコアが64-63となる。
「1本だ、集中しろ!」
何度も手を叩きながら大きな声を出したのは剱田だった。
彼は長年、鎌倉一筋でチームのために献身的な働きをしてきた。
ビッグプレーをするわけでもなく、群を抜いた実力があるわけでもない。
それでもチーム愛は誰よりも強かった。
そして、チームが負けることが許せない負けず嫌いだった。
「吹春、入れろ!」
インサイドで柚垣に付かれながらもポジションを取り、剱田はボールを要求する。
ボールを掴むと得意ではないドリブルで柚垣を押し込み、フリースローエリアに侵入するとフックシュートを放つ。
ガーン
外れたリバウンドを柚垣と競り合い、必死にボールを奪う。
奪うとそのままゴール下シュートに向かうもシュートは柚垣の指にに当たり、リングに嫌われる。
それでも外れたボールを奪うと外で空いていた中滝にパス。
中滝は3ポイントラインからシュートを放つ。
スパッ
剱田の頑張りで鎌倉が再度、リードを奪った。
「よし!」
自分が決めたシュートではないけど、自分のことのようにガッツポーズを見せる剱田の姿に鎌倉の面々も気持ちが熱くなる。
凧家はボールを運ぶと柚垣にパス、柚垣はインサイドのロメロへ、ロメロは若梅にパス。
若梅はドリブルで仕掛け、相手2人が近寄ってくるのを見るとフリーの閨にパスを送る。
閨は持ち前のスピードからレイアップに向かうも、その前に立ちはだかったには剱田だった。
ドサッ!
閨は正面から剱田に突っ込んだ。
ピーー
「オフェンスファール!」
倒れている閨に手を貸し、起こしたのは凧家だった。
「竜太郎の目立ちたいっていうのは、こういうことか?」
「……すいません」
冗談を言いながら起こしてくれる凧家、それを笑顔を見る柚垣、頭を軽く叩くロメロ、苦笑する若梅。
閨はこの時初めて、自分がこのチームの1員になれたような気がした。
そしてもう1人、倒れている剱田を起こしたのは中滝と吹春だった。
「ナイスプレーですね」
「さすがうちにキャプテンです!」
中滝と吹春に起こされた剱田は笑顔を見せながら2人に初めて出会ったときのことを思い出した。
それは6年前のことだった。
その年、初めてキャプテンに任命された剱田は責任を一身に背負っていた。
当時のチームは低迷期を迎え、下馬評では降格するだろうと言われていた。
そんな鎌倉に来たルーキー、剱田が初めてキャプテンになってから来るルーキー、それが高卒の吹春と大卒の中滝の2人だった。
2人のプレーは入団当時から目を見張るものがあり、瞬く間にレギュラーを奪った。
同じレギュラー組で練習試合をしていてもキャプテンである剱田よりも2人の方が実力は明らかに上だった。
それでもおごり高ぶることなく、献身的な剱田のプレーを純粋に尊敬してくれる2人に剱田は何度助けられただろう。
昨年、昇格のチャンスを逃した責任を負い、キャプテン辞任を決意した剱田を引きとめたのも中滝と吹春の2人だった。
「剱田さんだから、チームは昇格できそうだったんですよ」
「このチームは剱田さんがキャプテンじゃなきゃ、まとまらないですよ」
その言葉に後押しされ、今年1年だけはキャプテンを続ける決心をした。
剱田の一声で息を吹き返した鎌倉はスコアを69-72とし、3点リードで3ピリオド目を終えた。
ベンチに戻ってくるシーサーズの選手達の顔は明るかった。
3点差まで得点差を縮めたこと、3ピリオド途中では一時リードを奪ったことで自信を取り戻していたのだ。
「ルルプス、ロメロと交代だ」
2ピリオド途中までカーニーにやられ交代したルルプスをこの大事な場面で投入する。
そんな大月の采配にもシーサーズメンバーは明るい表情でルルプスを迎いいれた。
「ルルプス、お前の居場所、守れよ」
柚垣の言葉にルルプスも笑顔を見せる。
「最後の10分ですべてが決まる。楽しんで来い」
大月の言葉に後押しされ、閨、凧家、柚垣、若梅、ルルプスはコートへと向かった。
シーサーズボールで4ピリオドが始まった。
閨はボールを運ぶと45度で待ち構えている柚垣にパスを出す。
柚垣はインサイドのルルプスにパスを送ると同時にインサイドに走り込んだ。
ルルプスはパスを受けると走り込んできた柚垣にパスを返し、パスを受けた柚垣はシュートモーションに入った。
それに反応したカーニーがブロックするために一歩前に出た瞬間にインサイドでノーマークになっているルルプスへパスを送る。
パスを受けたルルプスは軽くピポットを踏み、ゴールへ正対すると豪快にダンクを決めた。
電光掲示板のスコアが71-72になると会場のボルテージが上がる。
苛立ちを隠せないカーニーをゴールを通ったボールを取り、エンドラインから吹春にパスを出す。
パシ!
