8.妖精と魔法使い(3)
場所を事務室に移し、改めて自己紹介から始める。
「名前はリーナ。年齢は137歳、前職はホテルの受付をしておりました。父は人間、母は妖精です。今の姿は本体に近いものですが、ご希望であれば形を変えることも可能です」
はきはきとした喋りで実に堂々としている。
やはり年上だとは思っていたが桁も違うとは。
それに、人と妖精の子とは珍しい。異種族間の夫婦は寿命の差があるため、最近ではあまり聞かなくなっていた。
「オルテンシア・リオーネと申します。2週間ほど前から魔法博物館に勤めておりまして、主に事務や展示室の整備などを担当しております」
二人揃ってよろしくお願いします、と同時に頭を下げた。
「二人とも堅いな」
「すみません、こういうの初めてなので勝手が分からず……」
横で見ていたシグルズが苦笑している。
仕切り直しとばかりに、オルテンシアはこほんと咳払いをした。
「差し支えなければ、志望動機をお聞きしても?」
自分は成り行きでここに来たくせに、と心の片隅で思うものの、一般的な面接のやり方に沿って進めていくしかない。
「事情があって急に解雇されてしまい、困っていたところをミス・イヴェッタにお声がけいただいたのです。魔法使いではありませんが、それなりに魔法への知識はありますので、必ずお役に立つと約束します」
「そうですか、それは大変でしたね」
真面目に真っ当にやってきても、いきなり職を失うことはある。オルテンシアもそうだった。
先程もシグルズと似たような話をしていたが、事情という部分は聞かない方が良いのだろう、と思いきや。
「事情って、何があったんだ。リーナみたいな働き者をいきなり解雇なんて。もしかして、不当な扱いを受けていたんじゃないか」
「そうよ、リーナを解雇するなんて、もしかしてよっぽど経営状態が悪かったのかしら?」
シグルズもイヴェッタも、ためらうことなくリーナに尋ねている。
「いえ、オーナーとは良好な関係でしたし、業績に問題はありませんでしたよ。ただ、ホテル内で窃盗事件が発生し、その影響で解雇となりました」
リーナは淡々と答えているが、詳細は濁しているように聞こえる。
「窃盗事件? まさか、リーナが犯人だと思ったなんて言うんじゃ……」
「そのまさかです。お客様のお財布が私のコーの中から出てきたので、無実を証明できず解雇となりました」
ぽつぽつと語り始めたが、リーナの視線はだんだんと下がっていき、その顔は俯いていく。
「それが、例の世間を騒がせている窃盗事件に、妖精が関わったとされる証拠が出ているんです。その記事を読んだオーナーや他の従業員の皆様から、あらぬ疑いをかけられることになってしまって……」
例の窃盗事件とは一体何の話か。シグルズに聞こうとして、レステの駅で警官に言われたことを思い出した。
あの時は新聞を買いに行く間もなく、シグルズに魔法博物館へ連れられたため、すっかり頭から抜けてしまっていた。
「お嬢さんがこの街に来る少し前に起きた事件だ。ある有名な資産家の財産が盗み出されたらしい。ただ、あまりに犯人の痕跡がなく捜査に難航しているようで、犯人は妖精だという説がタブロイド紙に書かれていた。妖精なら、姿を変えることも、気配を消すことも簡単に行えるからな。もちろん、魔法ではないから魔力の痕跡も残らない」
「なるほど、そんなことが……」
シグルズが軽く説明してくれたおかげで、なんとなく理解できた。
しかし、だからといってホテル内で起こった事件と結ぶ付けるのは強引ではないだろうか。そんなことを言い出したら、この国の全ての妖精が容疑者になってしまう。
イヴェッタも同意見のようで、表情をむっと曇らせている。
「でも、財布なんてリーナが盗むわけがないじゃない。紙幣なんて私たち妖精には価値のないものよ。真面目なリーナが今の生活を捨ててまで得ようと思うほどのものじゃないわ」
