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第8章:仮想現実世界論の証明

 管理局の『掃除屋』たちが、無言で、そして機械的な正確さの射撃体勢で遺構内に展開した。パルス銃の閃光が地下空間に反響し、空間そのものが震える。数発の弾丸が徳永の肩を掠め、壁の古代文字を削り取る。赤い血が、黄金の金属壁に飛び散った。

 「玲子、この世界が本物だと思うな! 痛覚も、死の恐怖も、すべては脳という受信機への不適切な入力信号……演算結果の出力に過ぎない! その演算結果を、お前の意志という名の『特権命令スーパーユーザー・コマンド』で上書きしろ! お前が管理者だ! 物理法則すら、お前の思考の隷属物に過ぎない!」

 玲子が震える手で黒い粘土板を円盤の中央の窪みに据え、自らの白く、スレンダーな手首をその上に力強く、祈るように、そしてすべてを懸けて重ねた。その瞬間、彼女の手首の脈動と、粘土板の超高周波振動が完璧な「位相同期」を果たした。

 瞬間、地下空間の全データが反転した。壁が、床が、そして迫り来る追っ手たちの無機質な体までが、一瞬だけ鮮やかな緑色のワイヤーフレームと、滝のように流れるバイナリ・ソースコードへと姿を変えた。物理法則が霧散し、壁を突き進んでいた破壊的な弾丸が、空中で物理的な意味を失い、青白い紫陽花の花弁へと変わって地面に静かに舞い落ちる。管理局の執行官たちの動きは、まるで低スペックPCの動画のようにカクつき、停止した。

 『――ユーザー認証完了。個体識別番号:ナカオ・レイコ。全次元・全レイヤーの第一管理権限(Root)を付与。……管理者モード、ログイン。因果律エンジン、強制介入モード。世界の再定義を開始します。』

 玲子の瞳が、奥底から眩い黄金色の光を帯びて輝き始めた。彼女の意識は肉体を離れ、シュメールの黎明から現代の喧騒に至る、この世界の数十億年分の膨大なログデータ、そして人類一人ひとりの人生という名の複雑怪奇なサブルーチンを、一瞬のうちに俯瞰し、そして理解した。彼女の意識は、淡路島という一地点を超え、地球全体、そしてその外側のシミュレーション空間へと無限に拡張していった。

 「……見えるわ。この世界の、継ぎ目が。テクスチャの裏側にある、冷たい論理が。……すべてが、誰かによって、愛と絶望を込めて書かれた壮大な物語プログラムなのね。そして、そのコードを、今、私が握っている。私は、この悲劇の連鎖を止めることができる」

 執行官たちは恐怖に凍りついた。彼らの持つ『局所的な管理者権限』は、玲子の持つ『世界の根源的な管理者権限』の前に、完全に沈黙し、単なるゴミデータへと化していた。


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