吹春に隠れ、カーニーの手からボールが離れた瞬間、閨はパスをカットした。
閨はカットした勢いでシュートに行くも吹春がファールぎりぎりのディフェンスで止める。
止められた閨は逆サイドで待っていた凧家へとパスを送るも凧家に対してはカーニーがチェックにいった。
それでも凧家は強引にジャンプシュートに行き、それを読んだカーニーもブロックに飛ぶ。
だが凧家の手から離れたボールはゴールへと向かうことなく、カーニーの胴体の横を通り抜け、後ろから走り込んできた柚垣へと渡った。
パスを受けた柚垣は走り込んできた勢いのままダンクに向かう。
しかし、ここでシュートを決められれば逆転を許し、3ピリオドから続くシーサーズの流れを一層、加速させてしまうとわかったカーニーは強引にファールで止めに行く。
両手でしっかりとボールを持っている柚垣の左腕をカーニーは両手で掴む。
「おりゃー!!!」
柚垣をカーニーの両手を力で払いのけ、カーニー自体を吹き飛ばすとそのままダンクに向かう。
ガシャン!!!
ダンクを決め、コートに降り立った柚垣は右腕を掲げた。
うぉぉぉぉぉぉぉ!!!!
会場からどよめきが起こり、カーニーのファールを知らせる笛が鳴った。
コートに倒れ込んだカーニーを地面を叩きながら悔しがった。
シーサーズへの流れを止めるためにやったファールなのにシュート決められ、さらにフリースローまで与えてしまった。
この場面ではシュート自体を打たしてはいけない、数多くの経験を積んだカーニーのみならず、剱田や吹春、中滝、さらにはルーキーの赤瀬もわかっていた。
スコアは73-72とシーサーズのリードになり、柚垣がフリースローラインに向かう。
フリースローラインで審判からボールを受ける前に柚垣はルルプスに目配せをした。
審判からボールを受けると柚垣はゴールを良く狙いながらシュートを放つ。
手からボールが離れた瞬間、普通ならルルプスはカーニーをインサイドに入れないような体使いをするものの、この時はすぐさま柚垣の前へとポジションを取った。
ガーン
柚垣のシュートは手前のリングに当たり、真っすぐ柚垣の方向に戻ってくる、そこにいたのはルルプスだった。
リバウンドはカーニーなどの頭の上を超え、ルルプスの手に収まる。
するとルルプスは何の迷いもなく、すぐさま左サイドの0度のスリーポイントラインにいた若梅にパスを送る。
パスを受けた若梅は3ポイントシュートに向かう。
赤瀬は若梅のシュートをブロックに飛ぶも一歩届かない。
スパッ!!