「ええ、その通りです。どうして私の服から出てきたのか、今も理解できないです。あの日、私はずっと受付のカウンターから離れてはいませんでしたし、お客様の部屋へ足を踏み入れてすらいませんでした。でも、一人の方が私を疑い始めた途端、次々と皆様の視線が厳しくなり始めて……最終的に、『今のご時世、妖精なんて雇えない』なんて言われて。はぁ、運が悪かったとしか言いようがないです」
リーナは俯いたまま、膝の上でスカートの布をぎゅっと握りしめている。
リーナ自身もこの結果に納得していないのは明白だった。
その震えるか細い声を聞いて、オルテンシアはたまらず声を上げた。
「そんな……そんなこと、絶対にないです。勝手な思い込みで疑いをかけたあげく、解雇だなんて酷すぎます! そんなホテルなんて、辞めて正解ですよ!」
突然大きな声を出したオルテンシアに、リーナさ咄嗟に顔を上げた。
目をぱちくりとさせて呆気にとられている。
「実は私も、周囲からあらぬ疑いをかけられて職場にいられなくなり、この博物館にたどり着いたんです。だから、リーナさんのお話は他人事だとは思えません」
「――――そうだったのですね。気遣っていただき、感謝します」
口調は堅いが、ようやくリーナの表情が明るいものに変わってくれた。
「この博物館には、あなたを不当に扱う者はいません。約束しましょう」
「では、雇用契約は成立ということで……」
「もちろんです。これからよろしくお願いしますね」
オルテンシアは微笑みながら手を差し出す。
リーナはおずおずと遠慮がちに、けれどもしっかりとその手を握ってくれた。
イヴェッタが休憩がてらお茶を入れてくれるとのことなので、雇用契約に関する細かい話はその後だ。
エドアルドの許可を取らず勝手に採用してしまったが、館長に一任すると言われているのだから構わないはずだろう。
「お嬢さん、少しいいかな」
「ええ、私も話したいことが」
イヴェッタとリーナを残し、シグルズと二人で部屋の外へ出る。
できる限り声を潜めて、お互い目配せしあった。
「リーナは嵌められたんじゃないか」
「私もそう思います。明らかに不自然ですよね」
リーナの話にはおかしな点はいくつもあった。
「動機はなく、簡単に他者が介入できそうな物的証拠のみなんて。誰かがリーナさんに罪を着せようとしてやったと、容易に想像できます」
受付であれば客室の場所も把握できるとはいえ、コートに盗んだものを隠したというのがいかにも不自然だ。
それに、リーナの話からして状況証拠のみで、世間を騒がせるセンセーショナルな事件に影響を受けた形で追い込まれたということが分かる。
「仮に妖精の力を使って盗んだとしたら、コートなんて簡単に見つかりそうなところに隠すような詰めの甘いことするだろうか。それこそ、魔力の痕跡が残らないのならやり方は他にいくらだってあるはずだ」
そもそもこの話は、リーナが金を欲したか人に対して悪意を持っていたという前提がなければ成り立たないはず。
長命種である妖精は、基本的に金銭のような簡単に価値の変わるものには執着しない。長い時間を生き、自然との調和に重きを置く彼らにとって、紙幣やコインを得たところで土の養分にもならないからだ。
もちろん、リーナのように俗世に紛れて生活する妖精もいるが、妖精が金に目が眩み事件を起こした、なんて事例はほとんどない。
妖精と魔法使いの関係は基本的に対等か、妖精の方が上なのであってこの均衡が崩れてしまえば、妖精が魔法使いに力を貸してくれることはなくなり、魔法使いが妖精を庇護し崇めることもなくなるだろう。
「リーナさんは、このことに気付いているんでしょうか」
「どうだろうな。彼女は聡明だから一度は考えただろう。だが、あの性格からして……」
シグルズは迷ったように考え込んでから、再び口を開いた。
「覚えておいてくれ。リーナはただの妖精じゃない。魔法使いと妖精、二つの種族にルーツを持つ存在だ」
父親が人間で母親は妖精。自己紹介の時にそう言っていた。ただの人間ではなく魔法使いだったということか。
「彼女は人間を良き存在だと信じている。それを証明するために人に紛れて働くようになったんだ」
そう言うシグルズの顔は、普段よりも陰があるようで、それ以上深く追求することは出来なかった。




