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オルテンシアの魔法博物館 〜出戻り魔法使い、博物館の経営始めます!〜  作者: 雪嶺さとり


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9/29

9.名前で呼んで(1)

 元々は受付をしていたとのことで、リーナには博物館の受付を担当してもらうことになった。

 その他にも細々とした事務作業を手伝ってもらうことにしたが、リーナはオルテンシアの思っていたよりもずっと働き者で、どんどん仕事が片付いていった。

 むしろ、オルテンシアの仕事を先回りして手伝ってくれているような気さえする。


「あっ、ここのキャプション……」


 修正箇所を見つけて後で直さなければと思っていたところが、いつの間にかリーナの手によって直されていた、なんてこともこれで三回目だ。

 

「先程おっしゃっていたものですね。修正して差し替えておきました。それと、現時点で不足している備品をリストにまとめておきましたのでご活用ください」


 そう言ってオルテンシアに差し出したリストは綺麗にまとめられていて、この短時間で作られたとは思えない出来だった。

 落ち着いた口調で淡々と仕事をこなしていく姿は、オルテンシアの何倍も頼もしかった。

 リーナこそが魔法博物館の館長に相応しいのではないかと思うぐらいだ。


「そうだ、先程ミス・イヴェッタがお菓子を買ってきたそうで、事務室に置いてあるとのことです。これから少し午睡をするそうなので言付けを残されて行かれました。館長もよければ休憩なさってください」

「リーナさんこそ、朝から働き詰めでお疲れでしょう。疲れた時は、しっかり休憩してくださいね」

「お気遣いありがとうございます。ですが、私は大丈夫ですので」


 お互いに気を遣いすぎて、遠慮が行き交うだけになっている。

  ただ声をかけるだけではリーナは休まないだろうと察し、オルテンシアは方向を変えることにした。


「そうだ。でしたらお茶にしましょう。一人ではつまらないですし、付き合ってくれませんか」

「館長さんがそうおっしゃるのでしたら」


 リーナは表情を変えずに頷いたが、半透明な羽がぱたぱたと動いていた。

 羽は蝶のように可憐であり、偏光の色が神秘性を放っている。

 オルテンシアがもう何度もその輝きを見つめていることに、リーナは気付いているだろうか。


 

 リーナと共に事務室に戻ると、思いがけない先客がいた。

 シグルズが、机の上に置かれた焼き菓子に手を伸ばしていたのだ。

 一瞬の気まずい沈黙の後、彼がいたずらっ子のように笑う。

 

「おっと、バレてしまったか」

「シグルズさん、こちらにいらしてたのですね」


 クッキーから手を離し、襟元を正すといつものすました綺麗な顔に戻った。

 別にシグルズもお菓子を食べたって何も悪いことはないのだが、率先して甘いものを食べるイメージがなかったので意外だった。


「あなたは相変わらず甘いものには目がないのです」

「お嬢さんの前だ、よしてくれないか」


 リーナの指摘に、ちょっと照れたように恥ずかしそうな顔をしている。

 シグルズが甘いものには目がないなんて、初めて知った。


「ふふ、いいんですよ。イヴェッタさんが私たちの為に持ってきて下さったものなんですし、遠慮なさらないでください」

「君がそう言ってくれるのなら、ご一緒させてもらおうかな」


 そう言うと、シグルズはリーナの隣に座る。

 

「私、お茶を入れてきますね」

「手伝います」

「いえ、私がお茶に誘ったのですから。座ってゆっくりしてください」


 お茶の用意までリーナの手を借りていては休憩の意味がない。

 隣の給湯室に向かうと、リーナたちの話し声が聞こえてきた。


「あなたが真面目に仕事をしているところ、初めて見た気がするのですが」

「そうかな? やってみると意外と楽しいんだ。これがいわゆる天職ってやつかもしれないな」


 ――――不真面目なシグルズとは。


 なんだか気になる会話が聞こえてきて、思わず手を止めそうになる。

 

「ではこの仕事は今後も続けていくつもりなのです?」

「今のところは。ここなら昔の知り合いもそうそう来ない。今まではアイツの誘いを受けるんじゃ無かったと思う時もあったが、国に残らなくて正解だったと思ってるよ」


 オルテンシアの知らない話だ。

 名前から、クラヴィス出身ではないことは分かっていたが、オルテンシアの知らないシグルズの過去を、リーナは知っているらしい。


 盗み聞きのようで申し訳ないと思いつつ耳をそばだてるが、残念ながら、これ以降シグルズの過去に関わる会話は出てこなかった。

 

「エドアルドさんに感謝しなければなりませんね。私も良き職場に巡り会えたと思っているのですよ」

「リーナもここを気に入ってくれてるのなら良かったよ」

「そもそも、ミス・イヴェッタの土地ですからね。空気の巡りからして心地よいのです。時々、ここの庭にいると、故郷に帰ったような気がするんですよ」

「本人に言ってあげてくれ。きっと喜ぶさ」


 リーナとシグルズはオルテンシアから見てとても親しい間柄に見える。

 リーナの方も、知り合って間もないから仕方がないことではあるが、オルテンシアに対しては初対面の時のまま、硬い口調だった。


 それに、二人はお互い名前で呼びあっているにも関わらず、シグルズは未だオルテンシアのことを『お嬢さん』と呼び続けている。


 (いつから知り合いなんだろう……二人はとても仲良しみたい)

 

 間に割り込みたい、なんて考えがあるわけじゃない。ただ、少し疎外感のようなものを感じただけだ。

 他人と深い関係は持ちたくないはずだったのに、そんなことを考えるなんておかしな話だが。

 余計な考えを振り払い、湯が沸くのを待つ。あんまりゆっくりしていると、リーナが来てしまいそうだった。



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