この大事な場面で3ポイント決めた若梅だが相変わらずクールに振る舞う。
「練習通りだな。ルルプス!若梅!」
柚垣の声にルルプスも若梅も笑顔を返した。
このプレーは数日前、全体練習を終え、柚垣、ルルプス、若梅の3人だけが居残り練習をしている時に出来たプレーだった。
フリースローをわざと手前に跳ねかえるように外し、それをリバウンドに入っているルルプスがキャッチ、もう1人、リバウンドに入っている若梅はリバウンドに参加せずに3ポイントラインでパスを受ける。
サインプレーというわけでもなく、何度も練習を重ねたわけではなかったけれど、この3人がお互いをイマジネーションを共有できたことで成功したプレーだった。
柚垣のダンク、若梅の3ポイントで流れは完全にシーサーズに傾いた。
スコアは76-72になった。
シーサーズは今、10名の選手と1名のヘッドコーチが1つになっている。
ルルプスはインサイドでカーニーに食らい付くように我武者羅にプレーした。
凧家と閨のダブルガードからパスが供給され、柚垣と若梅2人エースが得点を奪っていった。
ベンチメンバー、そしてロメロが大きな声を出してチームを盛り上げた。
大月はヘッドコーチとして最高の仕事をした。
鎌倉は中滝と吹春のツインガードが攻守にわたり中心になったが、流れを変えることはできなかった。
カーニーはインサイドで得点を奪い、剱田も献身的なプレーでそれを支えた。
赤瀬はこれからも続くであろう、ライバル若梅との対決を楽しんだ。
ビーーーーー!!!
「おおおぉぉぉぉぉ!!!!!」
試合終了の合図とともに観客から大きな歓声が飛び交った。
スコアは98-88。
シーサーズが10点差をつけて勝利した。
4ピリオドは完全にシーサーズペースで鎌倉を圧倒した。
一時は20点差をつけられた状況からの大逆転勝利に会場のファン、テレビ放送をみているファンが熱狂した。
「ただいま終了いたしました、他会場の結果をお伝えします」
飛び交っていた歓声が水をうったように静まり返った。
「小樽ユニコーンズvs岡山ビッグボーイズの試合は………」
「98対………」
「9……9。98対99でで岡山ビッグボーイズが勝利いたしました」
ピッ
【98ー99】
「ううううぁぁぁぁぉぉぉぉぉ!!!!!!!」
歓声がうねりをあげ響き渡った。
観客席からオレンジ色の紙テープがこれでもかというくらいコートに投げられる。
シーサードームはその名の通り、オレンジ一色に染まった。
シーサーズの選手達は抱き合いながら喜ぶ。
そんな中、柚垣は肩を震わせながら涙を流していた。
柚垣の肩を抱き寄せ、大月は大きな歓声の中、柚垣の耳元で呟いた。
「1年間……、いや3年間……。いや、……9年間、お疲れ……」
「……はい」
試合が終わり、選手同士が声を掛け合う。
「ロメロ、ありがとう、本当にありがとう!」
「ユズ、泣クナ!一緒ニ、プレー出来テ、楽シカッタ!」
柚垣とロメロは抱き合った。
「やったな、竜太郎!」
「はい!やっぱり、一輝さんを始め、良い先輩ばっかりですね、シーサーズは!」
凧家と閨も抱き合った。
「ルルプス、次はG2で勝負だ!じゃな」
「カーニー……」
確実にカーニーはルルプスの実力を認めていた。
「1勝1敗1分ってとこだな」
「あぁ、まだまだオレ達の戦いは続きそうだな」
若梅と赤瀬はがっちり握手を交わした。
「シーサーズに一杯食わされたな。中滝、吹春」
「この借りは来年、返しましょう!」
「来年もキャプテン、頼みますよ!」
剱田、中滝、吹春の3人は来年のリベンジを誓った。
突然、大音量の沖縄民謡がドームに流れ始めた。
するとスタッフが大量のビールや泡盛などをコートに運んでくる。
手際良くコート上にブルーシートが引きつめられるとビールかけが始まった。
プシュー!!!
異例の両チームの選手が入り乱れてのビールに会場のファンも盛り上がる。
酒を飲む人もいれば踊りだす人もいる、みんなが楽しそうにその時間を過ごした。
1位 53勝19敗 鎌倉パープルソード 優勝!!!
2位 52勝20敗 琉球シーサーズ 昇格!!
3位 51勝21敗 小樽ユニコーンズ 残留!
