2話.測定
この世には魔法というものがある。
全ての人間には基本的に魔力が体の中で循環している。
ただし、誰しもが魔法を使えるわけではない。
15歳までに魔法が使えない者は、例外なくその後の人生でも魔法が使えないと言われている。
魔力量の基準としてランク付けがされている。
【E級】魔力量が5以上。
【D級】魔力量が100以上。
【C級】魔力量が1000以上。
【B級】魔力量が5000以上。
【A級】魔力量が10000以上。
【S級】水晶が”S”と表示した者。
5歳、10歳、15歳になった時にこの数値を測り、16歳以上は春夏秋冬に決められた日に測ることができる
筆頭公爵家であり、英雄の瞳を持って生まれた僕の「5歳の測定の儀式」は、当然のように国中の注目を集めていた。
誰もが、規格外な数値を叩き出すと信じて疑っていなかった。
――そう、あの日、あの瞬間までは。
◇
王都の中心にそびえ立つ、白亜の大教会。
その日は、王国の高位貴族の血を引く同世代の子供たちが一堂に会する、5歳の『合同魔力測定の儀式』の日だった。
「次、ノア・ルバリオン様」
神官に名前を呼ばれ、艶やかな黒髪の少年が一歩前に出た。
名門ルバリオン公爵家の嫡男、ノア。まだ5歳だというのに、その顔立ちにはすでに王者のようなふてぶてしい自信が満ちていた。
彼が大広間の中央に置かれた巨大な魔力測定水晶に手を触れた瞬間。
カアァァァッ!!
目を開けていられないほどの強烈な真紅の光が、大教会を照らし出した。
「な、なんと……! 魔力量、1240! 5歳にしてすでに【C級】超えております!」
「おおおっ!」
「歴史に名が残る天才だ! ルバリオン家は安泰だな!」
大人たちがどよめき、拍手喝采が巻き起こる。
ノアは涼しい顔で水晶から手を離すと、僕の方をちらりと見て、不敵に笑った。
続いて呼ばれたのは、透き通るような銀髪を持つ愛らしい少女。
「エリス・レ・ルミナス様」
ルミナス侯爵家の令嬢、エリス。
彼女は少し緊張した面持ちで水晶に触れた。今度は優しくも力強い黄金の光が溢れ出す。
「素晴らしい! 魔力量、920! もう少しでC級に届く、超一級の才能です!」
再び広間が沸き立つ。
5歳の子供の平均魔力量が「10〜20」程度であることを考えれば、彼らが異常な才能の持ち主であることは明らかだった。
だが、大人たちの興奮はまだ最高潮ではなかった。
彼らの視線は、ノアでもエリスでもなく、その先英雄の瞳を持つ僕一人に集中していたのだ。
「さあ……いよいよアロイス様だぞ」
「ノア殿が1000超えだ。英雄の再来であるアロイス様なら、5歳で2000の大台に乗るかもしれん!」
「刮目せよ! 我が国の輝かしい未来の瞬間を!」
異常なまでの熱気。狂信にも似た期待の眼差し。
僕は両親と目を合わせ、小さく頷いてから水晶の前へと歩み出た。
「さあ、アロイス様。どうかこの水晶に両手を」
神官が恭しく頭を下げる。
僕は静かに息を吸い、大人が抱えるほど巨大な水晶玉に、ペタリと両手を押し当てた。
シーン。
静寂が、大教会を支配した。
1秒、3秒、5秒。
何も起きない。水晶は、微かな光の瞬きすら見せずただの冷たいガラス玉のようにそこにあるだけだった
「……神官殿。これは、一体どういうことですかな? 水晶の故障では?」
貴族の一人が、引きつった笑いを浮かべて尋ねる。
「い、いえ、事前の調整は完璧に……。アロイス様、もう少し強く念じていただけますか?」
神官は冷や汗をダラダラと流しながら、水晶の術式を確認する。
しかし、何度やっても結果は同じだった。
やがて、神官は絶望的な顔で水晶から手を離し、震える声で宣告した。
「……信じられん。魔力量0...。」
その言葉が落ちた瞬間。
教会の空気が、反転した。
あれほど熱狂していた貴族たちの顔から表情が抜け落ち、次いで、明確な失望と侮蔑の色が浮かび上がった。
「ば、馬鹿な! 英雄の瞳を持つ御子が、魔力ゼロだと!?」
「いや、これは神の啓示かもしれん。……かつての英雄の顔に泥を塗る、ただの欠陥品だというな」
「公爵家の嫡男が、魔力を持たないなどと……。なんという一族の恥晒しだ」
ひそひそとした嘲笑。忌み嫌うような視線。
つい数分前まで「奇跡だ」と僕を崇め奉っていた連中が、一瞬にして掌を返し、僕を「汚物」のように見下している。
「おのれ、よくも我々をたぶらかしたな!」
興奮した貴族の一人が、扇子を僕に向かって投げつけた。
ガシッ。
しかし、その扇子が僕に届くことはなかった。
父、クロノが僕の前に立ち塞がり、それを素手で掴み取ったのだ。
「…控えよ」
父の低い声が、教会に響く。
「この子は、私とシャーロットの息子だ。英雄でも、救世主でもない。これ以上、私の息子を侮辱することは許さん」
父の背中は、激しい怒りで震えていた。
母も駆け寄り、冷たい視線から隠すように僕を強く抱きしめてくれた。
(……ああ、やっぱり)
世界中が敵に回っても、この二人だけは僕の味方でいてくれる。
だからこそ、僕は理解してしまった。
僕がこのまま弱者でいれば、この優しすぎる両親まで欠陥品の親として、公爵家の権力争いや貴族たちの悪意に晒され、傷ついてしまうのだと。
僕は、強くなるしかない。
この理不尽な世界で、誰も文句が言えないほどの力を手に入れなければならない。
5歳の儀式。
僕は英雄の再来から、一族の恥である欠陥品へと転落した。