こうして、鎌倉パープルソードと琉球シーサーズはG2への昇格を果たした。
昇格を決めた翌日、沖縄県内で昇格パレードが行われた。
子供からおじいやおばあまで、沖縄民謡に合わせてエイサーを踊りながら選手達を笑顔で迎い入れた。
大月は笑顔で手を振ったり、踊ったりしているファンを見ていると3年間の全てが報われる気持ちになった。
それから数日後、琉球シーサーズから衝撃の発表がされた。
【 大月監督 解任!! 】
シーサーズをG2に昇格させた大月若丸が解任させられたのだ。
それと同時に新監督の発表もされた。
<BLOB>のアメリカ本部の2部で指揮を取っていたマイケル・ジェームスと発表された。
発表から数時間後、就任会見と同じ部屋に大勢の記者やカメラマンが駆け付けた。
物凄いカメラのフラッシュの中を堂々歩く男の姿は、3年前と同じ格好だった。
入ってきたのは当然、今となっては名も知れた大月若丸である。
まるで他人事のように淡々と会見を終わらせると大月は笑顔で部屋を後にした。
関係者に導かれ、会見とは違う部屋に入るように言われた大月は、指定された部屋のドアを開けるとそこには10名の選手の姿があった。
ドアを閉めると涙目の選手達と向かい合った。
「閨、目立ちたがり屋なとこ、オレは好きだ。お前には外久保をはじめ良い先輩が多くいることを忘れるなよ、……ありがとう」
「若梅、良きチームメイト、良きライバルを持っているお前の成長をオレはいつまでも見ている、……ありがとう」
「ルルプス、ここがお前の居場所だ。シーサーズがお前の家族だ。そして、家族のためにこれからも一所懸命に働いてくれ、……ありがとう」
「オレが初めて持ったルーキーはお前だ、凧家。この3年間で、お前の技術だけなく、精神的な成長はチームに大きなプラスになった、……ありがとう」
「ロメロ、足は大丈夫か?もう、お前のことを悪くいう奴はいない。キャプテンとしても素晴らしい働きだった、……ありがとう」
「そして、柚垣。チームへの想いが一番強く、負けず嫌い、だが素直。オレには、お前の活躍するステージはもっと上にある気がする、……ありがとう」
「これからの人生、いろんなことがあると思う。でも、辛い時はシーサーズでのバスケ人生を思い出してくれ。何か、みんなにヒントを与えてくれるだろう」
大月は10名の選手の姿を目に焼き付けると部屋を去った。
涙を流す選手達のいる部屋を後にし、タクシーに乗り込んだ。
ふと何かを感じた大月がタクシーの中から外を振り返ると、そこには10名の選手が頭を下げていた。
それを見た大月は、流れてくる涙を吹き、微笑んだ。
シーサーズの選手たちはそれぞれ新しい道を歩き出した。
自分の居場所を見つけたルルプスはシーサーズに残留、来年はレギュラーとして活躍するだろう。
「ミンナ、ヨロシクオネガイシマスネ」
2メートルの白人新監督、マイケル・ジェームズの挨拶を聞いている2人の選手が居た。
「おー、竜太郎!日本語できるみたいだぞ!」
「本当ですね!これで英語の勉強はいらないですね!」
凧家と閨も残留し、来年のガード陣を担い、G2で大暴れするだろう。
若梅はG1のチームと1対2のトレードで移籍。
G1レベルの選手2名とトレードされたことで、日本バスケット界でも注目の若手選手となった。
ロメロは年齢から自分のベストパフォーマンスが出せないと感じ、現役を引退した。
引退後は足の怪我を治しながら、母国のアメリカでバスケに携わるつもりらしい。
柚垣はアメリカの3部に移籍した。
現在はバスケットの本場、アメリカでバスケの武者修行をしている。
そして、大月若丸は………消息不明。
しかし1つだけ言えることがある。
今日も何処かで、10名の教え子達の活躍を見守っている。
REMAKEを見ていただきありがとうございました。
近いうちに続編を書こうと思っています。
続編もより良い作品を作れるよう、精進していきます。
宜しくお願いします。